クリエーターが語る、「朝日広告賞」とは

商品が人格を持ち始めた時代に、美しい言葉を追求した眞木準作品

コピーライター 仲畑貴志氏

 80年代、コピーが勢いを持ち始めた時代を担う「寵児(ちょうじ)」の一人で、その後も活躍し続けたコピーライターの眞木準氏が、今年6月に急逝した。同世代で、やはり数多くのコピーを手がけ、よきライバルであり親友でもあった仲畑貴志氏が、眞木氏の生前の人柄、仕事をしのぶ。

 

――眞木さんとの関係についてお聞かせください。

 眞木くんは僕よりひとつ年下で、糸井重里くんと同い年。同世代のコピーライターということもあって、みんな仲がよかった。でも、3人とも全然タイプが違って、言葉がぞんざいで不埒(ふらち)な僕、それとは正反対でジェントルで優しい眞木、糸井がその中間、という感じでした。仕事ぶりからもわかるように、眞木はすごくおしゃれ。「広告界の貴公子」と呼ばれ、本人もそう呼ばれることを喜んでたね。頼むと何でもやってくれるところもあって、僕が東京コピーライターズクラブの会長になったときは副会長に、宣伝会議コピーライター養成講座の校長をしたときは副校長をやってもらいました。嫌な顔ひとつせず、僕をきちんとフォローしてくれた。僕が言いたい放題言って逸脱しそうになると、「仲畑さん、また嫌われるよ」って。「『また』はつけなくていい!」なんて言い返しましたけど(笑)、そうやって、いつも暴走しがちな僕を引き止めてくれた。本当にすばらしい友人でした。

――眞木さん、仲畑さんが活躍された80年代は、広告におけるコピーが一躍脚光を浴びた時代で、お二人はその時代を牽引(けんいん)された、という印象があります。

 確かに80年代に「コピーブーム」がありました。それ以前とは広告やコピーの役割が大きく変わったことが背景にあると思います。先の時代は、商品が品質の時代で、コピーは品質を訴求すればよかった。つまり、商品特性をうまく言い換えることがコピーライターの仕事でした。しかし70年から80年代にかけて、品質に差がなくなってきた。どこの冷蔵庫もよく冷えるし、どこの扇風機も機嫌よく回ってくれるようになったんです。あらゆる商品の品質が飽和状態に達して品質で差別化できなくなったとき、何が購買動機になるかというと、それは「好きか嫌いか」なんです。じゃあどうすれば好きになってもらえるか。人間がだれかを好きになるとき、「誠実だから好き」という人もいれば「ノリがいいからいい」という人もいる。広告もそれと同じで、誠実な表現で好きになってもらうやり方もあれば、ノリのいい表現でアプローチするやり方もある。好かれるために、商品にどういう「人格」を与えるかを考えるようになったんです。モノからコトに価値が移ったことで、生活者も商品が纏う情報やイメージを消費するようになり、コトを語るコピーに注目が集まった。僕や眞木が仕事を始めたのは、広告やコピーが新しい時代を迎える過渡期だったんだと思います。

ダジャレがきちんと着地した、
明朗かつ表現がきれいなコピー

――眞木さんの作品で印象に残っているものは。

 「ボーヤハント。」(ビクター)や、ANAの沖縄キャンペーンなどですね。素顔はジェントルでしたが、ご存じのとおり、ダジャレコピーの大家だった。うちの弟子には、ダジャレやダブルミーニングは禁止してるんです。広告は「金を出して自分で自分をほめる行為」と生活者にバレてしまっている今、そこにダブルミーニングを使うと「これで心を奪いにきたな」と見えやすい。だから、どうしても浅くなってしまう。また、小説や映画のような純粋表現の世界なら、離陸して空中でクルクル回って芸を見せ、たとえ爆破して終わっても、感動を与えられたならそれでいい。でも広告は商業活動の表現なので、商品なりマーケットに着地しないといけない。ダジャレやダブルミーニングを使った表現では、それが難しい。しかし、眞木くんの作品はきちんと着地できていました。それが彼のすごいところです。悔しいから僕もダジャレ作品に挑戦したことがあるんだけど、ダメ。元祖で本家にはやっぱりかなわないね(笑)。
 そして何より、眞木の作品には汚れがなかった。非常に健やかできれいなんです。美辞麗句で術策を凝らすほど表現は汚れてしまうもので、本当に美しい姿を保っていられるのは難しいことなんです。彼の明朗さ、表現のきれいさ、そして言葉を大事にする姿勢は貴重だったと感じます。
 

――眞木さんが長年にわたり審査委員をつとめた「朝日広告賞」について、最近はどうご覧になりますか。

 うまくなりすぎてるね。みんな「傾向と対策」をきっちりやってくるから水準は上がっているんですが、爆発するものがない。朝日広告賞の一般公募の部のような、いわゆる「試作の場」に僕らが求めているのは、定着力よりも爆発力なんです。今の若い人たちは常に頭がよくてすぐに理解する力を持っているんだけど、望まれているゾーンがわかると、そこにボールを置きに行ってしまう。ストライクゾーンをちょっとぐらい外してもいいから、思いっきり投げてみろ、と言いたいですね。試作の場はそうでないと意味がないし、もったいない。若くて経験がないとなかなかいい仕事がさせてもらえないものですが、そんなとき「自分はここにいる」と声を出せる場として朝日広告賞は貴重です。僕もかつてそのために朝日広告賞を利用しました。本当の意味での完成度は経験ある人にはかなわないので、「乱暴力」がほしい。そんな期待をしています。

 

仲畑貴志(なかはた・たかし)

コピーライター

1947年京都市生まれ。サン・アド勤務などを経て81年に仲畑広告制作所を設立。数々の広告キャンペーンを手がけ、日本を代表するコピーライター。また、毎日新聞で川柳の選者を務めている。近著に、『みんなに好かれようとして、みんなに嫌われる。勝つ広告のぜんぶ』(宣伝会議、2008年)、『ホントのことを言うと、よく、しかられる。勝つコピーのぜんぶ』(宣伝会議、2008年)など。2008年6月には電通と共に、企業のブランディングを手がける広告制作プロダクション「ナカハタ」を共同で設立。東京コピーライターズクラブ会長。宣伝会議コピーライター養成講座校長としての職も継続している。

 

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