同日朝刊9面を使って、「EOS Kiss」の新機種を訴求

 キヤノンの一眼レフカメラ「EOS Kiss」シリーズは、同社にとって「特別な存在」だという。その理由は、フィルムの一眼レフカメラとして発売された1993年にまでさかのぼる歴史にある。

一眼レフカメラ市場を激変させた特別な存在「親子の愛」を描き続ける

キヤノンマーケティングジャパン 岡野宏氏 岡野 宏氏

 1993年当時、一眼レフカメラを購入するのは、圧倒的に男性が多かった。それも、プロか、機械好きのマニアや写真撮影を趣味にしているセミプロのような人が中心。女性については、わずか1~2%にすぎなかったという。そんな中で、「EOS Kiss」は「母親が子どもを撮る」をコンセプトに打ち出し登場した。型番ではない「 Kiss」という親しみやすいネーミングにしたことも大きな話題となって、単独商品として一眼レフカメラのシェア1位を獲得する。

 「生まれながらにして1位で登場したEOS Kissは、ずっとトップであり続けなければならない――。弊社にとってEOS Kissは、そんな思い入れの強い商品なのです」と、キヤノンマーケティングジャパンのコミュニケーション本部宣伝制作部部長、岡野 宏氏。その思いは実を結び、2004年をのぞき、これまでずっと単独機種シェアNo.1を走り続けてきた。

 「毎年、購入者調査をしていますが、約5割がEOS Kissを『家族の記録』という目的で購入し、使っている人の多くがお母さんだという結果が出ています。こうした結果を裏付けるように、女性使用者の割合も現在は4割にまで上がっています」(岡野氏)

 商品への強い思い入れは、広告コミュニケーションにも表れている。93年の発売以来、様々な形でコンセプトである「親子の愛」を表現してきた。そして09年、「EOS Kiss X3」発売の際には、「子どもをかわいいと思うのは人間だけではないのでは?」という発想から、ライオンや犬など、動物の親が自分の子どもを撮影するという「普遍の愛」シリーズを、テレビCMや新聞広告で展開した。

 今年2月には、新商品「EOS Kiss X4」の発売に伴い、広告も一新。「時空を超えて広がる親子の愛」をテーマに、歴史上の偉人、モンスター、原始人・現代人・未来のロボットが、自分の子どものかわいい姿を撮るという、全9パターンのシリーズ広告に乗り出した。

 発売日に合わせた新聞広告を検討していたとき、「せっかく9パターンあるのだから、5段広告を9面で展開できないか、とアイデアが出た」と岡野氏。「そういったスペース展開は可能かと打診したところ、できるかもしれない、と。そして、朝日新聞で実現できることになったのです」

 まさにX4発売の2月26日、朝日新聞朝刊を9パターンの広告が飾った。「業界関係の知り合いから、『見ました』『すごいですね』といった連絡が、その日のうちに何件も飛び込んできた。正直、思った以上の反応でした」と岡野氏は驚きを隠さない。紙面を見た読者からは「ポスターはないか?」「すべての親子が一堂に見られるものは?」といった問い合わせも寄せられた。

 「同じ日に同じ商品の広告が連続掲載されると、おそらく2ページ目くらいまでは『あ、同じ商品の広告だ』という感じでしょうが、3ページ目あたりから『あれ?』と、戻ってめくってみたりすると思うのです。そして仕掛けに気づき、おもしろいと感じる。実際、『楽しみながらめくりました』『子どもと一緒に見ました』という声も届きました」(岡野氏)

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2010年2月26日付朝刊 全5段×9本

メディアの新しい形や使い方からこれからのコミュニケーションを模索したい

2010年4月24日付朝刊 全15段 2010年4月24日付朝刊 全15段

 反響はそのまま売り上げにも反映され、「EOS Kiss X4」の売り上げは発売直後から順調に推移している。また、併売の同X3の売り上げも伸び始める、といううれしい相乗効果もあった。

 量販店からの評判も上々。「『クレオパトラのEOSをください』という指名買いをされたお客さまもいたそうです」と、岡野氏は笑顔を見せる。「実際の売り上げに結びついたことと、EOS Kissのブランディングにも効果があったこと、両方の手ごたえを感じています」

 同社は、これまでも変形広告など、新聞広告の新しい形態を積極的に活用してきた。しかし「おもしろい広告の形だから使う」のではない。「あくまでも、どんなコミュニケーションを展開したいかという企画があって、それをどのメディアのどんなスペースを使えば具現化できるか、という視点で考えます」と岡野氏は力を込める。その姿勢は今後も変わらないとしながらも、「EOS Kissのコミュニケーションは、17年余り手を替え品を替え、苦しみながら考えてきた。まさに産みの苦しみです」と吐露する。

 また、キヤノンというブランドに関する調査では、40代以上で圧倒的な認知度を誇るのに比べ、若年層の数値がやや低くなるという。「若い人とのコミュニケーションを考える時、ウェブやイベントを中心に展開するという発想に傾くことがありますが、新聞広告も使い方次第で十分にこの層をとらえることができると思います」と岡野氏。最後にこう結んだ。

 「もしかしたら、メディアの新しい形や新しい使い方から、当社が感じている『壁』をブレークスルーするような新しい企画が生まれる可能性はある。新聞を起点に発想されたクロスメディアなど、メディア側から提案するコミュニケーションの手法に、今後期待していきたいと思います」