「デジノグラフィ」

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デジタル上のビッグデータをエスノグラフィ(行動観察)の視点で分析することで、隠れた欲求を発見する生活者分析手法である。活用できるデータとしてSNS投稿など生活者の生の声や、Web履歴などの行動データがある。

 デジタル空間上には、生活者の生の声や行動に関するデータが無数に溢れている。 近年、そのようなデータを解析することで、隠された生活者の意識や行動実態を明らかにしようとする試みが増加している。解析主体はデータホルダー各社だけでなく、広告会社などマーケティングに関わる企業、大学などの研究機関、あるいは住民データを保有する行政機関と様々である。

 このような取り組みは、分析者が用意した質問票に回答するアンケートに比べ、実際の生活の中で自然に発生した発言や行動を解析するという点でエスノグラフィ型のアプローチと捉えることができる。デジタルなエスノグラフィ、つまり「デジノグラフィ」である。

 エスノグラフィは集団や社会の行動様式をフィールドワークによって調査・記録する文化人類学、社会学の手法だが、近年は商品開発やマーケティングにも欠かせない手法として注目されている。デジノグラフィはそのデジタルデータ版であり、今後IoTなどの技術普及により、生活者の日常の行動が更にデータとして可視化されることを踏まえると、今後飛躍的な発展が期待できる。

 博報堂生活総合研究所でもデータホルダー各社との共同研究としてデジノグラフィを活用した生活者研究を進めており、今回は2つの例を紹介したい。

 一例目は株式会社オウケイウェイヴと共同で行った、Q&Aサイト「OKWAVE」に投稿された恋の悩み5万件の分析である。「恋愛」カテゴリーに投稿された質問から、20代、40代、60代それぞれの男女が年代ごとにどのような恋の悩みを抱えているのかを解析した。

 例えば20代で男女それぞれに特徴的な頻出ワード上位を見てみると、女性の方が「酔う」など酒にまつわる悩みが男性に比べ多い、という意外な実態が明らかとなった。

(博報堂生活総合研究所作成)

 一方、男性にのみ出現するワードでは「チャンス」や「イケメン」が上位となっている。実際の悩みの内容を見ると、男性は恋愛で逃してしまったチャンスの機会損失感をいつまでも引きずる傾向があること、恋愛がうまくいかない理由を自分の外見に求める傾向が女性に比べ強いことが明らかになった。これらの赤裸々な意識は、匿名性が担保されているネット空間だからこそ表出したものであると言えよう。

 二例目はスマートニュース株式会社と共同で行った、ニュースアプリ「SmartNews」上の記事閲覧行動分析である。様々な観点での解析を行ったが、女性ユーザーの一歳刻みの年代別に、美容領域のPV上位20記事を分析したのが下記のグラフである。

 30代後半から、年齢が上がるほど「ショート(ヘア)」を含む記事がランクインしており、40代後半、特に47歳くらいから一気に関心が高まっていることが分かる。ショートヘア以外にも、40代になると髪に関する記事全体が(30代までは上位だったコスメなどについての記事を抑えて)上位に増えてくる傾向もあり、年齢に伴う美容領域での関心の変化を明確に示す結果となった。

 デジノグラフィは膨大な生声、行動データを解析することで、フィールドワーク主体の従来のエスノグラフィでは難しかった定量的な分析を行えることも大きなメリットである。一方で、膨大なデータを新しい視点で解析し、生活者のインサイトを発見するには、分析者の仮説力や洞察力、「見立てる力」が非常に重要となる。その意味でもマーケターにとって非常にやりがいのある領域であり、当社でも引き続き、研究を進めていく予定である。

酒井 崇匡(さかい・たかまさ)
酒井 崇匡氏

博報堂生活総合研究所 上席研究員

2005年博報堂入社。マーケティングプラナーとして諸分野でのブランディング、商品開発、コミュニケーションプラニングに従事。
2012年より博報堂生活総合研究所に所属し、日本およびアジア圏における生活者のライフスタイル、価値観変化を研究。
専門分野はバイタルデータや遺伝情報など生体情報の可視化が生活者に与える変化の研究。
著書に『自分のデータは自分で使う マイビッグデータの衝撃』(星海社新書)。