連載第17回は、博報堂生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 局長代理 兼 hakuhodo DXD 主宰の入江謙太氏と博報堂プロダクツ エグゼクティブディレクターの永田創一郎氏が登場。入江氏はテクニカルディレクターやアートディレクター、UXストラテジストといった各分野のクリエイターの集合知で課題に取り組み、継続的に運用できる体験価値をつくるhakuhodo DXDというプロジェクトを発足させ、永田氏はそのメンバーのひとりでテクニカルディレクターでもある。そんな入江氏と永田氏が「ブランディングwithコンバージョン」というテーマで、博報堂が実践しているUIとUXの設計思想について語った。
博報堂グループにおいて、クライアント企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を、マーケティングDXとメディアDXの両輪で統合的に推進する戦略組織「HAKUHODO DX_UNITED」。その唯一のクリエイティブ部門である「生活者エクスペリエンスクリエイティブ局」は、“潜在需要を発掘し、生活者の新たな好意・行動を喚起し、よりよい生活、社会を創り出す”といった価値創造型のDXをリードする部門です。キーワードは、「愛されるDXは、カタチにできるか?」。このテーマに取り組むメンバーたちの多様な視点をご紹介していきます。
多岐に渡る企業の課題に対し、UI、UXを用いたチームで解決する
──「ブランディングwithコンバージョン」とは、どういった考え方なのでしょうか。
永田:hakuhodo DXD(以下、DXD)で入江さんたちと構築している、博報堂としてのUIUXのデザインポリシーのようなものです。これまで博報堂では、クリエイティブディレクターの感性で「こうしたら素敵な未来になるのではないか」と発想し、映像にするなどアウトプットしていくことが一般的でした。ここには感性的すぎる場合もあるという課題があります。
一方で、コンバージョンを追求する仕事も増えています。コンバージョンといっても短期的な売り上げだけでなく、企業やブランドと寄り添いながら長期的に関わり続けていくケースもあります。事業構想やブランディング、Webの表現や運用まで、それぞれのプロフェッショナルが連携しながら取り組まなければ、成果がでない状況とも言えます。ブランディングだけでなく、コンバージョンについても同等に意識をして、考えていく必要があるのです。それらを結合していくことは容易ではないのですが、取り組むべきことだと思っています。
入江:前提として、広告のコミュニケーションは短期のプロモーションが多く、おおよそ3ヶ月で終了します。しかし、顧客との接点でブランド価値を高めるような、デジタルを活用した新サービスなどの施策は複数年継続していきます。博報堂は長年、広告をつくることがメインの仕事でしたが、今はすべてのものがインターネットを介してつながっていく時代で、博報堂でもそれを「生活者インターフェース市場」と標榜し、業務領域を拡張していくことを目指しています。
では、僕らはどのようにプラニングし、アウトプットしていけばいいのか。3ヶ月で終わる広告と、複数年継続するサービスでは、ブランディングやデザイン、顧客体験というものの作り方、考え方は異なるのではないか。DXDがその答えの一つとして標榜しているのが「ブランディングwithコンバージョン」です。
対比して考えたほうが分かりやすいかも知れません。3ヶ月の広告キャンペーンは、打ちあげ花火型。多くの人の目を引きますが、一瞬で終わってしまうことが特徴です。一方、今、僕らが取り組んでいるのは、花畑型。ずっと花が咲いている花壇にするためには、季節ごとに植え替えたり、雑草が生えたら抜いたり、水や肥料も与えたりする必要がありますよね。まわりにカフェや宿泊施設を用意してもっと楽しめる場所にすることもあるかもしれません。そのためのプラニングをし、構想から実装、運用まで手がけていく。それが僕らが取り組んでいることです。
──打ちあげ花火から、花畑へ。花畑を維持するのは、とても大変そうです。
永田:ワンオペでは無理ですね。色々な役割の人が、同じ目的を持って動いていかないと維持ができない。花壇の端のほうの花が枯れてしまったり、虫に食われてしまったり・・・。多くの人数で同じ考え方を共有しながら、取り組んでいく必要がある。それって当たり前のように思えますが、実際にはできていなかったことなんです。クリエイティブディレクターとデザイナーとエンジニアとコピーライター、マーケターなど様々なモチベーションを持った職種が入り混じるので、連結するのは難しい。それがDXDによって共創も生まれてきています。
入江:これまで戦略や戦術、コンセプトを考えるのが博報堂、形にするのが制作プロダクションである博報堂プロダクツという位置付けでした。もしかしたら、ヒエラルキー構造があったかもしれないのですが、DXDではその壁を取り払うことにしました。日本の広告業界では、エポックメイキングなことだと思っています。
つくっては考えて、考えてはつくるというアジャイルを行うとき、今までどおりの博報堂と博報堂プロダクツの関係では実現できないんです。
──DXDでは具体的に何から始めたのですか。
永田:案件だけで取り組むと関係性は変わらないと考え、定例会を行っています。BASSDRUMという外部のテクニカルディレクター・コレクティブにも参画してもらい、博報堂をはじめ、博報堂プロダクツ、博報堂アイ・スタジオ、博報堂デザインに所属するクリエイターも参加して、共通の知識や目線を合わせる定例会を週1回開いています。
入江:博報堂ではテクニカルディレクターを育成するための勉強会も開催しています。例えば、AIで何かしたいというオーダーは多いけど、そもそもAIで具体的に何ができるか考えたり、プログラミングしない、いわゆるノーコードツールについて探究したり、テクニカルに関わる知識やマインドを共有しています。そもそも、エンジニアと博報堂のプラニングのマインドは、違うことは多いですからね。
──どのようなところが違うのですか。
永田:例えば、戦略チームやクリエイティブだけで思い描くことをデジタルで表現したら、何億円もかかってしまうものだったりする。その最適解を出すには携わるメンバーみんなが同じ思考を持っていないと、話しが前に進みづらい。「この不要な要素を省いて、これを突き詰めていこう」といった、話し合いが必要だからです。
これまでは、企画から実装のバトンタッチに戸惑うことが多かった。スムーズなバトンタッチのために必要なのが、クリエイティブの知識を持ったエンジニアや、エンジニアの知識を持ったアートディレクターやストラテジスト、そして私のようなテクニカルディレクターです。そうすれば、連結がうまくいき、費用対効果が高いプロジェクトが実現していくと考えています。共通知識や世界観の共有ができてくると、これまで実現できなかったことにも挑戦できるようになるはずです。
入江:企業やブランドにとって意味のあることを、限られた予算と期間の中で実現することが僕らの仕事です。CMやグラフィックデザインの仕事であれば、予算や期間など経験から予測できる。しかし、サービスを立ち上げよう、そのためにアプリをつくろう、ECを立ち上げようとなったとき、予算と制作期間、企業やブランドにとっての意味合いなども含めて、広告と比べると分かりにくい。それを多様な職能が集まって、すり合わせていくチーム体制を整えています。
永田:フラットな関係性で知識のアップデートをしていることが、大きなポイントです。環境を整えて座学をしながらも、実案件にも取り組んでいます。例えば、オンラインショップをつくるサービスのリニューアル提案では、具体的なデジタル施策のアイデアを端緒にマーケティングやクリエイティブの方針が決まってゆくなど、「逆上がり」していく現象がありました。戦略チームもクリエイティブチームもUIUXチームも垣根なくみんなで全体を考え、うまくまとめられた事例でした。
入江:案件によっては認知を増やすコミュニケーションだけではなく、利用者の満足度を上げるためのコミュニティづくりを提案するなどもしています。新規顧客を獲得するのも大事なことですが、顧客のライフタイムバリューをあげて、利用し続けてもらうことも同じくらい大切です。
永田:つくって終わりではなく、広告をはじめUI、UX、運用、さらに長く続いていくためのコミュニティづくりなどの施策まで、博報堂グループや外部の方々とも連携しながら、トータルで検討します。クライアントの課題も考え、ブランディングをしてデザインにも落とし込み、ムービーのモックも作る。DXDで提案するときは、ほとんど出来上がっている、というレベルまで作り込んだものを提案しています。
入江:クライアントが顧客に提供するデザインのテンプレートをつくるときも、裏側にあるテンプレートのデータベースの仕組みを知っていると、「ナチュラルなデザイン」というカテゴリーをつくるとき、「タグをつけておいてデータベースから引き出す」アウトプットがイメージできます。エクスペリエンスは、インターフェース=触る部分をイメージしますが、実は裏側のデータベースとインターフェースをどうやって接合させるのか。どういったデータのやりとりの中でエクスペリエンスをつくっていくのか。テクニカルな部分を理解した上で提案するようにしています。
つくりながら考えて、考えながらつくるから、仕事も早いんですよ。プラニングとプロダクションが同時進行していくようになり、プラニング自体も変わってくる。プロダクションの精度も上がっています。
永田:DXDのメンバーは、自分の役割にとらわれず全体の仮説をつくることができるので、あうんの呼吸でつくることができる。だからスピード感があがっているのだと思います。
入江:技術の限界とエクスペリエンスの品質を、どう両立させられるのか。そのとき欠かせないのがテクニカルな知見です。
永田:費用対効果のことも考えながら、クリエイティブで体験をつくっていく。その最良な落としどころを見つけていくのも、テクニカルディレクターの仕事だと思います。技術トレンドや、プライバシーの規定は日々変わっていきますからね。
入江:かつてはテレビCMでも新しい撮影技術のことなど、いろんなチームやネットワークと連携しながら知見を高めていきましたからね。それをデジタルの領域でもできるように、チームづくりや関係性を構築しています。