企業を変える社会価値ブランディング

長期的な社会価値の追求が企業のブランド価値を高め、短期的な成果も生む

一橋大学大学院 国際企業戦略研究科特任教授 名和高司氏

 企業の社会的責任がますます重みを持つ中、社会課題を解決すると同時に、経済価値といかに両立できるかが求められている。顧客や株主、行政や地域、そして従業員といった、企業を取り巻くステークホルダーとの良好な関係性を築きながら、社会価値の向上に取り組む「社会価値ブランディング」の現状、潮流、課題とは?一橋大学大学院国際企業戦略研究科特任教授の名和高司氏に聞いた。

投資家、従業員、顧客が企業の社会価値を選別する時代に

──企業の「社会価値ブランディング」が注目されています。その背景は?

名和高司氏 名和高司氏

 大きなきっかけはリーマン・ショックです。金融危機以降、過激な競争や収益追求という反省から、資本主義が改めて問い直されるようになりました。そして、企業は自社が提供する社会価値が何かを自覚し、その上で経済的な価値や収益をあげるという循環をもう一度確認しようという動きになったのです。

 株主やファンドの視点も変わりました。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が、ESG(環境・社会・ガバナンス)に取り組まない企業は投資の対象にしないと公言するなど、長期的に市場を見ている投資家は、社会価値を重んじない企業は投資対象ですらないと考え始めています。

 変化はそれだけではありません。従業員も、特に2000年代以降に社会人となった、いわゆる「ミレニアル世代」は、自分の志に合った場所で腕を磨き、社会に貢献したいと考える人が増えています。実際、その世代に人気のグローバル企業をみると、アップル、グーグル、ユニリーバと、まさに社会価値を追求してきた代表的な企業がトップを占めている。つまり、社会価値を訴求できていない企業にはそもそもいい人材が集まらないのです。

 さらに言えば、顧客も変わった。単に見栄えがいいから、安いから買うといった姿勢から、買うという行為によってその企業に信任票を投じる、そのような振る舞いをする消費者が増えています。そしてSNSを通じ、いいと思うことには「いいね!」を発信してサポートしたり、悪いと判断したことには厳しく批判したりするように、消費者自身が社会価値がある企業なのかどうかを選択の基準にしているのです。

 このように、社会価値の低い企業は資本家からも将来の従業員からも、さらには消費者からもサポートされなくなり、企業として永続することは難しい。そのことに気づいた企業が「社会価値ブランディング」に取り組み始めているのです。

 とはいえ、企業である限り利益追及は重要なミッションです。2011年、ハーバード・ビジネススクールのマイケル・ポーター教授が『Creating Shared Value』(邦題『共通価値の戦略』、CSV)を提唱。社会価値と経済価値の双方を追求することこそ次世代の資本主義の目指すべき姿だと論じて、大きな話題になり、世界的にも大きな影響を与え始めています。

CSVとは

出典:名和高司『CSV経営戦略』(東洋経済新報社)

──日本企業の現状は?

 日本ではここ数年、ROE(自己資本利益率)を重視するような風潮がありますが、ROEは短期的な指標に過ぎません。欧米では長期的にESGを守る企業に投資するという動きがあるにもかかわらず、日本はリーマン・ショック前の状況に戻ってしまっている。正直「周回遅れ」と言わざるを得ません。

 しかし、江戸時代から「三方良し」という経営思想があったように、そもそも日本企業には「売り手良し」「買い手良し」の経済価値に加え、「世間良し」という社会価値を重んじる理念が伝統的に根付いています。経済価値に寄りすぎてしまった今、改めてその姿勢が見直され、軌道修正しているところと言えるでしょう。

 ただし、「三方良し」とセットで使われる「」という言葉も。自己顕示や見返りを期待せずに人に尽くす、という意味で、村社会の中で口に出して言わなくてもみんなわかっていることを良しとする風潮が日本にはある。しかし、今やダイバーシティーの時代です。いろんな価値観の人たちにきちんと伝え、理解してもらわなければ、いくら社会価値のある取り組みをしていても意味がありません。そこが日本人はまだまだ苦手。世の中に対してもっと意識的に発信し、コミュニケートすべきだと考えます。

社会価値の情報発信に重要な「信頼性」「客観性」「見識」

──自社の活動を発信しアピールするためには、メディアを使ったコミュニケーションも必要です。SNSなどネットメディアも力を持つ中、新聞あるいは新聞広告が果たせる役割は?

名和高司氏

 たとえば、社会価値ブランディングの中の重要なポイントに「従業員の心に火がついているか」が挙げられます。社会価値を追求する中で働き方改革に取り組む企業は増えており、「時短」を掲げるケースが多いのですが、8時間を7時間に切り詰めたところで、本当の意味で従業員はハッピーなのか?そうではなく、その7時間があっという間に過ぎるほど仕事にワクワクして充実できるかが重要なはず。働き方改革の本質は、単に労働者を守るだけでなく、自己を追求する社員たちの自己実現の場をどうやって作るか、という文脈の中で捉えられるべきだと考えます。

 キュレーションサイトに掲載された情報の真偽をめぐる問題は、新聞を改めて見直すきっかけとなりました。こと社会価値について発信する上で重要なことは、「信頼性」「客観性」「見識」で、その点で新聞が果たせる役割は大きいと考えます。社会価値のようなあいまいな、しかし、非常に重要なものを議論する際には、そうしたメディアの力が必要です。中立的な立場で世論を形成し、引っ張っていってほしいと期待しています。

──社会価値の発信という意味では、CSRを通じて取り組んでいる企業も多いと思います。それが中長期的には企業の直接的な利益、経済価値にも結びつくことになると考えますが、さらなるブレークスルーのために必要なことは?

 「正しいことを続けていたら必ず報われる」という信念を経営者が持つこと。それが重要です。なぜか。短期的な数字ではなく長期的な社会価値を追求していくと、「いい資産」が増えていくからです。

 その一つが、この会社は何ものにも代えがたいと支持される「ブランド価値」です。さらに、社会価値を追求することによって企業価値を上げることを続ければ続けるほど、「ノウハウ」という資産が蓄積される。また、ブランド価値が高まれば、自分から売り込まなくても引く手あまたとなり、官公庁や地方自治体から声がかかったり企業同士でコラボレーションしたりという「関係資産」が得られます。その結果、そうした企業にはいい人材が集まり「人的資産」となるのです。

 いい資産が増えると、同時に将来のリスクになる「負債」が減っていきます。世の中にとってなくてはならない会社になることで、足元をすくわれたり糾弾されたりするリスクを未然に防ぐことができる。応援したいと思われる企業になることは、実はリスクに対する最大最強の対処法なのです。

 いずれもバランスシートには決して載らない資産と負債です。一見、回り道をしているようですが、長期的に社会価値を追求し続けることは、結果、短期的な成果も生むことにつながるのです。

──社会価値ブランディングの潮流は?

 生産性を上げるために覚醒、興奮させるものが喜ばれたのが20世紀の価値観だとすると、21世紀は人間が自然体に戻るための癒やしやなごみが大事になってくる時代と言えます。人間の生理で言えば、交感神経から副交感神経へ。実際、シリコンバレーでも先進的な企業では「マインドフルネス」といって座禅やヨガ、などで自分を取り戻す活動を進めています。これは、日本人がずっと大切にしてきた価値観です。

 もう一つ日本人が大切にしてきたのが「質へのこだわり」。表から見える部分だけでなく、見えない部分までもきっちり仕事をするというこだわりを持っている。それも、高級品ではなく、衣食住にまつわる日用品の質へのこだわりは世界随一。それを使うことで心が穏やかになり、自分を取り戻すことができるのです。

──日本人が持つ価値観は、社会価値として世界に通用する、と?

 はい。日本発のCSV=J-CSVは世界に通用するスタンダードにもなりうると思います。実際、その社会価値が経済価値も生むCSVの取り組みとして、世界から注目されている企業は増えています。

 ファーストリテイリングが展開するユニクロもその1社。同社が提言する「LifeWear(ライフウェア)」は非常に興味深いですね。服は、昔は気候や外敵から身を守る道具、20世紀になってからは着飾って自分をアピールする道具になりました。それが21世紀の今、肩の力を抜いてもっと自分らしく快適に過ごすものに。生活のための洋服に戻っていく、それが「ライフウェア」の思想です。欧米のファストファッション・ブランドのように、今着飾って来シーズンは着られない使い捨ての洋服とは違い、「自分らしさ」を表現するために着る服。資源に対して優しいし、自分らしくていいんだという自己発見につながります。

 ユニクロの「衣」に対して、それを「衣食住」で手がけているのが良品計画が展開する無印良品。「MUJI」としてグローバルで展開していますが、欧米でもアジアでも受けているのは、世の中で見落とされている、あるいは希薄になっている本質的な価値を掘り起こし、生活の質(QOL)と心の豊かさをもたらしているから。その価値観が、世界的にがあることを証明しているのだと思います。

J-CSVのキーワード

からだ→こころ
安全→安心(Peace of mind)
良いデザイン→こころの情景
健康→幸福(Wellness, Happiness)
共感共創力
つながり、交感、分かち合い
時空の遊牧民(ノマド):日常と非日常、未来と伝統(レガシー)
セレンディピティ(偶然の出会い)
日本的価値観
品質→QoX(例:Quality of Life, Quality of Mobility)
クールジャパン→なごみ、やすらぎ、癒し、わび・さび
世界のライフスタイルのプロデューサー(例:ライフウェア、Found Muji)
マインドフルネス:ヨガ、座禅・瞑想、シックスセンス

──今後、社会価値ブランディングはどのような方向に進んでいくべきでしょうか。

 企業は、自社の良さや価値を改めて自覚すべきです。その上で大きく一歩踏み出す。イメージとしてはバスケットボールでいう片足を軸にして体を回転させる動作であるピボットです。日本の企業の多くは強い軸足があるものの、両足そろえて「気をつけ」していたりしますが、自社の価値という軸足はしっかりと持ち、もう一方の足は360度動かして可能性を広げていく。その運動を続けていけば、必ずやどんな企業も、それぞれの社会価値ブランディングが実現できると思います。

 さらに、それを発信しブームにしてほしい。社会価値ブランディングという新しい潮流を広める、というストーリーが非常に大事。日本企業だからこその価値と強みを、改めて世界に訴求するチャンスのときなのです。

ユニクロ「LifeWear」
良品計画「感じ良いくらし」の実現
名和高司(なわ・たかし)

一橋大学大学院 国際企業戦略研究科特任教授

1957年生まれ。1980年東京大学法学部卒、三菱商事に入社。機械部門(東京、ニューヨーク)に約10年間勤務。1990年ハーバード・ビジネス・スクール修士(ベーカースカラー授与)。その後約20年間、マッキンゼーのディレクターとしてコンサルティングに従事。自動車・製造業分野におけるアジア地域ヘッド、ハイテク・通信分野における日本支社ヘッドを歴任。2010年より現職。2014年より日本を代表する約30社の次世代リーダーが参加する「CSVフォーラム」を主催。近著に『CSV経営戦略』(東洋経済新報社)、『成長企業法則~世界トップ100社にみる21世紀型経営のセオリー』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。

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