2017年4月、東京・銀座に開業する商業施設「GINZA SIX」内に「銀座 蔦屋書店」が誕生する。蔦屋書店を運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)は、2016年10月27日付朝日新聞朝刊に、銀座 蔦屋書店の求人の全面広告を掲載した。原稿は非常にシンプルなクリエーティブで、ブランド広告のような体裁だ。求人広告でありながら、「銀座 蔦屋書店」のコンセプトを大々的に伝えている。その狙いについて、この新店舗プロジェクトを担当するCCCデザインカンパニー 蔦屋書店事業本部の松尾祥平氏に聞いた。
余計な装飾はせず、コンセプトを力強く伝える
蔦屋書店は、本を通じてライフスタイルの提案を行っている書店だ。ファッションやアート、料理、建築など、さまざまなジャンルに精通した「コンシェルジュ」と呼ばれるスタッフが常駐し、選書はもちろん、フェアやイベントの企画なども手掛けている。蔦屋書店各店のコンセプトは、出店する街の環境に合わせて少しずつ異なる。2017年4月にGINZA SIX内にオープンする銀座 蔦屋書店のコンセプトについて、松尾氏は次のように説明する。
「銀座 蔦屋書店は、『アートのあるライフスタイルの提案』をコンセプトとしています。銀座は、芸術の街として発展してきた歴史があり、今も映画館やギャラリーが多い。近隣には歌舞伎座や東京宝塚劇場もあり、GINZA SIXには観世能楽堂も入ります。そんな銀座の特性に合わせて店舗のコンセプトを考えました」
イメージは、アートを楽しむ人やアーティストが集い、議論交わすようなサロン。そこには、世界のアートや、日本文化、江戸の粋が感じられるアートの書籍が並ぶ——そんな場を目指しているという。そして、質の高いサービスや体験を提供するために欠かせないのが、コンシェルジュとして働く人材だ。
GINZA SIXの情報解禁日の翌日、銀座 蔦屋書店のオープニングスタッフを募集する、求人の全面広告を掲載した。求人広告ではあるが、一見するとブランド広告のような体裁だ。横書きの文章で銀座 蔦屋書店のコンセプトを表現し、応募条件などの情報は下部に小さくまとめている。その余白をたっぷりとったデザインは、シンプルながらも目を引く。松尾氏はこの狙いについて、「蔦屋書店は、ただ本を売るだけの店ではありません。ブランド広告のような体裁にしたのは、カルチュア・コンビニエンス・クラブが企画会社であることを理解してもらい、銀座 蔦屋書店のコンセプトにも共感してくれる方に、応募していただきたかったためです。そんな私たちからのメッセージが確実に届けられるように、余計な装飾はせず、力強さを感じるデザインを採用しました」と話す。
コンシェルジュは、これまで書店員の経験がなくても応募が可能。その代わり、例えば、アートが大好きで休みのたびにギャラリー巡りをしているとか、料理を作ることが得意だとか、何かしら精通したジャンルがあることが条件だ。その知識や経験を生かして、「ライフスタイルの提案をしてみたい」という人を求めている。また、そういう感度が高い人たちとの親和性を考え、求人広告を掲載する媒体として新聞を選んでいる。
「もともと蔦屋書店は、『プレミアエイジ』と名付けた50代以上の方が楽しめる場所を目指して誕生しました。そういった意味からも、人生のプロフェッショナルであるお客様に応対するコンシェルジュの年齢は、高くても構いません。たとえば『50歳までずっと専業主婦で、家庭料理は得意』という方にも応募していただきたい。そういったことを考えると、求人広告を掲載する媒体としての新聞は、親和性が非常に高いです。特に朝日新聞は、これまでの実績からも、働く意欲のある人に、求人広告を届ける力が強いと信頼しています。ウェブ広告を選ばなかったのは、『社会性のあるメディアでメッセージを発信したい』という思いがあるからです」
来店して満足した人たちのリアルな口コミがブランドを強化する
新聞広告が掲載されるとすぐに、反響があったという。問い合わせの連絡が相次ぎ、ツイッターでも、広告を見た人の「銀座に蔦屋書店がオープンするらしい」というつぶやきが目立った。
応募者向けの事前の説明会には、およそ600人が参加したという。「20代を中心に30代から60代まで、狙いどおりの方々に応募していただき、手応えを感じています。説明会で質問すると、ほぼ全員が新聞広告を見たと答えていました。新聞を見た親や祖父母から『蔦屋書店の求人がある』と教えてもらって、応募したという方が多かったのも印象的でした」。
SNSによる口コミには注目しているものの、蔦屋書店のツイッターやフェイスブック、インスタグラムなどの公式アカウントはない。また、開業告知や販売促進のためのプレスリリースの発行や広告なども制作していない。その理由は明快だ。「私たちが最も力を注ぐべきことは、来店してくださったお客様への応対。自ら『いいですよ』と発信するのではなく、来店したお客様に『いいですね』と感じてもらうために、さまざまな工夫をしています。理想は、お客様が体験したことを、自分の言葉で伝えてもらえること。そんなリアルな口コミのほうが、波及効果も高いと考えています。」
蔦屋書店のブランドイメージが一貫しているのは、実店舗を第一に考える姿勢にあるのだろう。来店客一人ひとりの体験が、蔦屋書店のブランドを形作っているとも言える。そして、その来店客と直接接するコンシェルジュの存在と、その求人が非常に重要なものとなる。 「代官山 蔦屋書店が2011年にオープンするとき、『蔦屋書店』というのはまだ世の中にないものでした。だから、そのとき朝日新聞の朝刊に掲載した求人広告には、TSUTAYAのロゴマークを入れて、どんな店を目指しているかを説明しました。しかし今回掲載した銀座 蔦屋書店の求人広告は、わずかなメッセージで『銀座に蔦屋書店ができるんだ、働いてみたい』と共感していただくことができました。すごく大きな成長であり、喜びでもあります」。
現在は、2017年4月のオープンに向けて、着々と準備を進めている段階だという。「GINZA SIXには、バスターミナルもできる計画なので、海外の人にも日本文化を知ることができる場になればいいと思っています」と松尾氏は意気込みを語った。
3つのポイント
(1)新聞社に期待したこと
蔦屋書店が求める人材が新聞の読者層と重なる。蔦屋書店からのメッセージを社会性のあるメディアで発信したいという思いもある。
(2)朝日新聞のイメージ
求人広告といえば朝日新聞というイメージは、長年変わらない。働く意欲のある人に求人広告を届ける力が強いと信頼している。
(3)コミュニケーション上の課題・注目している手法
ブランディングで大切にしていることは、体験した人が自分の言葉で伝えるリアルな口コミ。自分たちで『いいですよ』と情報を発信するのではなく、顧客に『いいですね』と感じてもらうために何ができるか考えている。