2020年12月29日の朝日新聞朝刊に、サイバーエージェント、パーソルホールディングス、オージー・ビーフ、JINS、ソーダストリーム、水ing(掲載面順)の広告が掲載される。この6社の広告は、朝日新聞社と6社が合同で実施した「新聞広告の日プロジェクト #広告しようぜ」の応募作品の中から選ばれたものだ。「#広告しようぜ」の企画を手掛けたThe Breakthrough Company GO の代表でクリエイティブディレクターの三浦崇宏氏と、賛同企業のサイバーエージェント 常務執行役員の内藤貴仁氏、パーソルホールディングス グループ経営戦略本部 広報室室長の大橋直子氏に、プロジェクトを企画した背景や賛同した理由、応募作品を見た感想などを聞いた。
2020年10月20日付 全国版朝刊 全15段1.1MB
応募の敷居を下げて生まれた、広告について考える時間
──「#広告しようぜ」は、10月20日の「新聞広告の日」に始動したプロジェクトです。三浦さんは2019年の「新聞広告の日プロジェクト 朝日新聞社×左ききのエレン Powered by JINS」に続き、2年連続で新聞広告の日の企画を手掛けました。今回の「#広告しようぜ」は、常識にとらわれず、新聞広告の新たな可能性を開拓することを目的としています。この企画はどのように考えられたのでしょうか。
三浦崇宏氏
(The Breakthrough Company GO)
三浦氏: 基本的に広告は、嫌われ者ですよね。だけど、僕は広告制作に13年携わっていますが、すごく面白いものだと思っているんです。広告の一番いいところは、一度に複数の立場の人を幸福にできるところ。例えば、ミネラルウオーターの広告を作って商品が売れたら、ミネラルウオーターの商品開発の人も、メーカーで働くたくさんの人たちもうれしい。ミネラルウオーターが優れた商品であれば、生活者もうれしい。広告が面白ければ、見た人の気持ちを明るくできるかもしれないし、当然、広告を制作する僕らも仕事がうまくいくことはうれしい。つまり、広告がうまくいくことで複数の人が幸せになれるんです。当事者としては、素晴らしい文化でもある広告はもっと愛されたら嬉しい、そのためにも面白い広告を増やしたい。そんなメッセージが伝わる広告を仕掛けられないか、色々考えました。
──特設サイトだけでなく、ツイッターのハッシュタグでも応募できるようにしたことで敷居が下がり、「アイデアを考えてみようかな」と思った人も多かったはずです。最終的には5,255通の応募がありました。
三浦氏: 新聞広告の日に「広告の面白さ」を体験してもらうには、面白い広告をプロが制作するという方法も、当然考えました。だけど、それよりも生活者の方々が自ら広告制作を体験するほうが、面白さを実感してもらえると思ったんです。広告の面白さの本質を知るには、自分で考えてみるのが一番早い。自分のアイデアが何百万もの読者がいる新聞に掲載されることは、誇りでもあり喜びでもある。それと同時に勇気がいることでもある。たまにネットで広告が炎上すると、様々な意見がSNSで飛び交いますよね。そんな時代だからこそ、広告について考える機会にもなればいいな、という思いもありました。
──今回、6社が賛同しました。賛同の理由についてお聞かせください。
内藤貴仁氏(サイバーエージェント)
内藤氏: 企画の話を聞いたとき、タイミングがいいと思いました。コロナ禍で広告の出稿量が減り、社会的にも広告しづらい雰囲気があったからです。広告会社自らこのタイミングでうまく広告できれば、インパクトもあるし、広告しづらいムードも変えられると思いました、そもそも、広告会社が新聞広告を出すことって、あまりないと思うんです。その意外性も面白いので、賛同することに決めました。
あと、もう一つ賛同した理由があります。それは、新しい事業になる可能性を感じたからです。僕らの仕事はインターネット広告が中心なので、日頃は効率を求めていきます。効率を求めていくと、成果を出すための表現になる。つまり、企業のスタンスや会社の好き嫌いといった「感情」を生み出すような企業広告は作っていないんです。
インターネット広告でまだできていない表現が、新聞広告では伝えやすい。だったら「#広告やろうぜ」のようにインターネット広告と新聞広告を掛け合せていけば、新規事業にも発展させられると思い、取り組むことにしました。
大橋氏: パーソルはテンプスタッフやdodaなどの⼈材サービスを基盤事業とし、M&Aを中心に拡大してきた企業グループで、グループとして一丸となって価値提供していくために4年前に新たなグループブランドとして立ち上げました。今年は新たな中長期経営戦略を発表し、企業コミュニケーションも加速させていく計画でした。しかし、新型コロナウイルスが流⾏したことで、予定していた大きなプロモーション広告などはペンディングという状況です。働き⽅が⼀気に変わり、つらい思いをされている⽅もいる。そんな中、働き⽅に関するポジティブなメッセージや、「はたらいて、笑おう。」というグループのビジョンは大々的には発信しにくいと思っていました。
ただ、ネガティブなムードを何かのタイミングで変えていきたいし、それはいつなんだろう、といった話を社内でしていました。そのタイミングで、三浦さんから声を掛けていただいたんです。年末に実施されるプロジェクトだったので、「今年⼀年、⾊々⼤変だったけど頑張ったよね」と、みんなで働くことを考えるタイミングとしては⾃然だし、受け⼊れてもらえるのではないかと考え、賛同を決めました。
──各社のテーマはどのように考えたのですか。
三浦氏: サイバーエージェントの内藤さんや、パーソルの大橋さんをはじめ、6社それぞれの会社で抱えている課題や伝えたいメッセージなどをヒアリングして、何案か僕らから提示しました。それを基に話し合いを重ね、決定しました。
──10月20日の朝日新聞朝刊に掲載した各社の全15段広告は、テーマのみに情報を絞ったシンプルで余白の多いビジュアルでした。
三浦氏: 今はちょっと損していたり、無駄に思えることを頑張っていたりするほうが、みんなが応援してくれる風潮があります。勇気や潔さに共感してくれるんです。今回、クライアントの方々は、そんな時代感覚を鋭敏につかんでくださっていたので実現できました。
「これこそが広告」ではなく「これも広告」
──応募作品は、どうやって選考されたのですか。
大橋直子氏(パーソルホールディングス)
三浦氏: 各社1,000通くらい応募があったので、GOの社内で10通前後に絞り込み、それを各社の方々に渡して選考していただきました。パーソルさんは、かなり時間をかけて選考していましたよね。
大橋氏: 本部のメンバーは30⼈ほどいるのですが、全員で選考しました。選考の基準は、お題に対して⾃分がいいと思うもの、そしてパ ーソルの企業広告としてふさわしいもの。ただ、意⾒はものすごく割れました。「はたらいて、笑おう。」と思える広告、というお題については、一人一人考えていることは違うんだと、あらためて実感する機会にもなりました。サイバーエージェントさんのように、⼀般の⽅が応募したことが感じられるような粗削りな広告もあって、かなり悩みました。
三浦氏: サイバーエージェントさんの応募作品は、特に完成度の高いものがそろっていましたね。クオリティーも高かった。
内藤氏: お題に対して真面目に応えてくださったものが多く、どれも素晴らしかった。ただ、僕らが伝えたいのは「広告って面白い」というメッセージ。企業の姿勢などを美しく言いたいわけじゃなかったので、遊び心のある作品を選びました。今回の広告では、お題に対する正解を提示したいわけじゃないんですよね。
大橋氏: たしかに、正解を選ぼうと思ったわけじゃないんですよね。コンペじゃないので、大賞を決めたわけでもないですし。新聞には掲載されなかったけど、選抜されたものが特設サイトで公開されているのも、このプロジェクトの良さだと思います。
三浦氏: どれも「広告はこんなことまでできる」と、可能性を示してくれるものでしたね。「これこそが広告」というよりは、「これも広告」というほうが、面白がってもらえるし、求められていると思います。そもそも「僕って遊び心あるんです」と自分で言っても、誰も信じないですよね。誰かひとりの幸福のために、決して安価ではない15段の新聞広告を提供する。ここまでやっちゃう懐の深さによって、サイバーエージェントがユーモアのある会社であることが、結果として伝わるんです。
──新聞広告を制作して何か可能性を感じたり、魅力に思ったりしたことはありますか。
内藤氏: 個人が広告を出したら、面白くなりそう。例えば、ネットショップをやっている個人の広告は、インターネット上にはたくさん掲載されています。それを新聞広告でやったら、どうなるか。人気ユーチューバーが、自分の広告枠を売る広告を新聞に出したら話題になりそうですよね。そういう時代が来るかもしれない。可能性はあると思います。
大橋氏: 新聞広告は掲載する日付を選べますよね。その一日だけのために作り、情報を伝える。その特別感は、魅力だと思います。
三浦氏: そうですね。社会の動きやニュース、記念日などに合わせて新聞広告を出すこともできる。伝えたいメッセージと日付を合わせて企画できるのは、新聞広告だからできることですね。
大橋氏: ブランディング広告は、削減されがちです。業績につながる結果が出せる広告に投資をしようとする。ただ、そればかりやっていると、企業の人格やアイデンティティーがぼやけてくるような気がします。さきほど内藤さんがお話しされていたように、新聞広告でのブランディングと、インターネットをうまく組み合わせることに可能性を感じています。
三浦氏: 目上の人に怒られたら、手紙を書いて謝ろうと思いますよね。それは、LINEのようなコミュニケーションが普通になったから、手紙の価値が高まった。つまり、近年、SNSやインターネットが強くなったから、あえて新聞を活用することでインパクトがでるんです。「あえて」というのが大事だと思う。
内藤氏: 僕らがまだやっていないのは、ブランディング広告。その相性は、テレビよりも新聞のほうが良さそうな気がしています。
三浦氏: インターネット広告をクリックした数や、ツイッターで拡散された数は数えられるけど、広告を見て考え込んだ人の数は、今のところ数えられない。「はたらいて、笑おうと思える広告」というパーソルさんの広告や、「広告って面白いと心から思える広告」というサイバーエージェントさんの広告を見たら、きっと何か考えると思うんです。考える時間はとても重要で、考えれば考えるほど相手のことを好きになるし、さらに考えるようにもなる。そんな企業やブランドについて考える時間や深さこそ、広告を制作する人や広告主が意識すべきテーマだと思います。