金森努のロングセラー商品の戦略を聞く!

Vol.8 富士重工業「レガシィ」

 英語で「大いなる伝承」を意味する「レガシィ」。高出力のボクサー(水平対向)エンジンと4WDシステムを搭載し、FIA(国際自動車連盟)公認の世界速度記録を達成(10万キロ平均速度223.345キロ)するなど、走り重視の車として1989年にデビューしました。人気をけん引したのは、ワゴンモデル。スバルブランドの高性能なイメージを定着させ、のちにファンの間で「スバリスト」という言葉も生まれました。スバル国内営業本部 マーケティング推進部部長の岡田貴浩氏に聞きました。

RVブームに乗りつつ「走り」を究めて差別化をはかる

金森氏レガシィがデビューした1989年を振り返ると、バブルの真っ盛りでしたね。

岡田氏 はい。この頃、スキーブームの全盛だったことも覚えておいででしょうか。87年に「私をスキーに連れてって」という映画がヒットし、その余韻も続いていました。当社は、72年に乗用4WDのパイオニア「レオーネ・エステートバン」を発売しており、すでにスキーヤーの人気を集めていました。レガシィはその人気を引き継ぎ、当初は「スキーヤーズワゴン」としてニーズが高まりました。

金森氏 その後、90年代初頭にバブルが崩壊。国民が経済後退を実感するようになったのが93年ごろです。

岡田氏 93年は2代目レガシィを発表した年で、実はレガシィ全盛期はこの頃から始まります。バブル崩壊後、自然回帰や家族回帰のムードが生まれ、RVブームがやってくるのです。この時当社は、「レガシィ マイファースト」というコミュニケーションを展開しました。ワゴンは従来、セダンのセカンドカー、あるいはライトバンの延長線上の車というイメージがありましたが、それを「ファーストカーにしませんか?」という提案です。広告キャラクターにはロックミュージシャンのロッド・スチュアートを起用し、高級感を演出しました。

金森氏 車から降りた先に赤じゅうたんが敷いてあるようなビッグスターですね。

岡田氏 はい(笑)。堂々と高級ホテルに乗りつけられるような車として認知していただくねらいがありました。

金森氏 全盛期の広告キャラクターはロッド・スチュアートでしたが、さかのぼると初代の広告キャラクターはブルース・ウィリスでした。ロッド・スチュアートのあとも、メル・ギブソン、ケビン・コスナーなど、外国人タレントの起用が続きますね。

岡田氏 レガシィは、発売当初から「遠くへ安全に快適に速く」という意味を込めて「グランドツーリング」という言葉を用いています。コミュニケーションの多くは、「レガシィマン」としての外国人スターと大自然の中を疾走するレガシィというスケール感のある組み合わせで展開してきました。

金森氏 オートキャンプブームなどもあって、荷物を積んで遠出できる車が確かに人気でした。他社製品でいえば、三菱パジェロ、ホンダオデッセイなどですね。

岡田氏 その中で、2代目レガシィは、世界最速ワゴン記録達成(249.981キロ)、ワゴンでは世界初の280馬力を記録。他のRVとは一線を画し、「走り」を追求しました。

金森氏 「自然回帰」「ファーストカー」「高級感」に加え、「走り」でアピールしたと。

岡田氏 そうです。もしRVとしてだけの訴求だったら、生き残っていなかっただろうと思います。一つの分岐点は95年で、サスペンションにビルシュタイン社製ダンパーを採用し、17インチのタイヤをはいた「GT−B」モデルを発表したところ、大ヒットしました。この頃からコミュニケーションも走行風景を映し出す情緒的なものから、「ボクサーエンジン」「シンメトリカルAWD」など、ハードに寄った訴求が増えていきました。

金森氏 依然としてRVブームは続いていたんですよね。

岡田氏 続いていました。

金森氏 その流れを見ながらハード追求に行ったのは、大きな決断でしたね。

岡田氏 はい。その前提として、当社は92年に「インプレッサ」の発売を開始し、最高性能の「WRX」モデルは、世界ラリー選手権(WRC)で3連覇(93、94、95年)を達成。スバルブランドにスポーティーなイメージが定着していたことがあります。

金森氏 旗艦車種のレガシィも走りの追求に向かったというのは、必然だったわけですね。

厳しい時代にスポーツセダンが健闘

金森氏

岡田氏 その後の大きなトピックとしては、97年の消費税の引き上げがあります。消費者意識の変化とともに大型車へのニーズが冷え込み、RVの人気にかげりが見え始めます。この年、トヨタ「プリウス」が登場し、市場の流れは一気に「エコ」へと向かいました。

金森氏 そうした中で、「走りのワゴン」として差別化集中戦略を徹底的に進めてきたことが奏功したと。

岡田氏 はい。ですから、98年に3代目を発表して以降も月5千台の売り上げを保持していました。2代目の全盛期は月8千台でしたので、減ってはいますが、消費税引き上げ後、市場全体で極端な落ち込みが見られる中での5千台というのは、かなりの健闘といえます。98年にはヒット商品も生まれました。売れ筋のワゴンではなく、「B4」というスポーツセダンです。それまでのセダンと比べて4倍の売れ行きがありました。ただ、90年代後半から約10年間は、思うような成長戦略が描けず、ジレンマもありました。

金森氏 世に言う「失われた10年」は93年からの10年を指しますが、やや遅れてそれがやってきたということでしょうか。その要因には何が挙げられますか?

岡田氏 不景気や社会背景とあいまって、「低価格」「コンパクト」「エコ」といったことにますます人々の関心が向くようになったこと、さらに大きかったのは、90年代後半から始まるミニバンブームです。レガシィは、走りだけでなく、ファミリーカーとしての地位も確立していましたが、30~40代の子育て世代を中心にミニバンに流れる人々が増えてきたのです。

金森氏 子どもがパジャマで乗り込めるような居住性の高さがミニバンの魅力ですが、レガシィとは世界観が違うそうした車がメーンストリームになってきたと。

岡田氏 そうなんです。ミニバンユーザーの子育て世代に加え、20代の若者の獲得も難しくなってきました。レガシィのユーザー層を発売当初から見ていくと、90年代前半は25~35歳、90年代後半から35~45歳、近年は45~55歳と上がってきています。

金森氏 若者の車離れとも関係する話ですね。パソコンや携帯端末にはお金を使うけれど、車に対する欲求はあまりないという……。若いユーザーが入ってこない悩みは、業界全体が抱えていると思います。レガシィはコアなファンを抱えているがゆえに、年齢層が後ろにずれている現象もありますよね。

岡田氏 おっしゃる通りです。

岡田氏、金森氏

SNSなどを通じてユーザーがブランドを醸成

岡田氏 デジタル化が追い風となった部分もありました。もともとユーザー同士が集まって走りを楽しむ文化があった車ですが、04年くらいから、SNSなどを通じてつながりが一気に広がり、レガシィに対するクチコミの評判が高まっていったのです。ホームページへのアクセス数や、車の情報サイトへの書き込みなどからも、レガシィユーザーのデジタルリテラシーの高さがうかがえます。ユーザー自らがエバンジェリストとなってレガシィユーザーの輪を拡大してくれました。

金森氏 なるほど。ちなみに、その少し前に4代目に変わっていますね。

岡田氏 03年に4代目を発表しました。4代目のトピックは、5ナンバーから3ナンバーに変わったことでした。それによってデザイン性が上がり、カー・オブ・ザ・イヤーに選ばれました。さらにこの年、ステーションワゴン型SUV「アウトバック」の発売を開始しました。

金森氏 ブランドエクステンションのねらいは、ニューカマーの獲得でしょうか。

岡田氏

岡田氏 そうですね。振り返れば98年のB4投入も、セダンが売れない時代に「スポーツセダン」という概念でニューカマーを獲得した車でした。「アウトバック」は、トヨタの「ハリアー」や日産「ムラーノ」などと並び、新種のSUVとして注目されました。

金森氏 「レガシィは、一貫して「高性能」というブレない軸があり、そこで固定ファンをがっちりおさえつつ、「否メーンストリーム層」を吸引している。そんな印象があります。

岡田氏 高性能の基本は、ボクサーエンジンです。低重心、左右のバランスの良さ、コンパクト性を備えたボクサーエンジンを現在国内で採用している量販車メーカーは当社のみ、海外メーカーではポルシェのみです。一度乗ると安定感のある走りのとりこになる人が多く、今後は、子育て期に一度レガシィを手放したユーザーの「回帰」を期待しています。

金森氏 いわゆる「エンプティネスト」を取り込んでいきたいと。

岡田氏 そうです。実は今、新しい技術がニューカマーの獲得に貢献しています。96年に開始した「ぶつからないクルマ」の研究が「アイサイト」として結実、10年に導入しました。「アイサイト(ver.2)」は、先行車や障害物に衝突する危険を認識してドライバーに注意を喚起し、必要に応じてブレーキ制御などを行う技術です。安全、安心に対する意識の特に高い年代のニーズと合致するこの技術が、「回帰する人々」、さらには新規ユーザーの獲得の原動力になっているのです。当初は販売するレガシィの 30%程度つけてもらえたらいいなと思っていましたが、ふたを開けてみれば85%と、多くの支持をいただいています。

顧客拡大につながった新技術「アイサイト」

金森氏 他社の車に乗っていた人が、「アイサイト」を評価して移ってくる。メーンストリームとなり得る技術の先取りという意味では、一つの転換期といえるのではないでしょうか。ただ、今まで訴求してきた走りのイメージと、アイサイトのコンセプトは相対することになりませんか?

岡田氏 レガシィをご購入いただいたお客さまを対象にアンケートを実施したところ、これまでは購入理由の1位が「走り」、2位が「安全」でした。しかし、最新の調査では、1位と2位が入れ替わっています。ただ、「安全」と回答した人は7割、「走り」と回答した人は6割で、走りの代わりに安全を取ったということではないんですね。

金森氏 レガシィが積み上げてきた資産のうえに、新たな資産が上乗せされたということですね。「伝統と革新」をうたうレガシィですが、根っこにあるのは技術です。技術を徹底的に磨くというのは、スバルのDNAなのでしょうか。

岡田氏 そうですね。前身の中島飛行機に始まる技術者たちの「ひと足先に違う切り口」という意欲は脈々と受け継がれています。大人4人が乗れる国産初の軽自動車「スバル・360」、FF(フロントエンジン・フロントドライブ)とボクサーエンジンを採用した国産初の小型車「スバル・1000」など、スバルの歴史はイノベーションの歴史であり、マーケティングを超越した、技術者の思いによって支えられているのです。

金森氏 また、SNSが登場する以前からファンミーティングなどを開催していますよね。顧客との「共創」「協働」によってブランドの価値を高めるという意味で、フィリップ・コトラーなどが提唱する「マーケティング3.0」的なことを、ずっと昔からやってこられています。

岡田氏 はい。日本では「スバリスト」「レガシィ教」と言われますが、海外でも「スビー」という愛称があるんです。ユーザーが集まりやすく、離れにくいブランドなのかもしれません。

金森氏 お話をうかがってきて、レガシィがロングセラーである理由がよくわかりました。では、最後に今後の展望についてお聞かせください。

岡田氏 ハイブリッドカーや電気自動車が支持される時代の中で、当然環境対応には取り組んでいきます。が、それだけでなく、人生を豊かにするブランドでありたいと思っています。若い世代にワクワクしてもらえるような、シニア世代には安心と楽しさを提供できるような走りを追求し続けていきたいですね。

岡田貴浩

スバル 国内営業本部 マーケティング推進部部長

1984年入社、人事部、販売会社出向、国内サービス部を経て92年から98年宣伝課で媒体、イベント、レガシィを担当。その後商品企画部、広報部を経て2007年宣伝課長、2008年宣伝担当部長、2010年6月より現職。

インタビューを終えて

 自動車会社としての富士重工業は、各種の車種を取りそろえる「フルラインアップメーカー」ではない。大手メーカーと比べれば、販売・販促に投入できる予算にも限りがある。そのため、マイケル・ポーターの提唱する「集中戦略」、つまり広い市場全体をターゲットとするのではなく、限定的な市場に戦力を集中している。特筆すべきは世のブームとは一線を画して道なき道を切り開き、常に先頭で道を作っているそのポジションだ。それが揺るぎないコアなファン層からの支持を得ているのである。

 いまレガシィは大きな転機を迎えている。従来の限定的な市場ポジションと異なり、「ぶつからないクルマ」という訴求点は大手メーカーも遠からず狙ってくるところである。同じ土俵に立つのではなく、さらにその先を走るべくファンとの共創によって新たな価値を作り出していくことが大きなテーマとなるだろう。(金森 努氏)


金森 努氏

金森 努(かなもり・つとむ)

有限会社金森マーケティング事務所取締役社長 東洋大学経営法学科卒。大手コールセンターに入社。本当の「顧客の生の声」に触れ、マーケティング・コミュニケーションの世界に魅了されてこの道20年。コンサルティング事務所、電通ワンダーマンを経て、2005年独立起業。青山学院大学経済学部非常勤講師(ベンチャー・マーケティング論)、グロービス経営大学院客員准教授(マーケティング・経営戦略)、日本消費者行動研究学会学術会員
金森氏ブログ「 Kanamori Marketing Office

HISTORY

1972年 新しい価値観の提案(1)

レオーネ4WDエステートバン発売 レオーネ 4WD エステートバン

レオーネ4WDエステートバン発売 。
乗用4WDのパイオニアとして後のスバルのツーリングワゴンの出発点となった。


1989年1月 記録への挑戦(1)

aaaaaa 10万キロ世界速度記録樹立

レガシィは米国アリゾナ州で10万キロ連続走行・世界速度記録に挑戦。新記録(当時)=平均速度223.345km/hを樹立。


1989年 新しい価値観の提案(2)

レガシィツーリングワゴンGT 初代レガシィ

初代レガシィ発売 。
レオーネの経験を生かしたワゴンパッケージにターボエンジンを搭載し、スポーツカーの心臓を持った新しいカテゴリーのクルマ「レガシィツーリングワゴンGT」を市場に提案した。


1992年 新しい価値観の提案(3)

ドライバーズ・コンパクト「インプレッサ」発売。
後にはWRCでの目覚しい活躍を見せるWRXモデルも追加投入し、コンパクトセダン=スポーツという価値観を提案した。

インプレッサ WRX STi インプレッサ WRX STi
インプレッサ インプレッサ スポーツワゴン


1993年~1995年 記録への挑戦(2)

インプレッサ 555 (1995 ラリーグレートブリテン) インプレッサ 555
(1995 ラリーグレートブリテン)

世界ラリー選手権(WRC)でスバルは3連覇を達成。
「走りのスバル」のイメージを世界のモータースポーツシーンに強く植えつけた。


1993年9月 記録への挑戦(3)

世界最速ワゴン記録樹立 世界最速ワゴン記録樹立

レガシィは世界最速ワゴン記録に挑戦。
1km区間 249.981km/hを樹立。


1993年 新しい価値観の提案(4)

2代目レガシィ 2代目レガシィ

2代目レガシィ投入。
CMキャラクターには英国のロックスター、ロッド・スチュアートを起用。高級ホテルにも乗り付けられる「ワゴン=ファーストカー」を訴求した。


1995年 新しい価値観の提案(5)

2代目レガシィのサスペンションにビルシュタイン社製ダンパーを採用し、17インチのタイヤをはいた「GT−B」モデルを投入、ワゴン=アクティブという価値観を提案した。CMタレントはメル・ギブソン。

ビルシュタイン社製ダンパー ビルシュタイン社製ダンパー
レガシィツーリングワゴンGT-B レガシィツーリングワゴンGT-B
テレビCM テレビCM
テレビCM テレビCM


1998年4月 記録への挑戦(4)

世界最速ワゴン記録更新 世界最速ワゴン記録更新

レガシィは自らの持つ世界最速ワゴン記録に挑戦。
1km区間 270.532km/hを達成し、記録更新。


1998年 新しい価値観の提案(6)

3代目レガシィ 3代目レガシィ

3代目レガシィを「新世紀レガシィ」として市場投入。
CMタレントはケビン・コスナー。セダンタイプを「B4」と命名し、インプレッサにて開拓したスポーツセダンという新しい価値観のさらなる醸成を図った。


2003年 新しい価値観の提案(7)

4代目レガシィ 4代目レガシィ

4代目レガシィを市場投入。
富士重工業初の快挙である「2003-2004日本カー・オブ・ザ・イヤー」受賞。創立50周年に華を添える。
後にはエンジン出力を3段階に制御するSI-DRIVE、初代アイサイトを追加 投入し、走り、安全の両立を提案した。


2009年 新しい価値観の提案(8)

5代目レガシィ投入。
2010年には初代アイサイトを先進運転支援システムアイサイト(ver.2)として進化させ、 「ぶつからないクルマ?」というキャッチコピーで安全という価値を提案。

5代目レガシィ 5代目レガシィ
アイサイト ステレオカメラ アイサイト ステレオカメラ
2011年9月2日付 朝刊 富士重工業 2011年9月2日付 朝刊

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