Kenji's Media Trend from London

Theresa, メイ首相が登場する新聞広告

 本稿を執筆しているのは2019年3月29日。今夜11時にイギリスはEUを離脱するはずだった。

 しかし、Theresa May首相の協定案はこれまで何度も英国議会で否決された結果、離脱日は延期され、現時点でもそれが4月12日になるのか、5月22日になるのか、もっと先になるのか、見通しは立っていない。EU離脱を支持するDaily Mail紙の今日の一面はこれだ。11時を示すビッグベンの時計と「(離脱の)ラスト・チャンス」。

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Daily Mail紙
イギリス政府(HM [Her Majesty’s=女王陛下] Government)によるシリーズ広報

 3月29日に向けて、新聞記事だけでなく、広告についても離脱(ブレグジット)関連の内容が増えていった。その中でも最もストレートなメッセージを伝えたのが、2月中旬以降、様々なメディアで見られたイギリス政府(HM [Her Majesty’s=女王陛下] Government)によるカラフルなシリーズ広報だ。私が集めることができた新聞広告は、この9種。内容はそれぞれ、「EUに渡航する際、パスポートの更新は必要?」「EUで運転するにはどういう書類が必要?」「ヨーロッパ旅行にはどのような保険が必要?」など、かなり具体的で、否が応にもEU離脱が目前に迫っていることを実感させられた。


KFCのクーポン広告

 しかし、そこは風刺や皮肉が利いていることで知られるブリティッシュ・ユーモア。こんな恰好のネタを一般企業も見逃さない。捻(ひね)りを効かせた広告が話題になるケンタッキー・フライド・チキン(KFC)のオーソドックスなクーポン広告は、コピーを「Theresa, Deal(取引、協定)はこうするんだよ」と変えただけで何倍もの読者の注意を惹(ひ)くだろう。


Paddy Power(賭けサービス事業者)の広告

 このPaddy Power(賭けサービス事業者)の広告も「Theresa,」と呼びかけるが、解読するには少し知識が必要だ。世界屈指の人気サッカークラブ、マンチェスター・ユナイテッド(マンU)は不振のチームを立て直すため、前監督を解任して同クラブのFWとして活躍したスールシャール氏を新監督に迎えた。このノルウェー人監督に代わってからマンUが以前とは見違えるような快進撃を開始したことと、EU脱退後の英国がEUと結ぶ通商協定案としてEU非加盟国の「ノルウェーモデル」が注目されていることから、「Theresa, ノルウェーモデルを試す時じゃない?」とおちょくる。

不動産仲介業者Marsh & Parsonsの広告

 この不動産仲介業者Marsh & Parsonsの広告は、メインビジュアルがメイ首相の顔だけなので一見すると不動産の広告には見えない。コピーには「セミ・デタッチド(1棟に2軒の住宅が入っている家のスタイル)、建築許可待ち中」とあり、ブレグジットが引き起こした分裂を揶揄(やゆ)するものになっている。私もこの広告を見た時はギョッとしたが、さすがにやりすぎだと判断されたのか、広告規制団体の指摘によって地下鉄構内に掲出されたこのポスターは、たった一日で剥がされてしまったようだ。


「Marmite(マーマイト)」の広告

 ブレグジットはEU「離脱派」と「残留派」に国民を分断させてしまったが、EU離脱予定日だった前日の3月28日に掲載されたのが、1902年に発売開始された食品「Marmite(マーマイト)」の広告だ。マーマイトはビール酵母から作られる粘り気のある黒いスプレッドで、主にトーストに塗って食べられているが、その塩気の強いクセのある味は英国人によっても好き嫌いがはっきり分かれるらしい。マーマイトが食べられる朝食=ブレックファーストとブレグジットを重ね、最近の記事で頻繁に登場するHard Brexit(強硬離脱)、Soft Brexit(穏健離脱)、No(Deal)Brexit(離脱なし、合意なき離脱)とのダジャレになっている。


 今日はどんな広告が掲載されているのだろうと毎日楽しみにしつつも、EU離脱に向けた交渉が難航するさなか、悠長にふざけている場合ではないだろうとも思ったが、一方でこういう広告を差し迫った状況においても受け入れる余裕を持てるのが、様々な歴史を経てきたこの国の強さなのかもしれない、と変に感心してしまった。

(朝日新聞社 メディアビジネス局 ロンドン駐在 渡辺健司)

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