メディアへの批判力が高まるなか より信頼性と本質が問われる時代に

 未曽有の危機と言われるコロナ禍により、多くの人が不安を抱え、信頼できる情報を求めている。自粛生活は、人々のライフスタイルや意識に大きな影響を与えた。コロナ禍によって、生活者のメディア接触状況はどのように変化したのか。今後のライフスタイルや消費行動はどう変化していくのか。日本人のメディア利用やコミュニケーションに関する実証研究を行う、東京女子大学現代教養学部教授の橋元良明さんに伺った。※2020年6月5日取材

東京女子大学現代教養学部教授 橋元良明氏橋元良明氏

──コロナ禍によって、生活者のメディアへの接触状況がどのように変化したのか教えてください。

 自粛生活によって、対面コミュニケーションが減り、在宅時間が増えました。その結果、メディアの接触時間が増え、メディアへの依存度が高まっています。私どもが4月中旬に行った調査でも、テレビでニュース番組や情報番組、ネットやアプリでニュース記事を見る時間が大幅に増えています。

 昔はいち早く情報を入手する手段としてはテレビが常に1位でした。でも今は、10代から40代にかけてはネットが1位になっています。しかし今回のコロナ禍のような緊急事態には、ある程度信頼できる情報を全般的に得たいとの欲求が高まります。そのため国民全体にとっての一般的な関心事を扱う、基本的な情報源としてのテレビの価値が高まっています。実際、全ての世代においてテレビの視聴時間が増えました。今までテレビをまったく見なかった私の知人の若手研究者も、コロナ関連の情報を得るためにわざわざテレビを買いました。自分が関心をもつ個別の詳細情報や、特定の人の意見を知るうえではネットが有効です。ただ、現在日本で話題となっていることを満遍なく押さえるうえでは、ネットだけでは心許(こころもと)ないのでしょう。

──災害時や緊急時に、最低限知っておくべきことを手っ取り早く知るには、テレビが最適だということですね。

 はい。ただ現代の生活者は、マスメディアへの批判力も高まっています。視聴率を重視するテレビ番組は不安をあおる傾向があり、テレビに登場している専門家のコメントが必ずしも正しいとは限らない。そう考え、テレビの情報を鵜呑(うの)みにせず、自分なりにネットや新聞、書籍などで調べたり、検証したりする。そのように多様なメディアの特性を理解したうえで、情報の信頼性を見極めようとする人も増えてきています。

──人命や組織の存亡に関わる危機が、より信頼できる情報を求める動機となり、リテラシー向上につながっている面もあるのではないでしょうか。

 そうですね。そういった意味では、メディアそのものの信頼性もますます重要になっています。さまざまな批判はあるものの、国民のマジョリティーを対象にしたテレビの情報は、今でも多くの人がネットの情報より信頼しています。また速報性ではテレビやネットに劣るものの、記者という報道のプロが取材し、丁寧に裏付けをとった記事が、詳細なデータや専門家の意見とともに掲載されている新聞に対する信頼度は、今も非常に高いものがあります。新聞を購読せず、情報収集はもっぱらネットで行う若者も、ネットで見た記事の発信元が新聞社であれば、まずは信頼できると考えます。

(朝日新聞社メディアビジネス局 2020年4月21日-6月5日「新型コロナウイルス環境下での朝日読者の行動・意識調査」より)

 外出自粛期間中、時間をかけて新聞を隅から隅まで読む人も増えたようです。私自身もこれまで以上に、新聞をじっくり読むようになりました。コロナ関連の情報だけでも、政治、経済、医療、働き方、健康、暮らしといった様々な角度からの情報を一覧的、総覧的に入手できる新聞のメリットを痛感しました。断片的な情報が錯綜(さくそう)する危機や変化のときこそ、総合情報メディアとしての新聞の価値は高まります。

──今後の生活者のライフスタイルや消費行動の変化については、どのように見ていますか。

 在宅勤務をとりいれる企業が増え、そのためのIT機器や部屋の備品を買い揃えた人は多いと思います。ネット通販や出前アプリ、キャッシュレスの利用も広がりました。家で余暇を過ごす時間が長くなったため、ネットフリックスやAmazonプライムなどオンデマンドの動画配信サービスを視聴する人も増えました。

 これまで利用を躊躇(ちゅうちょ)していた最新のデジタルサービスを実際に使ってみたところ、思っていたより簡単で、便利なことに気がついた。そんな話もよく聞きます。このようなかたちで、コロナ禍によって始まった新たなライフタイルは、終息後もある程度は定着していくのではないでしょうか。

 また私どもの調査では、「将来について考える時間が増えた」「仕事以外の時間や活動が大事だと強く思うようになった」という人が増えています。外出自粛期間中に、自分の生き方や価値観、ワークライフバランスを見つめなおした人も多いようです。普段なかなかできない家の整理を行い、自分が今までいかに無駄な買い物をしていたかに気づいた人もいるでしょう。

(東京女子大学・橋元良明とその研究グループ 2020年4月15日-4月17日「新型コロナウイルス感染症とメディア利用に関する調査」より)

 その結果、今後は本当に自分にとって必要なものを、慎重に検討して購入する消費者が増える可能性があります。見栄えを意識した消費や、周囲が買っているから買う、広告を見て衝動的に何かを買う、といったことは少なくなるかもしれません。景気の停滞もあり、消費行動はより堅実に、本質志向になっていくのではないでしょうか。

──マーケティングや広告コミュニケーションも、そのような変化に合わせていく必要がありますね。

 今の変化が今後、どれだけ定着するかはあらためてきちんと調査をする必要があります。ただいずれにしろ、今後の企業コミュニケーションや広告活動は、商品やサービスの本質的な価値を丁寧に伝え、生活者の生き方や価値観に真摯(しんし) にアプローチすることが、ますます重要になってくると考えています。

 そういった意味では、ものごとの本質をじっくり考えるのに適した新聞の役割には、大いに期待しています。記事においても、広告においても、生活者が真の意味で自分の人生を豊かにするうえで有益な情報発信を、これまで以上にお願いしたいですね。

橋元良明(はしもと・よしあき)

東京女子大学 現代教養学部教授

東京大学大学院社会学研究科修士課程修了。東京大学情報学環教授を経て、2020年4月から現職。情報社会心理学、コミュニケーション論を専攻。情報行動の変遷と社会への影響、メディア利用が青少年らに及ぼす影響等について研究を進めている。主な著書に『メディア・コミュニケーション学』『ネオデジタルネイティブの誕生』(共著)、『メディアと日本人―変わりゆく日常』。