マーケティング4.0は、フィリップ・コトラー教授がマーケティング3.0の次なる段階として新たに提唱した「自己実現欲求(Self-Actualization)の充足」を目指すマーケティングである。日本では、2014年9月に開催された「ワールドマーケティングサミットジャパン2014」においてコトラー自身によって発表された。
自己実現欲求とは、「マズローの欲求5段階説」の最上位にある欲求である。マズローの基本的欲求は、低次から高次の順に、
(1)食欲や睡眠など「生理的」欲求、
(2)身の安全を守りたいなど「安全と保障」の欲求、
(3)家族や他者と親しくなりたいなど「愛・集団帰属」の欲求、
(4)他者から尊敬や承認を受けたいという「自尊心・他者による尊厳」の欲求、
そして(5)自分に最も適する達成すべき活動を見つめ自己の可能性を実現したいとする「自己実現」の欲求という5段階からなっている。(注1)
コトラーは、これからの企業は、消費者の人としての自我、自立から、さらに一歩進めて「人間としてなりたいものを追求する」「自分が何者かをはっきりと示せるようになりたい」という個々人の「自己実現欲求」にフォーカスしていくべきであるとインタビューで答えている(注2)。
具体的なビジネス展開においては、自己実現者は自己啓発にもっと投資をしたいと思っているとした上で、自己の存在や強い願望のより深い部分に接触するために宗教を勉強したり、あるいは、隠れた可能性や強い願望を引き出すために自叙伝を書いたりするかもしれないと指摘している。必ずしも、直接、自己啓発に対応する製品やサービスではなくとも、自社の製品やサービスを消費者にとって自己実現や成長につながるようにカスタマイズしたり、リ・ポジショニングしたりすることを検討すべきであるということだ。
さて、コトラーがヘルマワン・カルタジャヤ、イワン・セティアワンとともにマーケティング3.0(注3)を発表したのが2011年である。製品の機能的価値を提案する製品中心のマーケティングが「マーケティング1.0」、機能的価値に加えて感情的価値を提案する消費者志向のマーケティングが「マーケティング2.0」、そして製品の機能的価値、感情的価値に加えて、企業としてのビジョンなど精神的価値を提案し、世界をより良い場所にすることを目的としたマーケティングが「マーケティング3.0」であるが、「マーケティング4.0」は、講演での発表とはいえ、わずかその3年後に次なる段階として提唱されたことになる。
一方で、同年11月にメルボルンで開催されたWorld Marketing and Sales Forum においては、コトラー自身が現在の焦点(the current focus.)はマーケティング3.0であり、マーケティング4.0は、先のアイデア(a distant future idea)であるとも述べている(注4)。
コトラーはもしかしたら講演する国や地域によって、説明の仕方をカスタマイズしているかもしれないが、すべての製品やサービスでマーケティング3.0さらにはマーケティング4.0が必要かといえば、必ずしもそうではないと考える。もし、自社製品の「機能」に革新性があり、十分に競争優位であるならば、マーケティング1.0の採用を検討するべきであろう。
マーケティング1.0~4.0のいずれを採用するかは、当該製品やサービスの市場における状況、消費者のニーズ・ウォンツのレベルに応じて、決定すればよいのではないだろうか。結論は、マーケティング4.0についてより詳細な内容が示されてからとしたいが、今回、またコトラーによって、新たな(興味深い)コンセプト、検討材料が提示されたことだけは間違いない。
(注1)Goble, F. G.(1971),The Third Force: The Psychology of Abraham Maslow, New York:Pocket Books(小口忠彦監訳(1972)『マズローの心理学』産業能率大学出版部)から引用。
(注2)「コトラーの提言 ビジネスを「自己実現」にフォーカスせよ」、『Forbes JAPAN』2014年12月号,p.30-33,プレジデント社
(注3)Kotler, P., H. Kartajaya and I. Setiawan(2010), Marketing 3.0: From Products to Customers to the Human Spirit, John Wiley & Sons(恩藏直人監訳、藤井清美訳(2010)『コトラーのマーケティング3.0』朝日新聞出版)
(注4)Herbison, Michelle. "Professor Philip Kotler’s utopian vision for the future of business".MARKETING.2014-11-13.(2015年5月9日アクセス)
アサツーディ・ケイ ストラテジック・プランニング本部 360ソリューション・デザイナー/商材開発室長/ADK SOCiAL DESiGNiNG 所長
1989年旭通信社(現ADK)入社。新聞局などを経て2006年第2クロスメディア局長。13年から現職。日本広告学会理事など。SPIKES ASIA 2011 メディア部門銅賞受賞。『R3コミュニケーション』(共著)など。