「タコ足打法」で新領域を広げていく。ブランドに寄与する話題を持続させていく。

 2020年度のクリエイター・オブ・ザ・イヤーを受賞された電通のクリエイティブディレクター 眞鍋亮平氏。大塚製薬「ポカリスエット」やアシックスの広告を手掛け、各メディアの特性を活かした企画が反響を呼んでいます。多様化するメディアを掛け合わせて最適な形で話題化させるだけでなく、話題を持続させるために必要なこととは。お話をうかがいました。

一過性のキャンペーンではなく、ファンとつながり続けるコンテンツをつくる

――大塚製薬「ポカリスエット」の今年の新しいキャンペーン「でも君が見えた」篇は、中島セナさん演じるヒロインが、友人の元へ逆風が吹く中、波打つ廊下を駆け抜けていくというストーリーで、オリジナルのCMソングと映画のようなスケール感のある美術セット、幻想的な演出がオンエア前からSNSで話題となりました。

 私は6年前からデジタル領域のクリエイティブディレクターとして、ポカリスエットの広告制作に参加しています。はじめた当初の課題は、若年層との接点が不足していたこと。そこで若年層の参加を意識した「ポカリガチダンス選手権」や「ポカリNEO合唱」など、春と夏に展開するマス広告と連携する形で、PRとデジタルを立体的に掛け合わせるコミュニケーションを企画してきました。
 今年は、正親篤さんをリーダーとするCMチームとディレクターの柳沢翔さんが手がけた春のテレビCMのクオリティが圧倒的だったので。公開前から期待値を高め、CMの枠を超えて話題が継続していくように、情報発信の内容やタイミングなどをできるだけ緻密に設計していくのが僕らデジタルチームのミッションでした。まず、テレビCMは、映像関係者に向けたオンライン試写会を開催し、映画パンフレットのような8ページのニュースリリースを制作。テレビCMで試写会を開催すること自体珍しいこともあり、試写を観た方々は「今回のポカリのCMはすごい!」とSNSで発信してくれました。
 音楽を担当した「A_o(エーオ-)」は、謎のアーティストとしてあえて素性を隠したまま情報を発信したところ、予想以上の盛り上がりに。テレビCM公開後にYouTubeで生ライブを配信し、「A_o(エーオ-)」がBiSHのアイナ・ジ・エンドさんとROTH BART BARONの三船雅也さんによるユニットであることを明かしてさらに注目を集め、様々なメディアや音源配信サイトで取り上げられたり、中高生をはじめ若きクリエイターやアーティストの方々が楽曲を用いた様々なUGC動画を公開してくれるなど、大きな話題になりました。『ミュージックステーション』からも依頼があって出演することができ、番組内でCMも紹介されました。継続的なコミュニケーションのために、中高生がTikTokで参加できる楽曲カバー施策や、新進気鋭のアーティストによるリミックス音源も公開しました。音楽施策をここまで分厚くできたのは、多くのアーティストのミュージックビデオを制作してきた鈴木健太くんが新たにチームに加わってくれたことが大きかったです。

――クライアントにとって、マスとデジタルを掛け合わせて情報発信するメリットは。

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眞鍋氏

 いまはマス広告のキャンペーンが盛り上がって一時的に話題になっても、継続的に売り上げを伸ばしたり、ブランド力を高めたりすることにつながりにくい。ブランドとして成長していくためには、中長期的に取り組めるコンテンツをつくり、ファンのニーズに応えながら接点を持ち続けることが必要だと思っています。具体的には、ローンチ後、ユーザーのリアクションを見ながら、デジタル上のコミュニケーションの軌道修正をしたり、新たなコンテンツを制作したりしていきます。
 その実行には、クライアントと私たち制作者側が一体となって、臨機応変に、スピーディーに対応していく必要があります。
 しかし、通常、広告の予算は年間で決まっており、途中で新しいコンテンツを追加するなど計画内容を変えるのは難しい。私はこれまでクライアントさんたちと、デジタルと掛け合わせるメリットを取り組みながら実証していくことを心がけてきました。ポカリスエットの場合は、2016年に実施したMixChannel(現:ミクチャ)を活用した施策で、デジタルとマスの掛け合わせに手応えを感じることができたことが大きかったと思います。

――広告を一つのコンテンツとして中長期的に展開していくためには、クライアントに深く関与し続ける必要がありそうです。

 腰を据えて取り組むためには、クライアントとの信頼関係を築くことは重要です。そのためにも、キャンペーンを新しくするたびに競合プレゼンでクリエイティブディレクターを変えるという考え方も、見直す必要があるのではないかと思っています。

――デジタルとマスを掛け合わせた施策を決めるとき、何を基準にジャッジしているのですか。

 それぞれのメディアごとのしきたりや空気感を理解することが大事だと考えています。自分でもいちユーザーとして日々投稿するなどして、まずは楽しんでみることが重要です。日々、さまざまなSNSをチェックしたり投稿したりするためにかなり時間を費やしています。
 「自分だったら本当にやるかな」「こんなご褒美があるならやるかも」「この人がお手本として発信していたら、マネしたくなるかも」など、若い人たちの感覚を憑依させて必死で考えています。SNSごとに異なるトーン&マナーや、目まぐるしく移り変わっていく流行り廃りを肌感覚でつかんでいない人が企画しても、うまくいかないという恐怖感があります。

SNSで話題の新聞広告には型がある、突き抜けたクリエイティブで差異化

――眞鍋さんはご自身のTwitterで、新聞とデジタルの掛け合わせについて、分析されていました。特に注目されている型や考え方などあれば、教えてください。

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 数あるソーシャルメディアの中でも新聞広告とTwitterの相性は、ずば抜けていい。新聞広告はタイムライン映えするし、静止画でシェアしやすいからです。日頃、Twitterのタイムライン上で話題になっている新聞広告の特徴を抽象化してみたら、いくつかの型があることが分かりました。たとえば「複数日にまたぐ型」。年末年始をまたいで掲載したり、十数年前の新聞広告と同じテーマで掲載して定点観測する広告など、ニュースメディアである新聞だからできることだと思います。
 似たスタイルの広告が続いてある一定の型ができてくると、これまで以上に独自のメッセージや、いかに突き抜けたクリエイティブを盛り込めるかが勝負になってきます。例えば、エリアごとに登場キャラクターを変えて、各地域版の新聞広告をコレクションしたくなる「ファンと祝う型」の広告は年々増えています。その型を単に焼き直すだけだと、「このパターン以前にもあったよね」と盛り上がりに欠けてしまう可能性があるので、その中でどんな新しいことにチャレンジできるかの勝負になります。

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――SNSでの拡散は意識して企画すべきなのでしょうか。

 広告の目的と役割、表現を一致させることが大事だと思います。新聞の読者だけに伝えたい、という目的ならそこに集中したクリエイティブを考える。もし、新聞読者だけでなく、日頃は新聞を読まない人たちにもSNSを通じてメッセージを届けたいなら、余計な要素をそぎ落として、シェアされやすいように、タイムライン映えするクリエイティブに特化した方がいいかもしれない。意識すべきは最初に広告を拡散してくれるキーとなる人たち。「このメッセージであれば、この層の方々が拡散してくれる」と想定して、コピーやクリエイティブを検討する必要があると思います。

――クリエイティブで気を付けるべきことは何でしょうか。

 新聞広告をスマホのTwitterのタイムラインで見たとき、どう見えるか。SNSでのシェアを狙うなら、その検証は必須。新聞広告がTwitterで拡散されるとき、文字の大きなキャッチコピーだけ一人歩きしてしまう可能性も。
 スマホの小さな画面だと、新聞広告のボディーコピーをじっくり読んでもらうことは難しいことが多い。挑発的なメッセージを込めたキャッチコピーだけでは本来の意図が伝わらず、賛否両論を巻き起こし、炎上してしまったケースもあります。

――最近、眞鍋さんの目を引いた新聞広告があれば教えてください。

20210601_morinagamilk_ad 2021年6月1日付 全国版朝刊
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 お笑い芸人のコロコロチキチキペッパーズのナダルさんを起用した、森永「ピノ ピスタチオ」の新聞広告は秀逸でした。この新聞広告は、要素がそぎ落されていますが、ツッコミどころがたくさんある。SNSでの話題化を逆算して制作したのだと思います。
 SNSで話題となった要因は、「他コンテンツの文脈を、新聞に持ち込んだ」からです。ナダルさんが「白目を剥いてお笑い芸人のピスタチオさんのモノマネをしている文脈」を新聞に持ち込むことで、「本家のピスタチオじゃなくてナダルが起用されている!」「本家を出してあげて!」といったツッコミをいれたくなる心理をうまく突いています。
 さらに、ナダルさんより先輩芸人であるピスタチオさんが自分たちのYouTubeで、この新聞広告を紹介していました。新聞広告とデジタルを本気で掛け合わせると、こんな面白いこともできる証明になったと思います。

――近年、新聞広告で各企業が社会的なメッセージを発信しており、年々、数は増えています。その傾向は続くと思われますか。

 SDGsへの関心も高まっており、社会的な課題と真摯に向き合っていない企業は、徐々に事業が成り立たなくなっていくはず。この傾向は続くと思います。ただ、今後は自分たちの意志や目指すことだけではなく、ブランドのアクションも一緒に発信していく必要があると思います。意思表明するだけでなく、本業でどう実践しているか。メッセージとアクションを一緒に発信していくことが重要です。
 その意味で大王製紙の大人用紙オムツ「アテント」の取り組みはお手本になると思います。ブランドメッセージを発信すると同時に、そこで集まった反響に応えた製品づくりをプロセスも含め公開しているところが素晴らしいと思います。

2020年8月4日付 全国版朝刊
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2020年8月22日付 全国版朝刊
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――最後に、若手ビジネスパーソンにメッセージをお願いします。

 社会もビジネスも変化を続けるーそんな時代だからこそ、一つのスキルだけでなく複数のスキルをあわせ持つ「タコ足打法」で生きていくことをおすすめします。自分なりの軸を持ちながら、カバーする範囲を少しずつ他領域へ越境して広げていくこと。ただ、いきなり、タコ足打法を目指すと、どれも中途半端になってしまう恐れがあるので、まずは一つ習得に時間がかかるスキルを極め、軸を持つのが大事だとも思います。もし、11分ほどお時間があれば、この動画も観ていただけると嬉しいです。

不確実性が高い時代のキャリア論。新領域を開拓する『タコ足打法』

眞鍋亮平(まなべ・りょうへい)

電通 クリエイティブディレクター


中長期で展開する耐用年数の長いブランドアドを得意とする。学校や番組づくり、商業施設の空間・体験設計など、広告クリエイティブの拡張にも手腕を発揮。主な仕事は、YouTube「好きなことで、生きていく」、ポカリスエット「ポカリガチダンス選手権」「ポカリNEO合唱」、ONE OK ROCK×Honda「#10969GVP」、ニューズピックス 「NewsPicks NewSchool」 など。