広告の仕事は受注から共創へ、クライアントとワンチームで取り組むブランディング

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 連載第12回は、博報堂生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 アートディレクターの小山秀一郎氏が登場。デジタルを絡めた広告キャンペーンのアートディレクションを得意とする小山氏は近年、ブランディングや商品開発の仕事も増えているという。そんな小山氏にブランディングの仕事を成功させるために工夫していることや、アートディレクターの仕事の広がりなどについても聞きました。

博報堂グループにおいて、クライアント企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を、マーケティングDXとメディアDXの両輪で統合的に推進する戦略組織「HAKUHODO DX_UNITED」。その唯一のクリエイティブ部門である「生活者エクスペリエンスクリエイティブ局」は、“潜在需要を発掘し、生活者の新たな好意・行動を喚起し、よりよい生活、社会を創り出す”といった価値創造型のDXをリードする部門です。キーワードは、「愛されるDXは、カタチにできるか?」。このテーマに取り組むメンバーたちの多様な視点をご紹介していきます。

売れる仕組みや戦略を基にデザインを考える

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小山氏

──日頃、どのような仕事を手掛けていますか。

 マス広告のほか、デジタル系のキャンペーンなども手がけています。あるキャンペーン広告から派生したアプリの開発では、プラニングやUIなども含めてアートディレクションを担当し、国内外の広告賞で評価されました。こうした経験を基に、クライアントとイチから共創していくブランディングや商品開発などの仕事も増えてきています。

──ブランディングや商品開発のアートディレクションと、広告キャンペーンのアートディレクション、一番の違いは何ですか。

 ブランディングや商品開発の仕事では、クライアントとのコミュニケーションの取り方やチームづくりなど、いわゆる広義なデザインをする時間が増えました。プロジェクトを進めていくために、クライアントの誰に何をどう伝えるか考えたり、定例会を組んで参加メンバーを決めたり、チームの体制を整えることも重要な仕事です。
 ロゴマークやパッケージ、Webサイトなど、デザインの提案の仕方も違います。競合プレゼンのときのように、いきなり完成形を提案するのではなく、まだ作りなおせる状態で「こんな感じどうですか」と見せて、ディスカッションしながら決めていきます。ストラテジストやクリエイティブディレクターが考えた戦略を基にアートディレクションを行うので、売れる仕組みや体験とは何か、常に考えるようにもなりました。

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──ブランディングの仕事を手掛ける上で、小山さんが特に工夫していることは。

 クライアントと、信頼関係を築くことです。ブランディングを成功させるためには、腹を割って語り合える関係であることが重要だと思います。安心して仕事を任せてもらうためにも、何でも話せる関係性をつくることを心掛けています。
 なにげなく交わした雑談の中に大切なキーワードが隠れていることもありますからね。クライアントとの挨拶も「お世話になります」ではなく、「お疲れ様です」と言えるようになるくらいが理想。その距離感を目指しています。

──具体的にどのような話しをしているのですか。

 フェーズによって話す内容は違いますが、社長や取締役といった経営層からは、5年、10年先など、中長期的な話も聞かせていただきます。そのことを意識しながら、現場と向き合っている社員の方々には直近の課題について教えていただき、その解決策となるデザインを探りながら提案をしていきます。
 あるメーカーのリブランディングの仕事では、社長がロゴマークにとても思い入れがあったので「大きく印象が変わらないようにリニューアルしましょう」と提案しました。その一方で、調整するポイントなどを探るために、インハウスのデザイナーの方々の意見も参考にしながら考えました。実際にロゴマークを運用するのはインハウスのデザイナーの方々なので、現状のロゴマークの印象や課題など、ざっくばらんに聞かせていただきました。ケースバイケースではありますが、必要に応じて、今までのデザインをうまく活用したり、現代的にアレンジすることに留めることもあります。
 クライアントと共創してデザインを生みだしていく経験をしたことで、通常の広告キャンペーンの仕事でも「もっとクライアントのことを知ろう」という意識が高まりました。

常時接続でクライアントの課題を自分事化する

──濃厚なコミュニケーションによって、より本質的な提案ができているのですね。

 これまでの仕事の流れでは、ロゴマークを提案する際は複数案出して、その中からクライアントに選んでもらっていました。しかし、クライアントと細やかなコミュニケーションをとることで「こういうテイストがいいと思うんです」と一案のみの提案ができるようになりました。その方向性が違っていた、といったこともありません。クライアントの課題を自分事化して、社内で起きている出来事やニュースなども共有できているからだと思います。

──アートディレクターが活躍できる領域は、広がっていますね。

 平面的なグラフィックデザインだけでは、クライアントの課題をすべて解決することは難しい。アートディレクターは、世界観をつくったり、色、形などを決めたりするプロフェッショナルですが、もっと俯瞰できるようになれば、ブランディングをはじめデジタル表現やUIUXといった体験設計などもディレクションできるようになるはずです。点と点をつなげば面になるように、デザインの仕事はもっと拡張させられると思っています。
 入社5年から6年目くらいの後輩デザイナーの中には、自分の価値を見定められず迷っている人も少なくない。僕もそうだったからよく分かります。僕はデジタル系のクリエイティブエージェンシーで働いた後、博報堂に入社したので、デジタル領域の仕事で爪痕を残そうと必死でした。そんな僕を見た先輩が「そんなにデジタルを背負わなくてもいいんじゃない。デジタルに強いことは持ち味ではあるけれど、もっと自由にやったほうがいいよ」と、アドバイスしてくれました。そう言われて、肩の力を抜くことができ、次第に仕事の幅も広がっていきました。

──戦略からアウトプットまでトータルでディレクションしていくことが、生活者エクスペリエンスクリエイティブ局の強みの一つです。戦略パートとデザインパートの連携は、どのように行っていますか。

 戦略を担当するクリエイティブディレクターとは、できるだけ一緒に打ち合わせに参加し、その場で方向性を確認しながら進めていきます。うまくいくポイントは、連携しつつも、お互いをプロとして尊重し、任せることだと思います。もし、認識のズレがあれば、そのときはストップをかけて確認するし、間違いがあればその都度伝えて修正していきます。博報堂の場合、ビジネスデザイン(営業)の存在も大きい。全体の状況を把握しているので、みんなのベクトルがずれていないか見ているし、うまく橋渡しもしてくれています。

──この連載のテーマである「愛されるDX」について、小山さんはどうお考えですか。

 DXのような新しいことを提案するときこそ、クライアントのカルチャーをはじめ、体質や温度感などをよく理解しておく必要があると思います。保守的な企業に先進的な企画をいきなり提案したら、驚かれてしまうはず。どのタイミングでどんな風に伝えていくべきか。それは、クライアントにできる限り寄り添い、日頃からコミュニケーションしていれば分かるものです。クライアントとクリエイターが一つのチームになり、信頼される=愛されることも、これからのDXには大切なことだと思います。

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小山秀一郎(こやま・しゅういちろう)

博報堂 生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 アートディレクター


紙のマス広告制作を経て、インタラクティブエージェンシーに所属。デジタル領域のアートディレクションに従事したのち、博報堂に入社。 グラフィック、インタラクティブやスペースなど、サービスや体験全体を統合してデザインし、数多くの広告賞を受賞。現在は企業CEOと共にリブランディングや、商品開発などの業務にも従事。
カンヌライオンズ ヘルス部門銅賞、電通広告賞 優秀賞、コードアワード ベスト イノベーション、ACCインタラクティブ部門 クラフト賞、CLIO 銅賞、M3アワード ゴールド、Webby Awards グランプリ、TDC入選、PEN クリエイターアワード 掲載など。