コロナ時代の「パーパス経営」 訪れた「新しい現実」にチャンスの芽がある

 2020年3月までネスレ日本のCEOとして、様々なイノベーションを起こしてきた高岡浩三氏。現在はDXの推進やスタートアップに対する「イノベーションの目利き」の伝承に奔走しているという。そんな高岡氏に、コロナ禍の日本企業がもう一度イノベーションを起こす方法について聞いた。

高岡浩三氏高岡浩三氏

――なぜこれほど「パーパス経営」が重要になってきたのでしょう。

 「パーパス経営」とは、企業が自社の存在意義や価値観を社会に示し、戦略的にサステナビリティ活動を行っていくことです。社会には、貧困問題を始めとした数多の社会問題が山積しています。このとき、企業が株価を上げることや収益の最大化だけに終始していてはステークホルダーからの合意を得られない時代になってしまいました。CSV(Creating Shared Value)の考え方を取り入れ、社会問題を解決する姿勢を示さなければ、企業活動に共感してもらうことができなくなっています。

 以前私がCEOを勤めていたネスレでも、「生活の質を高め、さらに健康な未来づくりに貢献します」というパーパスに基づく企業活動を行っていました。同社は世界で最もコーヒー豆を買い付けている会社です。その一方で生産者から直接豆を買い付け、生産量と所得を上げるアドバイスもしていました。農地と生産者を守る活動も率先して行っていたのです。

 ネスレがそうした経営手法を取っていたのは、ヨーロッパ企業であるという背景もありました。ヨーロッパでは石油が産出されませんし、自社のビジネスに不可欠なコーヒー豆などの資源を調達することもできません。この危機感が、グローバル経営や世界で存在意義を認められる、社会貢献を主体とした経営手法で生き残る戦略へと駆り立てたのです。

――コロナ禍において、こうした『パーパス経営』のあり方や、日本企業の方向性にはどのような変化がありましたか。

 日本企業は、相変わらず遅れているように思います。コロナ禍のような一大事には、これまでとは全く違う「新しい現実」が訪れます。バブル崩壊もその一つです。バブル後の30年に訪れたのは、これからの日本は少子高齢化する一方だという「新しい現実」です。この現実は、老老介護などの「新しい問題」を生み出しました。新しい現実は、解決すべき新しい問題を連れてきます。この現象を私は「変化」と呼んでいます。「新しい問題」の解決策を考えれば、ビジネスチャンスはたくさん潜んでいるはずです。

 例えばネスレでは、バブル後に訪れた「新しい問題」を、「ネスカフェ」のコーヒーマシンで解決し、稼ぎ方を変えました。このコーヒーマシンは、カプセルを入れてボタンを押すだけで1杯分ずつコーヒーを抽出することができます。また、職場向けには、コーヒーマシンの利用料を0円とし、使うコーヒーカプセルを毎月定期便で購入してもらう「ネスカフェアンバサダー」というサブスクリプションモデルを考えました。共働き家族が増え、家族でドリップコーヒーを飲む習慣がなくなる一方で、1~2人世帯が急増し、全国の世帯数は1980年の約3600万世帯から、2020年には約5700万世帯へと大幅に増えています。そこで、「家族でコーヒーを飲まなくなった」「職場でコーヒーを飲む人が増えた」という現実からビジネスを生み出したのです。

 また、アパレル業界では、流行(はや)りに合わせて服を買い換えるのはコストもかかるしサステナブルではないという「新しい問題」をとらえ、ほんの数年で不用品売買サービスが大きく成長しました。

 リモートワークとテクノロジーの活用が進んだコロナ禍で浮き彫りになったのは、ホワイトカラーが余っているという「新しい現実」です。それに伴い生まれる「新しい問題」を前に各企業はどのように稼ぎ方を変えるのか。そこに、これからの10年を決めるイノベーションのヒントがあるのではないでしょうか。

ポストに投函(とうかん)するだけで出品できる「非対面・非接触」の不用品売買サービスも登場。
消費者の「新しい問題」を逃さずとらえる。
(2020年11月4日 朝日新聞デジタル「メルカリ、郵便ポストから発送OK 専用の箱で梱包」)

――日本の大企業が「解決すべき新しい問題」に気づき、イノベーションを起こすことはできるとお考えですか。

 残念ながら、日本の大企業からイノベーションを生むことは難しいと思います。経営者の年齢層が軒並み高く、本質的な危機感を実感していないからです。また、これまで本気でグローバルに業容を拡大し世界進出しなくても、国内市場を見ていればある程度ビジネスを安定させることができたからです。

 近年、大企業から事業開発やオープンイノベーションの動きが多数生まれているものの、事業化に結びついたり、ビジネスとして大きくヒットしたりした例を見たことがありません。アントレプレナーシップを持って「顧客が諦めている問題」について真剣に考え、「イノベーションの目利き」をしていないからです。

――「イノベーションの目利き」ができるようになるためには何をすればよいでしょうか。

 目の前の顧客が当たり前だと思って諦めている問題は何か考え、発見するトレーニングを繰り返すことです。私の場合、ちょっとした習慣でしかないのですが、毎日電車の中づり広告の見出しを見て、どのような顧客がどのような問題を抱えているのか、自分ならどう対処するかといった視点から考える癖をつけるようにしていました。

 30歳で当時最年少部長としてスイスのネスレ本社に勤務した際、ダイバーシティの渦に放り込まれたことも「顧客の諦めている問題」を考えるきっかけになりました。本社の経営陣は日本のことをまったく知らないため「なぜ日本は新卒一括採用なのか」といったプリミティブな質問をしてきます。私たちが「当たり前だ」と諦めていたことを、見逃さずに聞いてくる。それに答え続けることで、当たり前を疑い「顧客が諦めている問題」を発見する「イノベーションの目利き」ができるようになったように思います。

 よく考えてみればシリコンバレーの成功者は移民が多く、中国の成功者にも華僑が多いですよね。グローバルで揉もまれ、常識を疑い続けた人たちがイノベーションを生んでいる。日本というドメスティックな環境だけで働いている人には、日本の当たり前を疑うイノベーションは起こせないでしょう。

――そうした中で、これから「新聞」というメディアはどのような役割を担うべきだと思いますか。

高岡浩三氏

 100年以上という歴史を持つからこそ、「信頼感」を醸成し、「考えさせる」機能を担っているのではないかと思っています。

 この10年で新聞の販売部数は大きく減り、その一方でスマートフォンが急成長しました。駅の待ち時間や電車内での情報収集の手段、言ってみれば「暇つぶし」が、新聞からスマートフォンへと変わったのです。情報の早さ、手軽さではスマホにはかないません。だからこそ新聞や新聞広告は「消費者が諦めている問題」をどう解決できるのか、考えるヒントや材料を提供するメディアであってほしいですね。

 広告という側面からいうと、「このメディアが紹介しているから、この商品は信用できるはずだ」という“お墨付き感”を与えてくれることも新聞広告の重要な役割の一つと思います。テレビの情報番組でも「この番組で紹介されたら必ず話題になる、ヒットする」という番組がありますよね。そんな消費者からの厚い信頼が得られるメディアという特性を、より打ち出すとよいように思います。

 メディアとして、保存性や俯瞰(ふかん)性の高さはもちろんですが、検索やレコメンドとは違う新たな興味・関心に出合える「デバイス」としての機能を期待しています。コロナ禍を受けて、消費者は「いまの社会はこのままでいいのか」と考える機会が多くなっているように思います。そうした消費者の思いを受けとめ、読者に「考えさせる」機能が、新聞には切実に求められているのではないでしょうか。

高岡浩三(たかおか・こうぞう)

ケイ アンド カンパニー株式会社 代表取締役

1983年神戸大学経営学部卒。同年ネスレ日本株式会社入社(営業本部東京支店)。各種ブランドマネジャー等を経て、ネスレコンフェクショナリー株式会社マーケティング本部長として「キットカット」受験キャンペーンを成功させる。2005年、ネスレコンフェクショナリー株式会社代表取締役社長に就任、2010年、ネスレ日本株式会社代表取締役副社長飲料事業本部長として新しいネスカフェ・ビジネスモデルを提案・構築。同年11月、ネスレ日本株式会社代表取締役社長兼CEOに就任。2014年日本マーケティング大賞受賞。2020年3月同社CEOを退任。同12月株式会社サイバーエージェント社外取締役就任。