訪日観光客の増加とともに、「ショッピングツーリズム」が活況を呈している。観光庁によると、2014年に滞在中に使った旅行消費額は2兆305億円、うち買い物消費額が7千億円超と全体の約35%を占めた。彼らを迎える日本の小売市場の現状や課題について、ショッピングツーリズムの旗振り役を担う新津研一氏に聞いた。
ショッピングが日本観光の重要コンテンツに
──USPジャパンの活動について教えてください。
当社は、外国人観光客誘致コンサルティング業務、経営コンサルティング業務、PR業務などを行っています。また、当社が提起したショッピングツーリズム振興団体で2013 年9月に設立された一般社団法人ジャパンショッピングツーリズム協会(以下、JSTO)の事務局運営も行っています。
──起業前は伊勢丹で営業戦略を担当していたと伺いました。小売業界におけるインバウンドの位置づけや、ショッピングツーリズムに対する関心の高まりについて聞かせてください。
日本の小売業界は、百貨店に対してGMS(総合スーパー)、都市型に対して郊外型、リアル店舗に対してEコマースなど、その時代によって新たな市場創出を試みてきました。しかし、市場全体の拡大に成功した例はなく、縮小する市場の奪い合いに終始してきたというのが現実です。
一方、訪日客市場は、私が伊勢丹にいた2000年ごろから成長の兆しが見えていました。03年の小泉政権の「観光立国宣言」以降、訪日客は年々増え、途中で、尖閣問題や震災による急減があったものの、12年には800万人台に回復しました。ただ、この時にもまだ、「ショッピングツーリズム」という概念はなく、「ニューツーリズムの創出」を打ち出した安倍政権下においても、13年になってようやくこの言葉が登場してきました。
小売りの現場では、訪日客が増えている実感はあっても、具体的な対応に積極的に動いていたのは、ヨドバシカメラ、三菱地所・サイモンの「プレミアム・アウトレット」、ドン・キホーテの3社くらいでした。
そうした中で、13年2月に「ビジットジャパンプラス会議」が開かれました。観光庁が官民連携で訪日旅行を促進する目的で始めた取り組みです。この会議に当社も参加し、「海外で強力な観光コンテンツとなっているショッピングツーリズムに日本も本格的に取り組んだらどうか」と提案しました。会議に参加していた有志企業の賛同により、JSTO設立に至りました。
同年9月には東京五輪開催が決定し、10月には「尖閣」以来、減っていた中国人観光客が、国慶節休暇を利用してようやく戻ってきました。この時期は、翌年の消費税増税にともなう消費の冷え込みや、「外国人旅行者向け消費税免税制度」の適用が予測され、訪日客への期待が高まった時期でもありました。こうしてショッピングツーリズムに注目が集まり、設立時18社だったJSTOの賛同企業は74社(15年3月現在)に増えました。
──官民あげてショッピングツーリズムに取り組み始めたのは最近のことなのですね。海外と比較した日本のショッピングツーリズムの優位性についてはどのように考えますか。
3つの特長が挙げられます。まず、日本中が「ショッピングパラダイス(買い物天国)」であること。例えば、ドバイやシンガポールのショッピングパラダイスは中心街に限定されます。日本は、北海道から沖縄まで全国津々浦々にGMSやコンビニ、ドラッグストアや様々な小売店があり、どこでも同品質のものが手に入ります。
次に、小売事業者が、品質やサービスに世界一厳しいと言われる日本人に鍛えられていること。細部までこだわりぬいた商品や品ぞろえ、接客態度、試食・試飲・試着のサービス体制などは、世界に誇れるものです。
そして、「ショッピング・エクスペリエンス(買い物体験)」の質が高いこと。ショッピングツーリズム大国の売りは、高いものを安く買う「バーゲン」ですが、日本の売りは「体験」です。つまり、購買意欲を満たすだけでなく、買い物を通して日本人のおもてなしの精神や文化に触れ、質の高い商品に触れ、ふだんの生活に触れることができる。それが、都心のデパートから地方の商店街まで、ありとあらゆる場で体験できるのです。
店単位でなくエリア単位でPR 笑顔の接客が次につながる
──ショッピングツーリズムの訪日客に向けたプロモーションにおいて重要なこととは?
訪日客は、特定の店を目指して日本に来るのではなく、「来日→来街→来店」という意識で、「日本に来て、この街に来て、そこにある店に来た」というケースが圧倒的多数です。つまり、店ごとのPRよりも、店がある街・地域、さらには日本全体を魅力的にアピールすることが、結果的に来店客の増加につながる。小売り全体がこうした意識を持ち、競合関係や業種や業態を越えて連携し、さらに地方自治体や官公庁とも連携していくことが重要なのです。
例えば、下北沢の「しもきた商店街振興組合」は、かき氷で有名な店を外国人に紹介する「かき氷MAP」を、英語、北京語、台湾語、韓国語で作成し、かき氷店の情報だけでなく、雑貨店や洋服店、Wi-Fiが利用できる場所、クレジットカード対応のATMの設置場所なども紹介して街全体の魅力アップに努めています。
JSTOでは、「ジャパン・ショッピング・フェスティバル(JSF)」という全国統一型のプロモーションを行っています。JSFは、政府と民間が2013年から共催している訪日プロモーションで、北海道から沖縄まで全国の約500施設、5万ショップの魅力を集約した4言語対応の海外向けショッピングポータルサイトの運営や、JSFのウェブサイトや協賛企業・団体のメディアを通じた情報発信を行っています。
──訪日客を受け入れるために、小売りの現場は何を心がけたらいいのでしょう。
訪日客の旅行情報はインターネット、とりわけソーシャルメディアを介したクチコミが情報源です。つまり、目の前にいる訪日客こそがクチコミの発信者になり得る。ということは、英語や中国語が話せないからといって萎縮している場合ではなく、来店している目の前の訪日客を笑顔で迎え、笑顔で送り出せばいいのです。
もちろん、訪日客の不便を解消する工夫も必要です。外国人が最も困るのは、カタカナ表記とひらがな表記です。英語表記、あるいは漢字を使う国の訪日客は漢字表記があれば、ずいぶん助かります。ドーナツ店であれば、「アップルパイ」に「Apple」、「ミートパイ」に「Meat」と表記するだけで外国人に親切な店になれます。英語が得意でない日本人でも、この程度ならできるはずです。スマホの自動翻訳を活用したり、タブレットで写真や映像を見せてあげたり、といったことも気軽にできる環境が整いつつあります。
まずは自分たちを分かりやすく紹介 免税対応も外国人に好感
──訪日観光客ビジネスに取り組む企業からどのような相談が多いのでしょうか。
最も多いのは、「何から手をつけたらいいのかわからない」という相談です。そこで、まず確認しているのが、「自己紹介ができますか?」ということです。日本の小売りは、長い間、お客様のほとんどが日本人でした。「○△軒」「○△庵」などと看板に書かれていたら、日本人であれば飲食店だとわかります。しかし、外国人には理解できません。
JSTOの外国人スタッフが、人気セレクトショップ「ビームス」「ユナイテッドアローズ」のセール情報を目にして、「なぜ武器のセールが人気なのですか?」と質問しました。「beam(光線)」「arrow(弓矢)」などで武器を扱った商談会と勘違いしたのです(笑)。外国人の受入環境の整備や販促・宣伝を始める前に、自分たちが何者なのかを見つめ直し、分かりやすく伝える準備を行うことが第一歩です。
さらに、「訪日客=顧客ターゲット」という視点を持つこと。「中国人」「若い女性」などと顧客ターゲットを絞り、好みや行動パターンについてマーケティングを行う。それは、小売業がこれまで普通にやってきたことです。そういう視点で取り組めば、ターゲットに合った施策が見えてくるはずです。
──2014年10月1日から免税店の運営制度が変更され、家電製品、衣料品、食料品、化粧品などを含む全品目に拡大しました。この効果についてどう考えますか。
外国人の買物消費額は、一昨年は前年比35%、昨年は前年比50%近く成長しています。その中で、免税店でのショッピング消費は200%近く伸びていると予測されます。しかし、全国に100万店ある小売店のうち、免税店は1万店と、わずか1%です。年々倍増しているマーケットが1%に過ぎないというのは大きな課題で、JSTOでは普及啓発活動を進めています。
また、今年4月には免税制度がさらに拡充され、商店街や物産センター、ショッピングセンターなどが第三者への免税販売手続きを委託できるようになりました。そうした商業区の一括カウンターでは、店舗を超えて購入金額の合算が可能で、個々の店舗の外国語対応への不安や免税手続きの煩雑さが解消されます。
日本で商店の看板の意味が理解できない外国人観光客にとって、「TAX FREE」の看板は「外国人歓迎」と同意で、安く買える目印であると同時に安心材料にもなります。店舗数の拡大を急ぐ必要があると思います。
──訪日客に関わるビジネスの課題と、JSTOの今後の活動方針について聞かせてください。
先に触れた「昨年の小売りの売り上げが前年比約50%増」という数字は、人数も増えて、客単価も伸びた結果です。この数字を分析すると、客数の増加は、中国や東南アジアに対するビザ発給条件の緩和が大きく影響し、客単価の増加は円安が大きく影響しています。
外的要因が大きく、小売業界の努力ばかりではないのです。訪日客の92%は「訪日旅行に満足」、93%が「また来たい」と答えています。オールジャパンの取り組みが進み、小売業界の自発的な努力が進めば、この水準を維持し、さらに高めることも可能なはずです。
政府は、2020年に訪日客2,000万人達成を掲げています。その前の19年にはラグビーW杯もあります。18年の平昌冬季五輪の合宿が日本でも行われるでしょう。そう考えると、あと数年のうちにエリアプロモーション、言語対応、免税店の拡大などを急速に進めていく必要があります。JSTOとしては、ショッピングツーリズムの知見のプラットフォームとして、マーケティングやプロモーションの情報提供を積極的に行っていくつもりです。
ジャパンショッピングツーリズム協会 専務理事/事務局長/USPジャパン 代表取締役社長
長野県生まれ。横浜国立大学卒、ファッション産業人材育成機構卒。1993年伊勢丹(現三越伊勢丹)入社後、2年間の売場経験を経て、営業本部戦略立案・推進担当として、店舗運営業務から営業戦略、新規事業開発まで幅広く担当。2012年退職後、USPジャパンを創業。観光庁ビジットジャパンプラス2013において「ショッピングツーリズム」の重要性を提起、免税制度協議会ワーキンググループ座長として、免税制度改正提言書を取りまとめる。13年9月「一般社団法人ジャパンショッピングツーリズム協会」を設立。日本観光振興協会観光立国推進協議会委員、日本百貨店協会外国人観光客誘致委員会アドバイザー、著書『外国人観光客が「笑顔で来店する」しくみ』(商業界刊)。