タッチポイント毎の最適化を促すシンボリックなアイデンティティと余白のあるデザイン

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 連載第13回は、博報堂生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 アートディレクターの児嶋啓多氏が登場。デジタル領域を中心にアートディレクションを手掛ける児嶋氏は、クライアントや専門分野のクリエイターと協業しながらブランド体験を設計しています。UIやSNS、Webムービー、ECやリアル店舗など、各タッチポイントで最適な表現となるために必要なことや、工夫していることなどを聞きました。

博報堂グループにおいて、クライアント企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を、マーケティングDXとメディアDXの両輪で統合的に推進する戦略組織「HAKUHODO DX_UNITED」。その唯一のクリエイティブ部門である「生活者エクスペリエンスクリエイティブ局」は、“潜在需要を発掘し、生活者の新たな好意・行動を喚起し、よりよい生活、社会を創り出す”といった価値創造型のDXをリードする部門です。キーワードは、「愛されるDXは、カタチにできるか?」。このテーマに取り組むメンバーたちの多様な視点をご紹介していきます。

どんなにスタイリッシュでもリーチしなければ意味がない

──日頃、手掛けている仕事について教えてください。

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児嶋氏

 主にデジタル領域の新サービスの開発やECサイトの立ち上げ、改修といった相談が中心です。ECサイトの場合は、スマホに最適化されていないから見直したい、といった希望も増えています。ある企業では技術イベントがコロナ禍でオンラインでの開催となり、リアルな展示空間での体験をデジタル化することになりました。そのイベント全体のアートディレクションを担当し、キービジュアルのデザインをはじめ、仮想空間やWebサイト、動画などを各領域のクリエイターと協業して制作しました。

──デジタル化が進み生活者とのタッチポイントは増えました。デジタルを中心としたブランディングも進む中で、アートディレクションはどのように行っていますか。

 UIやSNS、Webムービー、リアルでのタッチポイントの設計など、各専門領域のデザイナーとコラボレーションしたり、並走したりしながら一緒に作りあげています。私だけでなく、博報堂のアートディレクターは、UIや動画などのデザインもできなくはない。しかし、その道を突き詰めているプロフェッショナルな方々にお任せしたほうが、絶対良いものができると考えています。
 例えば、グラフィックデザイナーがバナー広告をデザインすると、文字が小さすぎて読みにくいとか、スタイリッシュだけどクリック率は低いといった結果になりがちです。それでは意味がないですよね。まず私がキービジュアルやロゴマークなどをデザインします。色やデザインのレギュレーションを決めたら、後は各領域のクリエイターにお任せするという流れです。

──どのくらいお任せするのですか。

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 各クリエイターがそれぞれのメディアで最適な表現をしてくれるので、私はほとんど口出ししません。それを実現するには、誰が触ってもぶれないデザインが必要です。ポイントは、みんなが知っているシンプルで分かりやすいモチーフを選び、レギュレーションのルールを緩めに設定すること。
 具体的には、ブランドのコンセプトやフィロソフィー、思想などを基にモチーフを考えます。みんなが知っているモチーフを選ぶのは、その方が触りやすいからです。もし、モチーフ自体が見たことがない造形だったり、特殊なデザインだったりすると、どうやって触ればいいか分からず、バランスをとるのも難しいと思います。
 あるブランドのブランディングでは、店舗運営の思想を基にパッケージデザインのレギュレーションを決めました。店や働く人たちの個性を尊重する仕入れ方法をクライアントはとても大切にしている。そのことをパッケージデザインのルールに反映しました。まず、パッケージデザインで使用可能な書体は複数種類用意し、文字を配置するスペースの一部エリアでは、使いたい書体を使ってもいいことにしました。商品ごとに書体を自由に選ぶことができるので、表現の幅がぐっと広がります。クライアント内にあるデザイン部門と共に、パッケージデザインのルールを決めました。

──デザインに自由度があると、クライアントをはじめ、協業する方々の創造性も生かされるので、仕事へのモチベーションも高まり、インナーブランディングの効果も期待できそうですね。

 理想は「みんなで育てていく」ことだと思っています。みんなが関与できる余白があると、面白い表現がたくさん生まれてくるんです。強くて柔軟なアイデンティティがあれば世界観が崩れず、私がひとりで作るものを確実に飛び超え、より良いものに仕上がると確信しています。

誰が手を加えても世界観が崩れないデザイン

──児嶋さんがそういった考えを持つようになったきっかけは。

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 博報堂に入社して5年ほど、マス広告のグラフィックデザイナーとして働いていました。その後、チームが変わって、主にWebのアートディレクションを担当することになりました。Webの仕事をするようになって気づいたのは、デザインしたものが思い通りに表現されるとは限らないことです。印刷であれば、入稿後にデザインが変わることはありません。しかし、Webの場合、コーディングで再構成され、デバイスによって見え方も変わります。そのため、実装させていく方々とやりとりしながら完成させていくのですが、その体験が新鮮でした。
 私がデザインして、他のクリエイターが実装させたときに生じる差異が面白かったり、「まだ整っていないんですけど」と見せてくれたものが、逆にかっこよかったりして、デザインをみんなで触ってゆく可能性に目覚めました。やりとりによってデザインが豊かになり、より活性化させる方法はないか考えたとき、レギュレーションのルールを緩くしても世界観が崩れないモチーフをデザインすればいいと気づきました。

──自分のデザインを「触ってほしくない」というデザイナーも多いと思います。

 世界観が崩れないように工夫しているので、私は抵抗ありません。それよりも、自分のデザインが「有機的に増殖していく」ことに、とても興味があります。核となるアイデンティティとルールを基に、色々な人たちがつながったり、つながらなかったりしながら、ブランドが拡張していきます。各クリエイターのクリエイティビティが発揮されるので、クライアントのビジネスにも貢献できると信じています。

──新型コロナウイルスの流行に伴い、デジタルでのコミュニケーションが一気に定着しました。オンラインでの会議は、その典型的な例の一つですね。

 オンライン上でプレゼンをおこなったとき、クライアントのリアクションを見ながら「こんな感じにするのはどうですか」と、その場でアイデアをデザインして見せたことがあります。その場で会話しながら、デザインしているので、表現自体は粗かった。だけど、シンプルで分かりやすく、クライアントも「それをもっとこうして・・・」などと、イメージしていたことを伝えてくれて、一気に話が進んだケースもあります。

──日頃の仕事もDX化しているのですね。

 オンラインでのコミュニケーションが普及したことで、打ち合わせ時間や移動時間の短縮といった「効率化」を図りながら、その場でデザインのアップデートを共有することもできる。これまでもリアルな場でPCを開きながら打ち合わせしていましたが、それとは違いますね。
 博報堂生活者エクスペリエンスクリエイティブ局は「愛されるDX」というテーマを掲げていますが、「デジタル」は生活を豊かにするために生まれているはずなので、もともと「愛されるもの」だと思っています。
 新型コロナウイルスの流行によって、リアルで会える喜びは誰もが実感したことですよね。その一方、デジタルの便利さやできることなど、たくさん気づくことがありました。宅配・デリバリーサービスによっておいしいレストランの食事を家族と平日の昼間に家で食べられるのも、最高の体験だと思います。

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 これまでデジタルは、リアルを「補完」するという意味合いが強かった。だけど、「デジタルでやらざるを得ない」という状況になり、一気にデジタルシフトしました。きっと、今後、少しずつリアルに戻っていくのだと思いますが、リアルとデジタルの関係性は「直列から並列」となり、「リアルとデジタル、どっちにする?」といった会話が自然に生まれていますよね。どちらにも、メリットとデメリットがあることを前提に、より良いコミュニケーションのための選択肢が増えてハッピーなことが、愛されるDXと言えるのではないでしょうか。

児嶋啓多(こじま・けいた)

博報堂 生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 アートディレクター


1985年兵庫生まれ。2010年金沢美術工芸大学卒、同年博報堂入社。広告グラフィック、ブランディング、UIデザインと領域をまたいだアートディレクションを行う。 Cannes Lions 2014 GOLD, The One Show 2015 Silver, The One Show 2016 Merit, 2016ADC賞ノミネート,東京TDC賞 2020 Prize Nominee Workなど。