「海外の視点で日本マーケットを見る」

 フィリップスは今年、日本に進出して61年目を迎える。フィリップス エレクトロニクス ジャパンのダニー・リスバーグ氏に、外資系企業が日本で事業を行う上で重視すべき点や、マーケティングのポイントを聞いた。

日本で成功しなければ、世界をリードする会社にはなれない

ダニー・リスバーグ氏 ダニー・リスバーグ氏

――日本に参入し今日に至るまでの経緯を教えてください。

 フィリップスは日本に進出して今年で61年目を迎えますが、本社主導の吸収合併や他社との連携を通じ、少しずつリ・インベント(発明の繰り返し)やリ・イノベーション(イノベーションの繰り返し)を重ねてきました。その歴史をたどると、まさにフィリップスの企業文化が見えてきます。次世代を見据えながら、ステップ・バイ・ステップでビジネスを構築していくのが当社の方針です。

 まず1952年にオランダ本社が松下電器産業(現パナソニック)と技術提携を行い、両者の共同出資により照明製品やエレクトロニクス部品の製造及び販売を行う合弁会社 松下電子工業を設立しました。そしてその翌年、松下電子工業の100%出資会社として誕生したのが、日本電子開発、すなわち現在のフィリップス エレクトロニクス ジャパンの起源となった会社です。この日本電子開発がフィリップス製品の日本への輸入販売を開始し、フィリップスの日本でのビジネスがスタートしました。

 61年の間にさまざまなターニングポイントがありましたが、その中でも日本に特に関わりがあるのが、ソニーと共同開発して1982年に発表したコンパクトディスク(CD)です。また、あまり知られていませんが、1963年に発売したコンパクトオーディオカセット、いわゆる「カセットテープ」もフィリップスが世界で初めて開発したものです。90年代後半から2000年代にかけては医療分野に力を入れ、装置の開発に加えM&Aでビジネスポートフォリオを拡大し、2001年の米国アジレント・テクノロジー社の医療機器部門、2008年の米国レスピロニクス社の買収に伴い、日本でも従業員が倍増しました。昨年の13年からは、ノンフライヤーや美容家電など、女性向けコンシューマー製品にも進出。現在はヘルスケア、ライティング、家電を扱うコンシューマーライフスタイルの3分野に注力しています。

――他の国と比べて、日本市場や消費者の特徴は。

 とにかく「細かい」ということ。日本人の「細かさ」は、製品そのものの品質はもちろんのこと、カラーバリエーションの豊富さやパッケージの開けやすさにまで及びます。
例えばフィリップスのシェーバーの中には、日本の消費者調査に基づいて開発した、日本でしか売っていないカラーバリエーションがあります。また、他国のユーザーはパッケージが開けにくかったとしても、製品さえしっかりしていればそんなことは気にしません。それに比べると日本人はかなり細かい。しかしこの「細かさ」に対応しなければ、日本人には買ってもらうことはできたとしても、満足してもらうことはできません。言い換えれば、日本の消費者を満足させる製品を作れば、世界中の人々を満足させることができるのです。したがって、新製品を導入する前に日本人に意見を求めたり、日本で製品テストを行ったりすることがあります。高品質な製品が求められる日本市場での成功が、グローバルでの成功につながるからです。

――グローバル市場の中で、日本はどのような位置づけですか

 非常に重要なマーケットと位置づけられています。いまや日本で成功しなければ、世界をリードする会社にはなれません。日本人の求める品質に対応できれば、その製品は世界中どの国でも売れる製品になります。コンシューマー製品でも、医療機器でも、日本のユーザーの使い方やニーズを見ていると勉強になることばかりです。彼らの行動や要望が、次の製品の開発につながり、他マーケットに持って行ける事例はたくさんあります。特に日本は世界で一番高齢化が進んでいますが、医療分野であるビジネスモデルを構築できれば、それをそのまま他マーケットへ持っていって成功することができると思います。

 フィリップスはグローバルを17マーケットに分けており、中でも日本は独立したマーケットとして、非常に重要視されています。市場規模を考えても、売り上げを立てる上で徹底的に取り組まねばならないポジションにあります。また、顧客のためのイノベーションを推進するというのは全社で共有されている企業理念ですが、そのためにも日本では、消費者ニーズをつかみ、開発段階で早めにその情報をグローバルにフィードバックすることが極めて重要です。

日本人のニーズにワンステップ近づくことが大切

――日本でビジネスを進めるにあたり、特に意識している点は。

 すでにマーケットがあるところに製品を投入すること、マーケットニーズの理解に時間をかけることです。
最初から日本人の細かいニーズに対応する製品を開発するのでは、膨大な時間とコストがかかってしまいます。そこで製品ラインアップはそのままに、日本の消費者ニーズを入念にリサーチし、受け入れられるための戦略を十分に練って発売します。

2013年12月4日付 朝刊 2013年12月4日付 朝刊

 例えば、昨年発売した油を使わず揚げ物が簡単にできる「ノンフライヤー」は、グローバルで販売していた製品を日本向けにアレンジしました。1年以上かけて日本の消費者に合うレシピや使い方を徹底的にリサーチし、開発したのです。和食のイメージは海外では「すし」ですが、実際に日本の主婦が家庭ですしを握ることはほとんどないですよね(笑)。でも海外ではそんなことはわかりません。

 「ノンフライヤー」のネーミングも、海外では「エアフライヤー」ですが、「ノンアルコール、ノンオイル」といった言葉が消費者に響く日本では「ノンフライヤー」と名前を変えて発売。「健康・安全・楽しい」ということを訴求して、大ヒットとなりました。このように、日本人のニーズや好みにワンステップ近づくことが大切です。

――本社と日本支社間で、どのように意思決定を行っていますか。

 PBS(フィリップス・ビジネス・システム)というプロセスがグローバル全社で共有されており、それを最大限に活用しています。

 BMC(ビジネス・マーケット・コンビネーション)と名付けていますが、ビジネスで成功するには経営の要請とマーケットのニーズを満たす両面が重要です。各国マーケットの責任者が常にコミュニケーションをとりながら、それぞれの目標を決め、責任の所在を明確にします。ここで大切なのは、マーケットのニーズに近いところで意思決定をできるようにすることです。経営側の意思決定や製品開発のプロセスで各国同様にこのシステムが採用されていますが、顧客ニーズはそれぞれ違うからです。だから、様々なレベルでコミュニケーションをとりながら、無駄を省き、不必要に時間やコストをかけない効率的なマネジメントを目指しています。

 例えば、各事業、各製品の担当者がいます。その担当者同士が、担当製品や担当事業の顧客ニーズを共有し、「この製品を改良してほしい」「この国ではこう使われている」など、本社に要望を伝えるなどします。こうした仕組みは基礎研究分野でも同様で、豆乳ブームの中国で発売された「豆乳メーカー」の技術を、フランスでは「スープメーカー」として応用してヒットにつなげたこともあります。

 社内でも信頼関係があれば、議論も前向きになります。早い段階の小さい失敗であれば、議論してカバーすることも可能です。プライドを持って、1,700人のフィリップス ジャパンの社員とともに、楽しく仕事を続けたいと思います。

ダニー・リスバーグ

フィリップス エレクトロニクス ジャパン 代表取締役社長/フィリップス・レスピロニクス 職務執行者社長

1999年レスピロニクス(現Philips Respironics)に入社。アジア太平洋部門セールス兼マーケティング副社長、国際部門副社長兼CEOなどの要職を歴任。2005年にフジ・レスピロニクスの社長兼CEOに就任。09年5月よりフィリップス エレクトロニクス ジャパン ヘルスケア事業部執行役員兼COOを務め、10年1月より現職。社団法人日本画像医療システム工業会(JIRA)理事、欧州ビジネス協会(EBC)会長を兼務。