ピーター・ドラッカーの著書を数多く刊行しているダイヤモンド社が、昨年12月に「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」を出版。発売直後から話題を呼び、7月21日現在100万部、電子書籍版は4万5千部を売り上げている。書籍編集局第三編集部電子書籍チームの加藤貞顕氏、営業局宣伝部部長の比留間英之氏に聞いた。
小説化のきっかけはブログの記事
――刊行のきっかけは。
加藤氏 ネット上でたまたま著者の岩崎夏海氏のブログ記事を見つけ、「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら……」という書き出しで始まる岩崎氏の見解に興味を持ったのがきっかけです。それはちょうど当社で、ドラッカー生誕100周年のキャンペーンを展開し始めた時期でした。社内のドラッカー本の担当編集者にブログ記事を見せたところ「ドラッカーの理解が深い。大変面白い」との反応を得て、岩崎氏に書籍化を提案しました。
――売り上げ好調の背景をどのように分析していますか。
加藤氏 刊行の半年ほど前から、ユニクロの柳井正社長がテレビでドラッカーを好きだと発言されたり、糸井重里氏が自身のウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」でドラッカーについて語られたりと、著名人を中心にドラッカー評が相次ぎ、社会的な関心が高まっていたことがあります。日本の企業経営や政治に「マネジメント」という意識が求められていると感じる人が増えていたのではないでしょうか。また、ドラッカーの言葉にはどこか人を励ますあたたかさがあり、不況で元気のない時代に受け入れられやすかったのかなという気もします。
――編集面で工夫したことは。
加藤氏 ドラッカー本というと、これまでは企業経営者に支持される傾向にありましたが、同書は、本の帯に「家庭、学校、会社、NPO… 人が集まっているすべての組織に役立つ本」とあるように、万人にわかりやすい内容なので、思いきって表紙を「萌(も)え系」のイラストにし、ビジネス書の売り場に並べたときの違和感をねらいました。マニアックになりすぎず、一般の人に受け入れられる表現ができるイラストレーターさんに依頼。主人公「みなみ」をはじめとする登場人物の、髪形、表情、体形、制服のデザインまで綿密にキャラクター設定しました。表紙の背景イラストは、漫画『攻殻機動隊』のアニメを担当した制作会社に発注するなど、クオリティーにかなりこだわりました。
また、同書はゲラの段階でドラッカー学会代表の上田惇生氏に目を通していただきました。帯に「上田惇生氏推薦」との一文を入れ、内容の信頼性の高さをきっちりと伝えるようにしました。
略称「もしドラ」をツイッターで発信し対話を促進
――マーケティング戦略のポイントは。
加藤氏 新聞広告を中心とした宣伝活動はふつうのビジネス書と同様ですが、発行前からツイッターでの情報発信も行っていました。書名が長いので、編集部や営業現場で使っていた「もしドラ」という「公式略称」も発信し、対話促進に努めました。ツイッターには発売直後から「表紙にびっくり!」「書名に驚いた」「ほんとにダイヤモンド社の本?」といったコメントが続々と寄せられました。ただ、ツイッター上の盛り上がりは新しいネタがなければ半日程度でおさまってしまうので、編集部や宣伝部の人間でマメにフォローをし、公式ウェブサイトにリンクを張ったり、新聞広告の感想を募ったり、書店店頭やユーチューブで流している公式PVに誘導したりと、火に薪をくべるように情報を提供し続けました。そして、こうした活動を通して得られた読者の声を、次の広告活動にフィードバックしていきました。
読者の声にアンテナを張るねらいはもう一つあります。新聞やテレビなどメディアから取材依頼があったときに、それらを事例として積極的に紹介することです。先日は、英国の「The Economist」の取材を受け、雑誌で「もしドラ」をほめてくださったメガネ販売店「Zoff」のセールスマネージャーの方に登場をお願いしました。今年2月頃から売り上げがさらにグンと伸びたのは、メディアの影響がかなり大きかったですね。
――新聞広告に期待した役割とは。
比留間氏 ネット上のクチコミの広がりがヒットの要因の一つであることは間違いありませんが、これらはすぐに通り過ぎてしまう情報です。新聞広告は手元に残るので、同書に限らず切り抜いて書店員に「この本ください」という読者はたくさんいます。同書に限って言えば、ドラッカー本の読者と新聞読者の親和性も念頭にありました。また、書店の棚に並んだときと同じような「違和感」を、新聞紙面でも打ち出せたのではないかと思います。
――主な購買層は。
加藤氏 当初はビジネス書の読者層、20~30代男性が中心でしたが、青春感動物語としての認知が高まるにつれ女性にも読者層が広がり、現在は男性55%、女性45%という比率です。また、全体の16%が50代以上の男性で、以前からドラッカー本を愛読していた人、昔読んで途中で挫折した人、気になっていてずっと手にしていなかった人などにも支持されています。登場人物と同じように野球部でマネージャーをしている女子高生や、高野連の方からも感想が届いています。なお、「もしドラ」を買った人は、3人に1人の勢いで本家ドラッカーの「マネジメント・エッセンシャル版」も購入しており、ほかのドラッカー本も売り上げを伸ばしています。
4月には「iPhone」向けの、7月には「iPad」向けの電子書籍版も発売。現在までに4万部を販売しています。
――あらためて、ヒットの要因についてご意見を聞かせてください。
比留間氏 「ツッコミどころ」の多さ、感動できるストーリー展開、家庭、会社、地域社会など自分の状況に置き換えて読める身近さ、心に響くドラッカーの教えなど、いろんな魅力が絡み合ってヒットにつながったのではないかと思います。
――今後の取り組み、展望は。
加藤氏 都心部での反響はかなり手ごたえを感じているので、今後は地方の宣伝活動に力を入れていくつもりです。また、夏休みの期間に読書感想文を募るキャンペーンを展開し、「高校生の部」「大学生の部」を設けるなど、若い読者のさらなる取り込みもはかっていきたいと考えています。英語、中国語の翻訳版も検討しており、新たな市場の開拓に貪欲(どんよく)に取り組んでいきたいですね。