革新的な製品を通じて「生活インフラ事業」としての使命を果たす

寝返りしやすい、優れた耐圧分散と通気性、水洗いできて清潔、といった特長を持つマットレスパッドを製造・販売するエアウィーヴ。代表取締役会長・高岡本州さんに、これまでの歩みや企業理念などについて聞いた。

──エアウィーヴを経営する以前の歩みについてご紹介いただけますか。

高岡本州さん 高岡本州さん

 私は理系の大学を卒業後、日米の大学院で経営を学び、父が経営する日本高圧電気に入社しました。日本高圧電気は配電機器類のメーカーです。いざ働いてみると、近代的な経営論を学んだ自分には、父の経営が旧態依然としたものに感じられました。でも、それを指摘するとケンカになる。父親としては、若造に何がわかるかという思いだったのでしょう。

 そんなある日、何かの本に「事業の相続とは、人相、つまり父の顔を受け継ぐこと」という一文を見つけて、ふと自分を省みました。当時は吉行淳之介など作家のエッセーを好んで読んでいたので、その中の一冊だったかもしれません。とにかくその一文にハッとしました。その後、恩師である慶応大学教授の奥村昭博教授のところへ相談に行くと、奥村先生も本の内容に近いことを言ってくださいました。それで一気に吹っ切れて、父のやり方を否定することなく事業を改善させる方法を模索しようと気持ちを切り替えました。

 父は、まだ経営者としてやれる72歳のときに、37歳の私に社長職を譲りました。「おやじの顔をつぶさないように」という思いでコツコツ実績を重ねたことを認めてくれたのだと思います。

──日本高圧電気の経営に携わりながら、新たな事業を起こされました。その経緯についてお聞かせください。

 私が47歳のときに、漁網や釣り糸を作る射出成型機を製造する中部化学機械製作所(現・エアウィーヴ)を経営する伯父から、倒産寸前の会社を引き継いでほしいと言われました。社員は10名に満たなかったので、日本高圧電気に吸収して会社をつぶす選択肢もありましたが、優れた技術を有する工場を残してほしいとの伯父の思いを胸に新商品の開発に着手、釣り糸を作る技術を応用して樹脂製のマットレスパッドを開発しました。知人を中心に200人に無料で配ったところ、「よく眠れて、寝起きの調子がいい」という評判を多く得ました。特にスポーツをやっている人は、「眠り」に対する意識が高いこともわかりました。そこで、五輪選手のトレーニング施設である国立スポーツ科学センターにお願いし、宿泊施設のベッドの半数にあたる40床にマットレスパッドを提供しました。すると半年後、「残りの40床にも敷きたいので、今度は購入したい」とのオーダーが入りました。その後、国立スポーツ科学センターに隣接する味の素ナショナルトレーニングセンターにも400床追加納入することになりました。

 こうして日本高圧電気と二足のわらじで事業を展開するようになりました。配電機器とマットレスパッドは何の共通性もないように思えますが、私にとってはどちらも明快な大義があります。いずれもインフラ事業だということです。日本高圧電気が製造するカットアウトという製品は、故障すると停電になってしまうという、電気インフラを陰で支える製品で、国内シェアは6割にのぼります。したがって、日本国民の約6割が使う電気は、日本高圧電気の製品を通った電気ということになります。発電所が心臓だとすると、送電線は動脈、配電機器は毛細血管にあたります。停電があれば夜中でも雪の日でも電柱に登って原因究明にあたるのが、取引先の電力会社の方々です。日本高圧電気は日夜研究開発に取組み、そういった方々に使っていただく製品を作っています。一方、マットレスパッドは、人々のより良い眠りを支える生活インフラです。真面目な技術開発と誠実な経営を旨とするのは配電機器事業と何ら変わらないと思っています。

──エアウィーヴの理念と特長は。

 エアウィーヴは、「The Quality Sleep 眠りの世界に品質を」という企業理念を掲げています。その目的は、「眠りの世界に新しい価値を創造し、常に革新的な製品を生み出すことで『生活インフラ事業』としての使命を果たす。最高の眠りを提供することを通じて、世界中の人々の豊かな生活を実現する」ことです。製品の最大の特長は、寝起きの心身状態を快適に保てること。早稲田大学スポーツ科学学術院の内田直教授やスタンフォード大学睡眠・生体リズム研究所と共同で研究・開発を重ね、より良い製品を追求し続けています。科学的検証を迅速に製品に反映できるのは、製造業の強みです。

──リーダーとしての転機は。

 最初の転機は、日本高圧電気の社長に就任した頃。きっかけは、取引先の電力会社の方に紹介されて参加した日本アスペン研究所のセミナーでした。アスペン研究所は、戦後、アメリカで開催された「ゲーテ生誕200年祭」において、「近代化の中で失われていく価値をどう取り戻すか」という問題が提起されたことに由来する活動で、古典を教材に、自然、生命、美、民主主義など多彩なテーマについて思索を深め、対話する知的交流の場です。文化や芸術への尊敬の念を強めた大変有意義なセミナーでした。

 二度目の転機は、東大EMP(東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラム)の一期生になった2008年です。このプログラムは、「あなたは『何を知らないのか』すら知らない」をモットーに、宗教、社会科学、生命、宇宙物理、経営など、ありとあらゆる分野の最先端の知識を学ぶことで新たな発想を引き出そうというもので、働きながら週2日、半年間通いました。プログラムを通じて、リーダーに最も必要なのは、「課題を設定する能力」であることを実感しました。これは経営者として大きな収穫でした。

──経営者として心がけていることは。

 私の使命は、お客様が喜んでくださる製品を提供すること、社員の生活を守ること、会社を永続的に運営し、経営の質を高めることだと考えています。この三つを遂行するためには、会計に明るい経営者でなければなりません。私は、日本高圧電気の仕事のつながりで、イー・アクセス(現・ワイモバイル)を創業した千本倖生さんの知遇を得ました。勉強のつもりで同社に投資し、2008〜12年まで社外監査役として経営を拝見しました。その数字の管理は見事で、多くを学びました。千本さんや、千本さんと一緒に事業を起こされたことのある稲盛和夫さん、さかのぼっては小倉昌男さん、松下幸之助さんなど、優れた経営者というのは独自の哲学を持ち、数字に厳しい。私もそこは徹底して見習いたいと思っています。

──今後のエアウィーヴの展望について。

 当社が提供するのはwell-being、つまり心身ともに健康で前向きに生きることを実現する睡眠です。その哲学を広めるため、浅田真央さん、坂東玉三郎さん、錦織圭さん、五嶋龍さんなど、well-beingを象徴する方々を応援していきます。well-beingに国境はありません。今後は海外展開にもチャレンジしていきます。近年当社は、類似品の横行に直面しています。生活インフラ事業の使命を果たすためには、先手を打って海外に進出し、企業の理念や商品の魅力を伝えていかなければならないと思っています。

 最近は、エアウィーヴとコラボレーションしたいという依頼も増えています。その際は、当社の哲学を理解していただけるかどうかを考慮してお話しさせていただいています。

──リーダー信条は。

 経営について相談する仲間を持つことです。幸い私は仲間に恵まれ、松田孝裕社長や、創業時からマーケティングを担当する田所邦雄取締役とは、経営哲学についてよく話します。経営テクニックは外部の知恵を借りることができますが、経営哲学に限ってはアウトソーシングできません。哲学を共有できる仲間がいるからこそ、ブレずに理念を貫くことができると思っています。

──愛読書は。

 戦後、電力インフラの道筋をつけた松永安左ェ門の伝記『まかり通る 電力の鬼・松永安左ェ門』は、インフラ事業を志す者としておおいに励まされました。経営者として共感したのは、『稲盛和夫の実学経営と会計』『小倉昌男 経営学』など。D・カーネギーの『道は開ける』と『人を動かす』は大学院時代に面白く読みました。

高岡本州(たかおか・もとくに)

エアウィーヴ 代表取締役会長

1960年愛知県生まれ。83年名古屋大学工学部応用物理学科卒。85年慶応義塾大学大学院経営管理研究科修了(MBA)。同年日本高圧電気入社。87年スタンフォード大学大学院経済システム工学科修了。98年から日本高圧電気代表取締役社長。2004年中部化学機械製作所(現・エアウィーヴ)代表取締役社長。14年から現職。(エアウィーヴホールディングス代表取締役会長兼社長、エアウィーヴマニュファクチャリング取締役会長を兼務)

※朝日新聞に連載している、企業・団体等のリーダーにおすすめの本を聞く広告特集「リーダーたちの本棚」に、高岡本州さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)

広告特集「リーダーたちの本棚」Vol.73(2015年5月24日付朝刊 東京本社版)