トランスフォーメーションはカタチにできるのか

カルチャーをクリエイティブの力で変えていく

博報堂 統合プラニング局 クリエイティブ・ストラテジスト/ヒット習慣メーカーズ リーダー 中川 悠氏

 博報堂のクリエイティブ部門・統合プラニング局からさまざまな領域の強みを持つメンバーが登場し、変化するビジネスニーズにどのように向き合い実行しているかを紹介するシリーズ「トランスフォーメーションはカタチにできるのか」。記念すべき第1回は、クリエイティブ・ストラテジストの中川 悠氏が登場。中川氏は「ヒット習慣」を研究・分析する「ヒット習慣メーカーズ」の社内有志メンバーと、単発的に売れる仕掛けだけではなく、生活者が何度も買いたいと思う仕組みづくりの方法論を構築した。2020年4月には書籍『カイタイ新書 -何度も「買いたい」仕組みのつくり方-』も出版し、売れ行きも好調だ。そんな中川氏に聞いた「習慣化」させるための戦略とは。

──まず、統合プラニング局について教えてください。

 統合プラニング局はクリエイティブやストラテジー、プロモーション、PR、デジタル、ビジネスプロデュースなどさまざまな職種の人が集結した130人ほどの局です。博報堂は職種ごとに局が分かれていることが多いのですが、統合プラニング局は複数の職種の人間が集まり、連携することで、多様化・複雑化した課題に対して、幅広い解決策を見いだしています。

 統合プラニング局が現在の形になったのは2年ほど前。現在は10チーム以上あります。チームごとに得意とする領域があり、僕のチームはストラテジー起点でクリエイティブ提案をしています。役割は、戦略を立ててアイデアを考え、世の中に実装させていくこと。広告のアイデアだけを考えるのではなく、ブランドや商品開発など上流から関わり、必要となるアウトプットを提供する。そして、コンサルティングをしながら並走していきます。

 特徴は「運用型のクリエイティブ」を提供していること。クライアントとは定例会を開催し、常に最新の運用方法を提案しています。オリエンを受けて僕らがプレゼンをして・・・・・・といったこれまでの仕事の流れとは異なり、常時接続しているような状態。そのほうがクライアントの現状や課題を今までより深く知ることができるので、効果的な提案ができると思っています。広告は商品をリニューアルしたタイミングや起爆剤が必要なとき、シーンをガラっと変えたいときに活用するというスタンスです。

──クライアントからは具体的にどういったことを依頼されるのですか。

 例えば、商品を生産する工場の割り当てだけが決まっていて、具体的なことはまだ何も決まっていない、といったブランドをゼロから立ち上げて商品開発までトータルで手がけるという仕事もあれば、既存の商品の売り上げを伸ばすための相談もあります。売り上げを回復させるためには、ブランド全体のテコ入れが必要なこともある。商品そのものを見直すこともあれば、売り方や売る場所を変えたり、デザインを改良したり。SNSなどでの情報発信やアプリの開発など、状況に応じて戦略を考え、アドバイスもしています。

 これからのクリエイティブ・ストラテジストは、クライアントと直接コミュニケーションをとりながら、社内外のスタッフをアサインしてプロジェクトのマネジメントも手がけていくべきだと考えています。ストラテジーとクリエイティブに加え、営業的な動きができることが理想です。博報堂では、コピーライターがデザインしたり、ストラテジーがコピーを書いたり、クリエーター同士の越境はかなり前から始まっていました。けれども、クリエーターと営業の越境は、あまりなかった。昨年から博報堂では、営業をビジネスデザイン(通称BD)と呼ぶようになり、いよいよクリエーターと営業の越境も始まりつつあります。

 統合プラニング局内のクリエイティブ・ストラテジストのパーパスは、「カルチャートランスフォーメーション」。目指しているのは、カルチャーをクリエイティブの力で変えていくこと。新しい体験を提供し、商品の購買習慣や使用習慣を変えていこうという考えです。そのための方法論はいくつかあり、パーパス起点で考える人もいれば、デジタルを軸に発想する人もいる。僕は、博報堂社内の有志チーム「ヒット習慣メーカーズ」の仲間とともに構築した、持続的に売れ続ける仕組みをつくる「習慣化」の方法論を基に戦略を立てています。

何度も買いたい仕組みづくり これからのマーケティングは「習慣化」

──「ヒット習慣メーカーズ」を立ち上げた経緯は。

 広告は短期的に終わってしまうケースも少なくはなく、もっと中長期的に世の中に根づかせる仕事もしたいという課題意識がありました。これまでは、広告で話題となり商品が売れる、という流れでしたが、今はその逆。体験したことが面白かったら、自然とSNSで広がり、マス化していきます。ただ、体験なら何でもいいのではなく、僕らがやるべきことは持続的に広がる体験をつくること。それを言葉で表現すると「習慣」だと気付きました。クリスマスの時期にチキンやケーキを食べることも、毎日歯磨きをすることも、決まった曜日にスポーツジムに行くことも、習慣です。いろんな企業の商品やサービスが、人々の習慣を生み出しているのです。その方法論を考えてみようと、社内の有志が集まってチームを立ち上げることにしました。それが「ヒット習慣メーカーズ」です。

PACフレーム (『カイタイ新書 -何度も「買いたい」仕組みのつくり方- 』 博報堂 ヒット習慣メーカーズ 著/中川 悠 著, 編集 秀和システム・2020年4月刊 より)
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 習慣については、先人が研究しています。『習慣の力』(著者:チャールズ・デュヒッグ)や『小さな習慣』(著者:スティーヴン・ガイズ)ほか、ベストセラーとなった本もいくつかあります。それらを源流として整理しつつ、今、世の中で起きている現象を見る。習慣化に成功した広告を分析して、そこで得た気付きを実際の仕事で試しながら、習慣化のフレームワークを開発しました。それが、「PAC(パック)フレーム」です。PACとは、Prediction(習慣を予測する)、Addiction(習慣を設計する)、Conversation(習慣を広げる)の三つの頭文字をとったものです。この三つのステップに沿って、持続的に売れ続ける習慣化の仕組みを考えていきます。

習慣の兆しや潮流の読み方

──書籍『カイタイ新書 -何度も「買いたい」仕組みのつくり方-』は、習慣化をテーマにしたマーケティングの教科書的な本ですね。PACフレームについて詳しく学ぶことができます。特に印象的だったのが、Addiction(習慣を設計する)のステップで習慣化におけるコンセプトを「新習慣で実現したい理想の未来」と定義付けていたことです。

 コンセプトとは何か。それについて明快に答えることは、実は難しいですよね。だから、僕は習慣化についてのコンセプトは「A(現状)からB(理想)」に転換することだと定義しました。現状から理想への転換を考える上では、世の中の流れに乗るのがポイントです。だからこそ、まず、最初のステップのPrediction(習慣を予測する)で習慣の兆しや潮流を読むことが重要で、そのためには世の中の動きを見続けるしかないと思っています。

 たとえば、働き方改革に取り組むから残業が減り、残業が減るから仕事が終わった後にエステやジムに行く人が増えている、といったように現象は線でつながっているんです。そういった動きに気付くために、僕らは日頃からウェブメディアやTwitterなどをチェックして、気になったことはメモしています。また、友達、仕事仲間、違う業界の人たち、家族などから直接話を聞くのも、新たな情報を得る上で大事にしています。

 博報堂のウェブマガジンで「ヒット習慣予報」というコラムを書いていることも、日々の観察の習慣化につながっています。締め切りがあるから、習慣化できるんです。また、インプットしたことを書こうとしても、うまくまとまらないことがあります。そういう事例は、まだ習慣につながるアイデアではないケースが多い。そこはインプットだけでは気付けないので、アウトプットすることも大事にしています。

 あとは、Googleトレンドもチェックしています。最近観察していて面白かったキーワードは「バナナ」と「レモン」。バナナジュースが話題になっていたのでGoogleトレンドを見たら確かに伸びていた。ただ、レモンをつかった商品もよく見かけるので、ついでに調べたら、バナナジュースと同じ波形で伸びていました。そこから、バナナとレモンを組み合わせた新しい商品を開発したら、何かチャンスがあるかもと、発想が広がります。海外の流行も追っています。たとえば、お酒をあえて飲まない「ソバーキュリアス」が海外ではトレンドになっています。これは、今の日本ではスタイルとして定着しているとまでは言えません。しかし、著名な作家が禁酒したことを伝えるエッセーを出版したり、若い人の間ではお酒を飲まない人でもノンアルコールのバーで楽しむことが増えていたりするので、ひょっとしたらこの兆しは今後日本でも潮流となるかな?なんてことを考えたりします。

──Prediction(習慣を予測する)の次のステップ、Addiction(習慣を設計する)では、歯磨き粉の「ミントの刺激」やビールの「泡」など、なくても困らないが、あると気持ちがよい感覚的な要素が習慣化には重要だと解説されていました。その感覚的な要素を「触媒」と称しています。触媒について具体的に教えてください。

『カイタイ新書 -何度も「買いたい」仕組みのつくり方- 』博報堂 ヒット習慣メーカーズ 著/中川 悠 著, 編集 秀和システム・2020年4月刊

 歯は、何もつけずに磨くだけでも清潔になります。ただ、ミントの刺激がないと物足りない。磨いた気分にならず、スッキリしません。だから、歯磨き粉を毎回使いたくなる。要するに、ミントの刺激は脇役的な存在ですが、歯磨きを習慣化させる大切な要素であることが分かります。その要素に何か名前をつけようと考えたとき、触媒という言葉を思い出しました。触媒とは「それ自身は変化しないが、化学反応を早めたり遅らせたりする物質」という意味。化学反応の促進と習慣化を脇役的に後押しする要素を重ね合わせ、触媒という言葉を選びました。

 広告シズル表現は、触媒の一つです。お肉が焼けている「ジュージュー」という音や、ビールの泡、グラスについた水滴などを見ると、五感が刺激され「おいしそう!」と本能的にグっときますよね。そして、食べてみたい、飲んでみたくなる。ある先輩が「広告は結局、腹落ちが大事」と言っていたのですが、まさにその通りだと思いました。どんなに合理的に正しくても、それだけでは人の心を動かすことは難しいからです。効果効能や成分など、スペックを正しく伝え、左脳で合理的に理解させることよりも、「なんか楽しそう」「エモいよね」といった感情に訴えかけることのほうが効果的というケースも少なくない。それは、人間の脳の仕組みとも関係しています。習慣化について語る上でとても大事なことだと考えています。

──PACフレームの最後のステップ、習慣を広げる上で、Conversation(カンバセーション)が大事な理由は何でしょうか。

 習慣は一方的に押しつけるのではなく、第三者と合意形成しながら社会に定着させていくものだと考えているからです。広告やイベントが話題になっても、Conversationが生まれないと、そのときだけ盛り上がって終わってしまいます。習慣化におけるConversationは、主にリアルの場やSNSでの口コミやレビューなど。Conversationを生みだす手段は、商品やサービスに合わせて考えます。広告やPRが効くときもあれば、自社アカウントでファンを増やして、ファンミーティングを開催することもある。いずれにしても、継続することが重要です。だからこそ「運用型のクリエイティブ」が必要なのです。

──「運用型のクリエイティブ」によって、時代や顧客のニーズに合わせたコミュニケーションを提案できるということですね。新型コロナ禍の今は、未来の予測ができません。ただ様々な習慣が変わっていきそうです。メーカーや企業にとっては、チャンスなのでしょうか。

 大チャンスだと思っています。僕の母親も70歳過ぎて、初めてECサイトで買い物をしていました。ただ、これまでの正攻法が効かなくなる可能性は高い。たとえば、ECでの購買であればパッケージデザインも店頭での見栄えよりも、生活シーンでの佇まいが重要になるといった変化も考えられます。使用シーンが変われば、売り方や売り場なども見直すことになるはずです。日々状況が変わる今、未来を予測することは非常に難しいのですが、分かっているのは確実に世の中の価値観が変化していること。それを捉えるためにも、たとえばECサイトで販売してみて、もし売り上げが伸びなかったら潔く撤退。また別の方法を探してみるといった、アジャイル的な動きが必要かもしれません。

 アメリカや中国など海外の動向にも注目しています。もろもろの規制が緩和すれば習慣も変わるはずです。たとえば、タクシーで飲食店のデリバリーができるようになれば、タクシーが運搬業になる。そうすると、タクシーの使われ方も変わりますよね。全世界が変化のときなので、潮流は大きく読むことも大事だと思います。

中川 悠(なかがわ・ゆう)

博報堂 統合プラニング局 クリエイティブ・ストラテジスト/ヒット習慣メーカーズ リーダー

大学卒業後、電機メーカーにエンジニアとして入社。携帯電話の設計に携わる。その後広告会社を経て、2008年に博報堂入社。ストラテジックプラニング職として、商品開発、ブランド戦略、コミュニケーション立案に携わる。15年に統合プラニング局のチームリーダーに就任。クリエイティブ・ストラテジストとして、戦略から戦術まで一貫したディレクションを行う。17年にヒット習慣メーカーズを立ち上げ、顧客の習慣化による事業成長の仕組みづくりを実践している。20年4月25日に初の編著書『カイタイ新書 -何度も「買いたい」仕組みのつくり方-』(秀和システム)を刊行。

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