子ども連れを温かく見守る人たちの“賛同”を可視化する、ブランドジャーナリズムの手法で取り組む割引キャンペーン

 力の源ホールディングスが展開する豚骨ラーメン店「一風堂」は2022月11月19日、子ども連れでも気軽に外食を楽しめる社会を目指すための取り組み「カルガモプロジェクト」を発足。その第1弾として、一風堂の思いに賛同した人は誰でも割引サービスが受けられるキャンペーン「カルガモ割」を実施した。企業が取り組んでいる社会課題をテーマに自らメッセージを発信する“ブランドジャーナリズム”の手法で、同日付の朝日新聞朝刊に全15段の新聞広告を掲載。Twitterやwithnews、公式noteなどでも、プロジェクト発足の背景や思いを発信している。

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左から株式会社 力の源ホールディングス 執行役員 工藤正充氏、広報グループ  小栗歩実氏、サムライト 奥山、朝日新聞社 田浦、堀籠

20年以上マニュアルもなく続く子ども連れに優しいサービス

 力の源ホールディングスが展開する一風堂は、女性がひとりでも入りやすいモダンなラーメン店というコンセプトで1985年に福岡で創業し、日本に新たなラーメン文化を築いてきた。
 現在は、世界15ヵ国・地域でグループ全体で計277店舗(2022年3月末時点)を展開するグローバルブランドとして、ラーメンや日本食の魅力を世界中に伝えている。同社は社会をより良くするための活動にも注力しており、新たな取り組みとして立ち上げたのが「カルガモプロジェクト」だ。

 カルガモプロジェクトの目的は、子ども連れのお客様も気兼ねなく楽しめる飲食店を増やすこと。

 カルガモ割は「お子さま連れでも気軽に外食を楽しめる社会をつくりたい」という一風堂の思いに賛同する人全員を対象としたキャンペーンで、特設サイトにある「カルガモプロジェクトに賛同します」という画像をレジで提示すると、選挙割(R)と同様に、ラーメン一杯につき「替玉一玉」もしくは「玉子一個」のいずれかを無料でサービスするという内容。

 「いい育児の日」の11月19日から12月4日までの16日間、国内の一風堂全店で実施した。キャンペーン期間中、特設サイト内「プロジェクトに賛同する」ボタンを押して賛同の意思を示した人数は累計46,487名となり、当初の予想を大きく上回る結果となった。

 カルガモプロジェクト発足のきっかけは、一風堂は20年以上前から、子ども連れの来店客に向けた様々なサービスを行っているが、あまり知られていないという課題があったからだという。力の源ホールディングス 執行役員の工藤正充氏は次のように話す。」

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 「お子様連れのお客様へのサービスは、『すべてのお客様にラーメンを一番おいしい状態で食べてほしい』という思いから、各店で自然に生まれたものです。たとえば、抱っこが必要な小さなお子様連れのお客様には、ラーメンを出すタイミングをずらすことを提案する『抱っこチェンジ』というサービスがあります。
 『お子さまラーメン』は、あえてどんぶりを温めずに提供したり、持ち込んだ離乳食の温め直しも必要に応じて行ったり。他にも、子ども向けの食器類はもちろん、麺を切るための『麺カッター』も用意しています。 ただ、お子様向けのサービスは必要に応じて臨機応変に提供していくことなので、全店共通のマニュアルもありません。私たちは当たり前のこととして取り組んでいましたが、お客様にご提供すると喜ばれ、驚かれることも多い。つまり、あまり知られていないということです。そこで、今回、あらためて世の中にどうやって伝えていくか、社内で検討を始めました」。

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 広報グループの小栗歩実氏は「『お子様連れのお客様向けのサービスがあることを、もっと発信してほしい』という要望は、店舗側からあがってきたものでした。私は数年間、店舗で働いた経験があるのですが、子どもが泣いてしまうと申し訳なさそうにするお客様がいらっしゃいました。お子様連れ大歓迎であることが、もっと伝わったらいいのにと思っていたので、プロジェクト化への実現には熱が入りました」と話す。

子ども連れとそれ以外の人たちを“賛同”でつなぐ

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 カルガモプロジェクト第1弾のキャンペーン「カルガモ割」の特長は、「子ども連れのお客様も気兼ねなく楽しめる飲食店を増やしたい」という一風堂の思いに“賛同した人全員”を対象に割引サービスを実施したことだ。小栗氏は「最も配慮したことは、子ども連れのお客様と、それ以外のお客様の対立や分断が起きないようにすることでした」と言う。

 朝日新聞社 総合プロデュース本部 コンテンツ事業部 ストラテジック・プロデューサーの田浦孝博氏は議論の過程を「子ども連れの来店客と、それ以外の来店客どちらも対象とするという大前提のもと、一風堂と朝日新聞社が連携して企画を練りました。着想の起点となったのが、朝日新聞社が報道の世界で経験してきたジャーナリスティックな視点でした。」と振り返った。

 今回のプロジェクトを企画した、元withnews編集長で現在サムライトの取締役、奥山晶二郎氏は、こう説明する。

「子育てをめぐる話題をメディアで発信すると、ポジティブな反応だけでなく、残念ながらネガティブな反応もあり、私はその両方を経験してきました。ただ、ネガティブな反応をする人の数が多くないことは、様々な調査からも明らかになっています。しかし、ネットの仕組み上、どうしても目立ってしまう。メディアが情報を発信すればするほど、子育てをしている方々にとって厳しい環境をつくってしまっているのではないかと、ジレンマを感じることもありました。それを避けるために必要なのが、子ども連れで一風堂に来店する人と子ども連れではない人たち、両者をつなげる『接点』をつくること。企業が主体となって『接点』つくることができたら、メディアよりも世の中に伝えられる可能性があると思いました」。

 参考にした企画が「WEラブ赤ちゃんプロジェクト/泣いてもいいよ!ステッカー」と「選挙割(R)」だという。エッセイストの紫原明子氏が提唱する「WEラブ赤ちゃんプロジェクト」は、赤ちゃんの泣き声を温かい気持ちで見守っている人たちを可視化する取り組みで、賛同者はスマホにステッカーを貼って表明する。

 「選挙割(R)」は、選挙をより身近なものにするための取り組みで、投票すると受け取れる「投票済証明書」を提示した人全員に、割引や特典などのサービスを行うというキャンペーン。一風堂は2016年7月から実施している。

 この二つの取り組みを参考に、カルガモ割は「一風堂の思いに共感した人」という接点で、子ども連れとそうでない人たちをつないでいる。そして、ネットでは目立ちにくい賛同者を「画面を見せる」という小さなアクションで可視化し、来店の促進にもつなげる割引施策を提案した。「ジャーナリズムの視点のみではなく、来店につなげてビジネスに還元していく目標をつくることで、机上の空論ではない、現実味のある発信になると考えました」(奥山氏)。

 「カルガモ割」というキャンペーンの名称が、企画の方向性や世界観の共有につながり、プロジェクト化の後押しになったという。「カルガモの親子が道を渡っていく様子を見ると、ほっこりしますよね。そして周りの人たちが道を譲ったり、ちょっとした優しいアクションがなされます。そんな風に、お子様連れで外食を楽しむ人たちの周りにも、優しさが広がっていったらいいですね、といった話から、じゃあ『カルガモ割」にしようか、と話が進んでいきました」(小栗氏)。

リスクをとっても伝えたい、その決断がブランドジャーナリズムの根幹

 一風堂の姿勢を伝え、賛同する人たちと一緒に子育てを応援する社会の醸成を目指す。メディアでは分断が起きやすいセンシティブなテーマだからこそ、ブランドジャーナリズムの手法をもとに、一風堂が主体となって自分たちの思いやメッセージを伝えている。新聞広告にブランドのメッセージを掲載し、withnewsで解説記事を配信。

 公式note、Twitterで一風堂の取り組みのストーリーや事実を発信している。小栗氏は「子ども連れのお客様も、それ以外のお客様も、みんなが同じように楽しめる場をつくることが私たちの思い。お子連れなら何でも許されるとか、子育ては大変といった誤解が生じないように、言葉の一つひとつ、何度も調整しました」。

 新聞広告は、余白をたっぷりととった圧迫感のないデザインで、一風堂からのメッセージを読みやすくした。カルガモの頭や吹き出しなど、ラーメンのどんぶりをモチーフにした丸柄が散りばめられており、明るくポップな印象だ。

20221119_karugamowaricp_ad 2022年11月19日付朝刊 15段カラー
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 「斜めの縦棒は箸に見立てた」という「カルガモ割」のロゴも遊び心があるデザインで目を引く。一風堂の真摯な姿勢を伝えつつ、割引サービスを行うキャンペーンのワクワク感も表現する。その二つを、絶妙なバランスで融合させている。

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 デザインを担当した朝日新聞社 総合プロデュース本部 営業推進部 アート・ディレクターの堀籠正樹氏は、「子ども連れだけに向けたメッセージに見えないように、『お子様連れも!そうでない方も!!』といったコピーを際立たせるなど、デザイン面でも配慮しました。子どもは外食をするとはしゃいで、テーブルの下から顔を出したりする。
 そんな楽しい外食のイメージを、カルガモのイラストでも表現しています。新聞広告とポスターのデザインなど、すべてトーンは合わせつつ、内容は異なります。ポスターはラーメンを食べに来店した人たちが見るものなので、新聞広告よりもメッセージは短めで、デザインもシンプルに仕上げました」と話す。

  工藤氏は「カルガモ割という名称や新聞広告、店頭用のポスターに掲載するコピーやデザインも、細部まで何度も見直しました」と振り返る。

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 最後に奥山氏は、ブランドジャーナリズムを取り入れた今回の施策について、次のように締めくくった。「この企画の提案を受け入れた上で実施を決め、さらに実践し続けることは、一風堂にとってリスクがあり、覚悟がいることです。それでも一風堂が決断したのは、自分たちのビジネスを通じて社会を良くしたいという思いがあるからこそ。本気だからメッセージが生活者に伝わり、共感を生むのだと思います。様々な反響があることを分かった上で、費用をかけ、広告でメッセージを発信する。その決断と姿勢は、報道の仕事をする人間にとって見習うべきことが多く、20年以上、記者、編集者として報道に携わってきた私自身も背筋が伸びます。ブランドジャーナリズムはまだ日本では生まれたての概念ですが、新聞広告との相性も良く、可能性のある手法だと思っています」