2014年度 第63回 朝日広告賞「一般公募の部」のグランプリは、KADOKAWAの課題「角川文庫」を制作したアートディレクターの時田侑季さんが受賞した。時田さんは、クリエーティブ会社のImaginarium(イマジナリウム)を経営し、企業ブランディングのプランニングやデザインワークを行っている。
「スタッフは私ひとりの小さな会社で、取引先も小さな会社がほとんどです。外部スタッフと連携しながら、広告全般のコンセプトメーキング、紙媒体やウェブコンテンツの制作、企業CIの開発などを行っています。必要な時は、私が記事やコピーを書くこともあります」。
朝日広告賞への応募は初めて。コンペへの応募自体も初めてだったという。今回応募に至ったのは、5年前に一目ぼれし、パソコンに保存しておいた写真を「新聞広告なら生かせるかも」と思ったからだそうだ。
「フォトグラファーの友人が日常的に彼女の祖母の写真を記録していて、見せてもらった中に今回使った写真がありました。一見様子のおかしなそのたたずまいのただならぬ生命力というか、逆に破壊力というか、形容しがたい不思議な魅力に興奮し、『何かはわからないけれど、とにかく何かに使わせてほしい』とお願いしたんです」
友人が撮った写真は、日常を切り取ったスナップ写真もあれば、演出したものもあった。時田さんが引きつけられたのは、友人が実家の裏にある物置の前に祖母を立たせて撮影した写真だ。
「写真を見た時、漠然とはしていましたが、私の中には、伝えたいメッセージ、作りたいメッセージが確かにありました。しかし、通常の仕事においてはそれを形にできそうな案件も依頼もなく、月日が過ぎていきました。そんなある日、朝日広告賞の募集告知をネット上で見つけて、『新聞広告なら面白い』と直感しました。新聞のザラッとした質感にあの写真が載ったら面白いと思ったのです。実はそう思ったのは昨年でしたが、目の前の仕事に忙殺される中で締め切りが過ぎてしまい、『今年こそ』と思っていました。今年も日々の仕事が忙しく、応募をあきらめかけたのですが、締め切り直前に何か虫の知らせのようなものがあって、制作に取りかかりました」
おばあさんは、目に見える世界と目に見えない世界をつなぐ媒介
作品の制作にかけられる時間は、正味半日しかなかった。課題をざっと見渡し、角川文庫に決めた。
「出版の世界は、児童文学、純文学、SF、歴史、趣味・実用、ゴシップなど、扱うテーマが幅広く、そのぶん自由に遊べるのではないかと考えました。数ある出版社の中からKADOKAWAを選んだのは、『革新的なことに取り組む会社』というイメージがあったからです。被写体はおばあさんでも、高齢者を意識したメッセージにするつもりはなく、むしろあの写真には本質的でトガッたメッセージを届ける力があると感じていたので、KADOKAWAがふさわしいと思いました」
クライアントから依頼を受け、課題解決のための道筋を考え、アウトプットに至るという通常の仕事の流れとは異なるアプローチだったと、時田さんは振り返る。「目に見えるものだけが、世界のすべてではない。」というコピーは、時田さんが考えた。課題をKADOKAWAに決めた時、このコピーが自然に「降ってきた」そうだ。
「作品に込めた思いの一つは、『既成概念や常識を疑え』ということ。人は、自分の物差しで測れるものがすべてだと思いがちですが、実際は物差しで測れないことのほうが多く、それを知るための最強のツールが本である、というメッセージです。もう一つは、『目に見えない世界がある』ということ。パワースポットブームに象徴される、人知を超えた世界への関心の高まりが昨今あって、非言語の領域を扱ったビジネス書などが売れています。そうしたことの価値を伝えたいと考えました。KADOKAWAの課題と出合ったことで、おばあさんの存在が、目に見える世界と目に見えない世界をつなぐ媒介というか、アイコンというか、そういうものになったような気がします」
固定的なイメージを打ち出さず、受け手の想像力に委ねた
審査会では、「実際に新聞広告として掲載されたら、読者はどう理解するだろうか。難解すぎないか」という意見もあった。新聞広告で展開されることをどのように想定していたのだろう。
「固定的なイメージを打ち出さず、受け手の想像力に委ねたいと思っていました」
半日間という短い制作時間ではあったが、立ち止まって悩んだこともあったという。
「実は、気になる写真がもう1点ありました。おばあさんの手にホースはなく、ただじっと斜め上を見据えている写真で、まさに見えない世界を感じさせるようなたたずまいでした。最後まで迷いましたが、ビジュアル的に強いと感じたほうを選びました。また、もう一つ悩んだのは、空の色です。晴れた空色にしたら映えるのではないかと一瞬考えましたが、曇天のほうがコピーが伝わりやすいと思い、そうしました」
受賞の連絡を受けた時、「腰を抜かしそうだった」と時田さんは笑う。
「応募後に初めて、どうやら若手クリエーターの登竜門らしいと知って、若い時期をとうに過ぎた自分などが参加してしまって大丈夫だったのだろうかと恐縮していたところ、グランプリをいただくことになり、びっくり仰天しました。自分の無精者気質を考えると、受賞したことと同じくらい、応募までたどり着けたことが奇跡のようでしたが、今思えば、メッセージを伝えるための場を5年間ずっと探していたような気がします」
作品の被写体となった友人の祖母は、1年半前に89歳で亡くなったそうだ。写真を提供した時田さんの友人は、受賞の報告を受けて「あの写真が?」と驚き、「亡くなったおばあちゃんが浮かばれる」と返事をくれたという。
最後に、今後の抱負について、時田さんにたずねた。
「今回のクリエーティブワークは、何の制約も受けず、作りたいものを100%出し切ったものでした。それを評価していただけたのは何よりの収穫。というのも、以前、感性のかたまりみたいな経営者の方と一緒に仕事をした時に、感性を信じる仕事っていいな、もっとそういう仕事を増やしていきたいなと実感したことがあったんです。受賞を糧に、自分の感性を信じて新しいステージを目指していきたいと思います」
Imaginarium(イマジナリウム) 代表取締役・アートディレクター
フリーランスのデザイナーとして活動後、2008年株式会社Imaginarium(イマジナリウム)を設立。 代表取締役・アートディレクター・デザイナー。