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香りをかいだときの脳活動を、化粧品開発に応用

資生堂 メーキャップ・ヘア研究開発センター 次長 高田定樹氏

 資生堂は1980年代から脳科学に着目し、その知見を事業活動の中で活用してきた。同社のスキンケアブランド「キオラ」は、香りをかいだときの脳活動の変化をとらえて開発された商品だ。この研究領域を担当しているメーキャップ・ヘア研究開発センターの高田定樹次長に話を聞いた。

化粧品の香りと「リラックス脳」

――脳科学の知見をどのような分野で活用していますか。

資生堂 メーキャップ・ヘア開発研究センター 次長 高田定樹氏 高田定樹氏

 さまざまな領域で活用をすすめています。まず第1に商品開発の領域。化粧品の香りや触感が脳にどう働きかけるのか、皮膚の変化と脳活動の関係などを調べ、商品開発に生かしています。

 第2はマーケティングや販売活動の領域。たとえば、店頭で販売を担当するビューティーコンサルタントの服装や動作がどのようなものであったらお客様は心地よいと感じるのか。脳科学を応用してそれを導きだし、ビューティーコンサルタントの行動規範として活用しています。

  第3は、五感を刺激する化粧が呼び起こすさまざまな効果に着目した高齢者への「化粧療法」の領域。脳を活性化させる「化粧療法プログラム」の研究が進んでいます。

――商品開発への活用を始めた狙いとは。

 始まりは、1984年発売の男性用化粧品「ビコーズ」のフレグランス製品の開発です。この段階では、まだ、脳科学の活用とはいえず、香りのもたらす伝承的な生理・心理効果にスポットがあたっていました。その後、科学的に香りの生理・心理効果を検証するためのツールとして脳波の計測を始めました。

 たとえば、リラックスしているときの脳波を調べると、アルファ波が多く出るということがわかっています。これをラベンダーやカモミールなど伝承的に効果が確認されている香りの評価に用い、「リラックス」や「リフレッシュ」などをうたった商品に落とし込んでいきました。

 その後1990年代に入ると「事象関連電位」を用いたより高度な脳波解析が可能になります。そして、2000年前後から、「NIRS(近赤外線分光法)」という脳の光計測によって脳の働きが調べられるようになり、多チャンネルの計測装置「光トポグラフィー」の実用化も進みました。

 これらの装置によって可能になったのは、脳の表面付近の血液の流れを測定すること。fMRIなどの大がかりな装置で測定するしかなかった脳活動を、比較的手軽にとらえることが可能になったわけです。これにより、香りをかいだときの脳の反応が計測できるようになり、計測結果をさまざまな香りの評価に応用し、商品開発に生かすことができました。

――具体的な成果は。

 一つがスキンケアブランドの「キオラ」です。

 人の頭の使い方には大きくわけて二つのタイプがあります。たとえば、暗算というタスクが与えられたとき、緊張してストレスを感じてしまう人と、リラックスしたまま行える人がいますよね。このときの脳活動を調べると、前者は前頭葉の主として右側が活性化し、後者は左側が活性化していることがわかります。つまり人間の右脳は「ストレス脳」、左脳は「リラックス脳」なのです。このストレスモード、リラックスモードの脳と、香りの持つ力との関係の研究からキオラの開発はスタートしました。

 その結果、私たちがいきついたのは、DMMB(1,3-dimetyhoxy-5-methyl benzene)という鎮静作用を持つ香り成分。スキンケア化粧品である「キオラ」シリーズには、この香りの成分DMMBが含まれており、朝晩スキンケアをしながら香りをかぐことと、リラックスモードの脳の状態を考慮しています。

図1

 図1は測定したデータです。右脳が活性化している女性のストレス脳が、1カ月間朝晩DMMBの香りをかいだ結果、左脳が活性化したリラックスした状態に変化していることがわかります。

――香り成分と脳のリラックスした状態の関係に注目したのですね。

 「キオラ」ではありませんが、同じ成分を含む海外向け製品で調査を行いました。調査によると、ストレスモードからリラックスモードへという脳血流の変化だけでなく、皮膚の脂っぽさがなくなるなどの事例が出ています。理由としてはリラックスモードの脳が自律神経に影響を及ぼし、皮膚の機能の働きを高めた結果ではないかと考えられます。

 私たちは、リラックスモードの脳が身体に及ぼす影響の研究をさらにすすめて、スキンケアでリラックスした方を、さらにメーキャップで元気にする、ということを目指しています。この研究は、現在、高齢者を対象とした化粧療法プログラムのなかで進めています。

化粧をすると元気になる、 そのわけを脳科学で実証

――高齢者を対象とした化粧療法プログラムを実践しています。

 高齢者の方にとってもなじみの深い「化粧」という行為を通して、認知症の予防や症状の改善に役立てることを目指したプログラムです。具体的には、高齢者施設をビューティーセラピストが訪ねてお化粧教室を開き、高齢者の方のQOL(Quality of Life)の向上を目指すもので、1970年代から全国の高齢者施設で活動を行っています。

 その中で、プログラムの実施後、車いすが必要だった方が歩けるようになった、おむつがはずせた、ということが実際に起きています。つまり、化粧をすると元気になる、これはいったいなぜなのか、ということをプログラム実施前後の脳活動やそのほか心身の変化の測定を行い、その科学的な検証を進めています。

 「化粧をすると元気になる」プロセスで起こっていることを探るために、私たちは二つの軸から変化をみています。その一つは、鎮静/覚醒という軸。もう一つは、快/不快という軸です。

 なぜ、二つの軸をもうけたかというと、脳が活性化していれば快適かというと、必ずしもそうとはいえないから。怒りの感情を持っているときやイライラしているときも、脳は活性化しているのです。同じように、脳が鎮静化しているからといって、リラックスできているともいえません。落ち込んでいるときやうつ状態のときも脳は鎮静化しているのです。ということは、目指すところは快の状態での活性化ではないか。そのプロセスをあらわしたのが、図2です。

図2

 イライラ状態(不快の活性化状態)やうつ状態(不快の鎮静化状態)を、まず香りをかぎながらのスキンケアでリラックスさせる。この状態がグラフの右下(快の鎮静化状態)です。ここで気持ちを集中してメーキャップをすると、気持ちがあがって元気になる(快の活性化状態)。これが、高齢者の方がお化粧をすることで元気になるプロセスだと考えられます。

 研究では、覚醒/鎮静の度合いを調べるために、脳の血流を計測し、快/不快の計測には、唾液(だえき)に含まれるストレスホルモンを採取しています。現在科学的な根拠を得るに足るデータがそろいつつあり、研究結果については今後学会などで発表していく予定です。

――ほかの取り組みについては。

 弊社の場合は、商品企画から開発、生産、販売という価値づくりのバリューチェーンがあります。その中で脳科学を活用できる領域は非常に広いと考えられます。広い領域であるだけに、今後もこの分野の研究を推し進め、脳科学を応用しながら、いいモノをつくり、お届けしていくことは欠かせないと思っています。

高田定樹(たかた・さだき)

メーキャップ・ヘア開発研究センター 次長

1983年に株式会社資生堂入社後、スキンケア製品、メーキャップ製品開発を担当。2006年からヒューマンサイエンス研究領域を担当し、化粧品の有する心理的、生理的な効果の研究、店頭での応対に関する脳科学的な研究などを行い現在に至る。モットーは「熱意と情熱」。日本色彩学会論文賞(2011年)を始め受賞多数。

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