酢が苦手な人にも受けた「ツンとこない」次世代型の酢

 「ツンとこない」という酢の常識をくつがえした「やさしいお酢」は、酢が苦手な人にも受けてヒットした。ミツカン家庭用ドライビジネスユニット製品企画部製品企画1課課長の石垣浩司氏と、ミツカングループ本社コーポレートコミュニケーション部宣伝チームの川端文子氏に、商品誕生の経緯やヒットの要因について聞いた。


「酢は取りたいけど……」と
二の足を踏んでいた層がターゲット

川端文子氏(左)、石垣浩司氏(右) 川端文子氏(左)、石垣浩司氏(右)

――「やさしいお酢」が生まれた経緯を聞かせてください。

 日本の食文化には「さしすせそ」と呼ばれる砂糖、塩、酢、しょうゆ、みその基本調味料があります。これらの調味料は、外食が増えたり、昔のように手間をかけて料理する人が減ったりしていることで、年々その使用量が減少してきています。特に酢は、ちょっとさじ加減を間違ってしまうと味が劇的に変わってしまう性質があるため、「お酢が苦手」「使いこなすのが難しい」と、若い人ほど使わなくなっている傾向があります。

 では、どんな酢なら使ってもらえるのか。それを考えるにあたり、あえて「酢のいやなところ」を調べてみることにしました。すると「ツンとしたにおいが嫌い」「使いづらい」「すし酢など専用のものはその料理には使うが、作る頻度が少ない」などが挙がりました。これらの点を解消すれば、酢が苦手だったり使わなかったりする消費者にも訴求できるはず。そこで「ツンとした酸味を抑えた穏やかな味」「いろいろな料理に使える汎用性がある」「使い勝手がいい」をコンセプトに、「次世代型の酢」として開発を進めることになったのです。

――開発にあたって一番苦労したことは。

 どういう酢なら受け入れられるかというのは大体わかったのですが、それを実現するのはかなり難しいことでした。味を完成形までしっかりとつけてしまうと使いやすい半面、専用品になってしまい、汎用性がなくなる。かといって味をつけなければ今までの酢と変わらない。では、どれぐらい味をつけたらいいのか、使う人が調味する余地をどれぐらい残すのか……。酢の代表的料理である酢の物は、人それぞれにイメージする味や酢の濃さが異なりますし、地域によっても違います。味をあまりつけなくても、つけすぎても、これまで避けられてきた理由と同じで、「使いにくい」と感じてしまう人が出てしまう。なるべく多くの人に使いやすいと感じてもらえるギリギリの味を見つけるのに非常に苦労しました。開発チームでは100を超えるサンプルを作り、「これならいけるんじゃないか」と思えるレシピで一般の消費者のグループインタビューなどを行いました。最終的な味が決まったのは、本当に発売ギリギリだったのです。

 もうひとつ、名前がなかなか決まりませんでした。商品の特徴が、原材料でも用途でもない。いろいろな候補があったのですが、購入する人がイメージする味と一番近かったのが「やさしいお酢」だったのです。また「やさしい」は、ツンとしないやさしい味わい、という感じる方と、使い勝手がやさしいと感じる方とがいた。どちらも私たちがねらっていたことです。実はほかの候補で社内的には決まっていたのですが、宣伝や営業から「これでは伝わらない」と反対意見が出まして……。このため「やさしいお酢」に決まったのは、発売直前でした。結果としては伝えたいことがきちんと伝わる名前に着地しましたが、こんなに名前が決まらない商品は珍しかったですね。

――ヒットの要因をどう見ていますか。

 今回のターゲットは、「週に1回程度しか酢を使わない人」に設定しました。この層はマーケット全体で約3割。料理の幅は広がるし健康にもいいからお酢を使いたいと思っているけれど、ツンとしているから、使いにくいから週1回程度しか使えていない、という層です。売り上げの結果を見ると、まさにねらったターゲット層に使ってもらえたと認識しています。今まで使用頻度の低かった人たちに酢の間口を広げることができたのではと思います。

 そして、このヒットの影響で「一度使ってみよう」と、これまでも酢を使ってきたヘビーユーザーも使ってくれるようになってきました。自分は酢が好きだけど夫や子どもが苦手だから使えなかったという主婦層からは、「この商品で作ると食べてくれる」と支持してもらっています。

 また、デザインにもこだわり、食卓に置いても違和感のないパッケージにしました。そのねらいどおり、台所だけでなく卓上で使っていただくという広がりが出てきています。私たちが意図した通りに受け入れられただけでなく、さらに、予想していなかった広がりも出てきている。それが今回のヒットにつながったのでは、と見ています。


訴求ポイントとメディアの特性を整理
メディアを連携し店頭につなげる

――コミュニケーション戦略について聞かせてください。

 「この1本で味が決まる」「いろいろな料理に使える」「ツンとこない味わいなので料理のレパートリーが広がる」というたくさんあるこの商品の特徴を、どのようにアピールすれば効果的なコミュニケーションができるのか。それを整理するところから始めました。さらに、どのようなメッセージが消費者に響くのかを調査してみると、「ツンとこなくて使いやすく、酢の苦手な人でもおいしく食べられる」が最も多く、「かけるだけで酢のものができる」「ほのかに味がついている」「料理のレパートリーが広がる」がそれに次ぐことがわかりました。さらにその上で、どのメッセージをどの媒体にのせたらいいのかを整理したのです。

 結果、メーンメッセージはテレビCMで、新聞ではCMで興味を持ってくれた人にメーンメッセージに加え、商品の特性をしっかりと説明する形で展開しました。また、今回は料理投稿サイトの「クックパッド」と連携して「やさしいお酢」を使ったレシピを募集する料理コンテストを開催し、その受賞レシピを載せた折り込み広告を新聞広告の翌週に配布しています。この受賞レシピは店頭配布用としても展開し、新聞広告をボードにしたものやCMに起用した鈴木おさむ、大島美幸夫妻のポスターなど、すべてのメディアを連動させ、店頭までの流れを作りました。

2009年4月11日 朝刊 2009年4月11日 朝刊

 通常、商品の訴求ポイントが決まった時点でそのポイントをいかに表現するか、というところから宣伝の仕事は始まるのですが、今回は、そもそも訴求ポイントを何にするのかを探ることから始まりました。一歩前からかかわり、コミュニケーション全体を連動させることができたことがヒットにも結び付けられたのではととらえています。

――今後の展開、課題は。

 先ほど触れたように、ねらったところだけでなく、私たちが想像していたこと以上に違う新たな広がりが出てきています。これまで酢は調理者が使う調味料で、夫や子どもなど食べる人にはなじみがなかった。卓上に置いて自分で味にアクセントを加えるといった使い方が広がれば、酢のイメージも変わるかもしれません。また、これまでは酢を使わなかった料理に活用していくなど、様々な情報発信をしながら、酢をもっと身近に日常的に使ってもらえるように努めていきたいと考えています。