自社の強みを生かして社会的課題に向き合う

 地球規模でさまざまな問題を抱えている現在、社会において企業が果たすべき役割は変わりつつある。具体的に社会的な課題の解決に向き合う企業も増えており、その内容も時代とともに変容している。企業と社会、CSR等を専門とする早稲田大学の谷本寛治教授は「社会的課題の解決には、さまざまな機関や組織が協働する、『マルチ・ステークホルダー・プロセス』が不可欠」と強調する。

企業への期待が変わった

──企業のマーケティングや事業において、社会的な課題を解決するという視点での取り組みを、どう見ていますか。

谷本寛治氏 谷本寛治氏

 企業に期待される役割や責任は、世界的にこの10~20年の間に大きく変化し、社会的な課題への取り組みが求められるようになりました。

 かつて日本では、貧困や環境保全といった課題は政府が取り組むものという考え方が中心でした。欧米に比べて日本は遅れていると評されることもありますが、私は社会的背景の違いによるものだと考えています。元々アメリカでは中央政府が圧倒的に強い存在ではないため、企業や市民の社会的課題への当事者意識が高く、NPOも発達してきました。

 日本では2000年代半ばからCSRブームが起こり、今では主要企業の多くが担当部門を設け、レポートを発行しています。形から入った企業も多いでしょうが、この議論を通して、企業が自ら役割や責任を考えるようになってきたと思います。環境破壊をしない、コンプライアンス順守など、リスクを減らす視点だけでなく、企業の技術力や資源を利用してどう貢献するかというプラスの発想が出始めました。2000年代から最近にかけて、企業の意識が変わってきたことは大事なポイントです。

──企業の社会課題への向き合いは、従来の社会貢献活動とどう違ってきたのでしょうか。

 社会貢献活動というと、以前はボランティアや寄付といった活動がほとんどでした(図1)。この対極にあるのが、社会的事業です。今とても興味深いのは、これらの境界があいまいになっていることです。ビジネス活動を通して、社会的課題の解決につながる「ソーシャルイノベーション」とでも言うべき新しい取り組みが生まれています。

(図1)社会的課題への取り組み

(図1)社会的課題への取り組み

 これは従来型の社会貢献活動とは明らかに違いますし、コーズマーケティングという言葉でもくくりきれません。キーワードは、「サステナビリティー」です。企業の持続可能な経営は、もはや社会的課題に向き合わずには難しくなっている背景が、この境界での活動を促進しています。

 たとえば、食品や洗剤など多くの製品に使われるパーム油は、元となるヤシの木の森林伐採が世界的に問題になっています。メーカーが、森林保全を考えずに原材料の確保を続けていたら、やがて事業が行き詰まるのは自明です。原材料を安定的に確保して事業を展開することは、まさにビジネスど真ん中の話です。

※PDFへリンクします (図2)サラヤの新聞広告<br />2016年1月1日 朝刊別刷り(大阪本社版) (図2)サラヤの新聞広告
2016年1月1日 朝刊別刷り(大阪本社版)

 たとえば、洗浄剤などを開発・販売するサラヤでは、パーム油の主要生産地であるマレーシアのボルネオで現地NGOなどと協力して環境保全活動に努めています(図2)。併せて、対象商品の売上の1%を活動の運営費にあてています。また、同社は1950年代の日本で、自社製品を通じて手洗い習慣を根付かせた経験を生かし、現在ではアフリカなどの途上国で同様の活動を行っています。

 こういった取り組み方は、ユニリーバなどの企業にもみられ、持続可能な経営の根幹にかかわるという点ではビジネスであり、先の境界に位置する動きだと言えます。

複数の機関との協働が必須

──世界的に、今どのような課題が注目されているのでしょうか。

(図3)国連が策定する「SDGs」 (図3)国連が策定する「SDGs」

 昨年の秋、持続可能な開発のための目標として、国連で「SDGs(Sustainable Development Goals)」が策定されました(図3)。貧困問題を筆頭に、環境、ジェンダーなど17の項目が挙げられ、先進国と途上国が協力して2030年までに各目標を達成することを目指しています。

 ここでは、企業だからできる動きに大きな期待が寄せられています。ただ環境を破壊しない、児童の労働力を使わないというだけでは、問題そのものは解決しません。どの課題も単一機関では解決できないので、政府や国際機関、NGO、企業、大学など多様なステークホルダーが協働する、マルチ・ステークホルダー・プロセス(MSP)の重要性が増しています。協働による「オープンイノベーション」が求められているのです。

──企業が社会的課題の解決に取り組む際、どのような点に留意し、情報発信すべきだと考えますか。

 特に重要なのは、まず前述のMSPです。自社内でも広報やCSR、営業など部門横断の活動にする必要があります。また、現地政府やNGOなど立場や利害関係を超えた協働が不可欠です。同時に、極めて難しいそのコーディネーター役も求められています。

 そして、自社の強みを生かすことです。自社だからこそできる活動を探ることが、やがて将来の事業や継続性にもつながります。

 メディアの活用については、先の境界に位置する活動は、ビジネスでもあるので、結果的に自社製品の広告になってしかるべきだと思います。そうした活動を広告や自社ホームページなどを通して紹介することは、広く社会がその課題に向き合うという啓発につながるため、大切だと言えるでしょう。

谷本寛治(たにもと・かんじ)

早稲田大学商学学術院商学部教授

神戸大学大学院経営学研究科博士課程、経営学博士(神戸大学)。一橋大学大学院商学研究科教授などを経て、2012年より現職。企業と社会フォーラム(JFBS)会長。専門は、企業システム論、「企業と社会」論。