Kenji's Media Trend from London

Who are we?

我々は何者か?

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高評価の舞台「ink」

 「ink」という舞台がロンドンで好評を博している。inkの意味は、言葉通りインクのことで、1960年代後半~70年代初頭の英国新聞社の実話が基になっている。筋立てはシンプルで、部数低迷にあえぐ「The Sun」を買収したルパート・マードックが編集長のラリー・ラムと組んで、当時発行部数首位の「Daily Mirror」を追い抜くまでを描いている。この舞台には印象的なシーンがある。ラムが黒板に「Who are we?(我々は何者か?)」と書き、編集部員にそれぞれの興味・関心を問い詰める。最初は、政治やスポーツなどありきたりの返答ばかりだが、私的で偏った趣味や嗜好(しこう)について、部員たちは少しずつ語り出す。そうして「The Sun」は、従来の自己規制を取り払い、スキャンダラスな事件報道や女性ヌード写真で部数をたちまち伸ばしていく。その賛否については議論しないが、新聞記事の先入観を捨てて、読者が読みたいであろう記事の提供に邁進(まいしん)するラムの決意とマードックの困惑が印象的だ。

レンブラント広場に面したBooking.com本社

 旅行予約サイト「Booking.com」のアムステルダム本社を訪れる機会に恵まれた。同社は全世界で1日に140万泊の予約があり、同社を傘下に持つプライスライングループは、イー・コマース部門でアマゾン、アリババに次ぐ世界第三位の時価総額を誇る。レンブラント広場に面した歴史的建造物の内部を全面改装した社内は、クリエーティビティーを発揮するための遊技スペースや自由なコミュニケーションに不可欠なカフェなど、IT企業ならではの「自由」な空気を漂わせる。私が最も感銘を受けたのは、もはや単なる「旅行予約サイト」の運営会社ではない、業務領域の多様さだ。膨大な数の宿泊予約をデジタルで受け付けながら、アナログなカスタマーサービスで顧客の生の声を拾う。その過程で得られるビッグデータを駆使して、サイトのインターフェイスを日々改良し、利用者に宿泊地のアクティビティーを勧めたり、契約ホテルに対してコンサルティング業務を行っている。Booking.com社は、顧客の満足度を高めるために、通常の業務を常に改善しながら、領域を広げてサービスを追求している。

 11月半ばになり、クリスマスが近いことをいやが応にも感じる季節になってきた。特に顕著なのがテレビCM。この時期になると主に流通会社のストーリー仕立ての長尺CMが大量に流れ始める。その中でも毎年注目されるのが、百貨店「John Lewis」のCMだ。年によって感動的だったり、コミカルだったり、趣向は様々だが、今年はビートルズ「ゴールデン・スランバー」のカバー曲をBGMに、7歳の少年「Joe」と2.1メートルのモンスター「Moz」との友情を描く作品となっている。映画「エターナル・サンシャイン」で知られるミシェル・ゴンドリーを監督に起用し、総制作費100万ポンド(約1.5億円)をかけたと言われる映像が番組の合間にCMとして流れる。興味深いのは、映像の中だけに止まらない「Moz」のリアルな活躍だ。

「JohnLewis」外観、oとeに注目

「JohnLewis」外観、oとeに注目

「MOZ」オリジナルグッズの数々

「Moz」オリジナルグッズの数々

 写真は「John Lewis」旗艦店の入口だが、看板の「o」と「e」が「Moz」の目玉になっている。おもちゃ売り場には、「Joe」の部屋が再現され、実物大の「Moz」と一緒に写真が撮れる。SNSで拡散されることを期待しているのだろう。そこから売り場に戻ると、陳列されているのは、かなり似ていない「Moz」のぬいぐるみやマグカップ、オリジナルの絵本などだ。「Moz」はCM内に登場するだけではなく、百貨店に行けば、グッズを買えたり、会いに行けたりする、突然誕生したリアルなキャラクターなのだ。

 ご多分に漏れず、英国でもアマゾンを初めとしたネット通販が伸びているが、「John Lewis」はリアルな店舗を持つことの優位性を活用している。私が訪れた日曜日に、多くの子どもたちが店内で大はしゃぎしていたのを見る限り、この試みは成功している。

「Moz」実物大展示

 以上の3つの出来事には、実は共通点がある。「Who are we ?」「Who am I ?」の自問自答を繰り返した結果の取り組みに見えることだ。

 的の見えない未来に矢を射続ける一方で、自分たちが何者かを不断に問いかけることの重要性を改めて感じた。

(朝日新聞社 メディアビジネス局 ロンドン駐在 渡辺健司)

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