損害保険大手のMS&ADインシュアランス グループ ホールディングス傘下の三井住友海上火災保険は、今年2月に英損保大手アムリンを買収。「世界トップ水準の保険・金融グループの創造」というビジョンを掲げて事業拡大を図っている。原 典之取締役社長に聞いた。
──今年2月、イギリスの損保大手、アムリン社を買収しました。
アムリンには、大きく三つの強みがあります。一つは世界最大の保険取引市場であるロイズで第2位のシンジケート(*)を持っていること。二つ目はスイスに拠点を持つ再保険事業。そして三つ目はベネルクスに強みを持つ欧州大陸事業です。買収により、当社の正味収入保険料は約2.2兆円、グループのあいおいニッセイ同和損保と足すと約3.5兆円となり、欧米の保険大手と肩を並べる規模となりました。
(*)シンジケート=ロイズを構成する保険引受業者で、それぞれ得意な事業分野がある
──アムリンとの融合によって広がる可能性とは。
アムリンは、自然災害などのリスク管理に優れ、格付け会社S&Pグローバルの「ERMスコア」で最上位の評価を受けています。そのノウハウを採り入れ、シナジー効果を発揮していきたいと考えています。当社がロイズに持つシンジケートや、バミューダに持つ再保険会社との統合も進めています。
また、アムリンは、企業物件や、大規模損害の引き受け能力が高く、その能力と、当社がアジア地域に有する販売網とのシナジー効果も期待できます。例えば、アジア地域の案件で当社がタッチしてこなかった貨物保険事業や、海上油田開発に対応する保険事業などにもアムリンの引き受け能力を生かせるのではないかと考えています。
──「世界トップ水準の保険・金融グループの創造」というビジョンを掲げています。どのような課題に取り組んでいきますか?
環境変化を見据えた商品開発と、技術力の向上に注力していきます。今年4月には、商品開発やICT(情報通信技術)を活用したマーケティングの強化を図る「次世代開発推進チーム」「ICT戦略チーム」を設立しました。
──商品開発の具体的な取り組みは。
ドローンの事故に対応する保険、「孤独死」をめぐる諸問題に対応する保険、iPS細胞などを使う再生医療の臨床研究向け保険など、新しいニーズに対応する保険を次々と開発しています。
──技術力の向上に関する具体的な取り組みは。
コールセンターや代理店の事務照会などにおいて人工知能の活用を始めています。LINEで契約内容の照会や事故発生の際の連絡ができるサービスなども開始します。保険会社の競争力は、大規模な自然災害、部品メーカーのリコール、PL事故など、同時多発的な損害が発生する「集積リスク」をいかに管理できるかで大きく左右されます。その上でも技術力は肝で、鋭意向上に努めています。
また、人材育成にも力を入れています。例えば、数学や統計学を用いて不確定な事象を読む数理のプロフェッショナル「アクチュアリー」を組織的に養成するチームをつくっています。社員をロイズなどに派遣し、海外の保険商品や技術を学ぶ機会も与えています。
──あいおいニッセイ同和損保との連携状況は。
2013年から3年をかけて、両社の強みを生かす形で、事業や販売チャネルの「機能別再編」を行ってきました。現在は、支払い部門のシステム統合、商品や事務の共同化などを進めています。
また、あいおいニッセイ同和損保で実績のある、お客様からの電話を担当者に自動的につなぐ仕組みや、事故の発生を受けて直ちに保険金を自動算出する仕組みをつくり、丁寧で素早いお客様対応サービスを提供していきます。
──自動運転が進展した時、自動車保険はどうなると考えますか?
今の自動車保険の枠組みで、完全な自動運転による事故に対応することは難しいと考えています。自動運転による事故は、ドライバー、自動車メーカー、部品メーカー、システム開発会社など、責任の所在がいくつも考えられます。サイバーリスクなど、責任の所在が特定できない場合の受け皿を用意する必要も出てくるでしょう。いずれにしても損保会社の役割は残るので、国やメーカーと意見交換しながらいろいろな可能性を検討していきたいと思っています。
──スポーツ選手を雇用するなど、スポーツ振興に積極的です。
スポーツ界の第一線で活躍する選手を育て、日本の各競技界の強化・繁栄に役立ちたい、世界に貢献したい、との気持ちでスポーツ振興に取り組んでいます。何より、スポーツ選手の活躍は、社内や代理店の活気につながります。現在当社では、女子柔道、女子陸上競技、トライアスロン、女子サッカー、パラアスリートなどの活動を支援しています。
──原社長が考える、保険業の意義とは。
私はかつて自動車保険の営業を担当し、今のように業務分担が明確でなかったので、示談交渉に立ち会うこともありました。そうした時に、営業が販売しているのは支払い部門の機能を持った保険商品であること、商品の機能が発揮される事故発生時の対応が最も大切であることを実感しました。そこに意義とやりがいを感じますし、お客様からの感謝の声でいちばん多いのも事故対応に関することです。
また、「孤独死」をめぐる問題に対応する保険のように、私たちが提供する保険が社会構造の変化を下支えしているという自負もあります。自動車保険で言えば、「1DAY保険」という、友人の車を1日借りる時などに加入できる自動車保険があり、販売数は約30万件にのぼります。6月の株主総会では、若者の車離れが進む中で、こうした商品を続けてほしいという声をいただきました。今後も既存の保険の枠にとらわれない商品開発に努めていきたいと思います。
──リーダーとして心がけていることは。
世界トップ水準の保険・金融グループを実現させるのは社員一人ひとりであり、個人の成長なくして会社の成長はありません。社長就任後、国内外の拠点に赴いて社員に直接そのことを語っています。また、「グローバルな保険・金融サービス事業を通じて、安心と安全を提供し、活力ある社会の発展と地球の健やかな未来を支えます」という企業理念の社内浸透を国内外で図り、あわせてブランド力の向上にも努めていきたいと思います。
──愛読書は。
ビジネス書では、時代の変化を見据えた企業経営の重要性を説く『ビジョナリー・カンパニー』や『イノベーションのジレンマ』が心に響きました。好きな作家は、司馬遼太郎さん、逢坂剛さんなど。気に入った作家は全作を網羅したいタイプです。
三井住友海上火災保険 取締役社長
1955年長野県生まれ。78年東京大学経済学部卒。同年大正海上火災保険(現・三井住友海上)入社。2008年三井住友海上執行役員企業品質管理部長。10年常務執行役員名古屋企業本部長兼名古屋企業本部損害サポート・イノベーション本部長。専務、副社長を経て、今年4月から現職。
※朝日新聞に連載している、企業・団体等のリーダーにおすすめの本を聞く広告特集「リーダーたちの本棚」に、原 典之氏が登場しました。
(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)