6つの事業領域でイノベーションを起こし、新しい価値の創出を

 創立80周年を迎え、「Value from Innovation」という新たなスローガンを掲げて革新的な製品やサービスを提供している富士フイルムホールディングス。代表取締役会長兼CEOの古森重隆さんは、デジタル化の波によって写真フィルム事業が縮む中、大胆な事業構造の変革を推進し、V字回復に成功。昨年末にはその軌跡をつづった『魂の経営』を出版した。リーダー哲学や今後の取り組みについて聞いた。

 

古森重隆氏 古森重隆氏

──リーダーには何が必要だと考えますか。

 まず、イノベーターであることです。従来の延長線上でものを考えていたのでは、新しい価値を生むことはできません。さらに、読む力、構想する力、伝える力、実行する力が求められます。
  読む力とはつまり、いま何が起きているのかという現状把握力、今後どうなるのかという将来予測力です。そのために役立っているのは、新聞、雑誌、書籍、社内の報告書です。学生時代は哲学書や歴史書をむさぼるように読みました。今は新聞がいちばんの情報源です。新聞を通じて世の中の大きな動きを読み取り、また、様々な業種の動きが分かるので、「この会社は、なぜ今こういう発表をしたのか」「多分こういう理由からではないか」ということを、他の記事にある社会の動きに照らし合わせて感じ取ることもできます。すべての物事は連携しているので、自社が置かれている状況や目標がおのずと浮き彫りになるのです。

 「読む」だけではダメで、その中で自分の会社、あるいはユニットがやるべきことの優先順位を決め、実現するためのプランを構想する力が必要です。私が社長に就任した2000年は写真フィルム事業の最後のピークで、以後、デジタル化の波が押し寄せる中で「本業消失」の危機に直面しました。このときの優先順位の最上位は、「写真事業の売り上げ減少を補う新しい収益の柱を作る」ことでした。そして、実現に向けたプランを作成しました。
  現状と将来を読み、やるべきことを決めたら、それを社員に伝えるために社内報で発信したり、ブリーフィングの場を積極的に設けて富士フイルムの現状や改革の方向性について話すなどしました。

 読み、構想し、伝えたのちは、実行するのみです。大きな改革ほど既得権やリスクなどの観点から種々の反対意見が伴いますが、それを断ち切る腕力がなければリーダーは務まりません。解決を先送りするほど問題は深刻化してしまいます。ただ、「もうけるためには何をしてもいい」では、社会から支持されません。「企業活動を通して世の中に貢献する」という使命感、責任感がなければいけません。「世の中に貢献する」ということは、メーカーの場合、高品質あるいは独特の製品やサービス、即ち「価値」を社会に提供することです。何より重要なのは、断固たる決断を下し、そして確実に成功させることだと思います。成功させ得ないリーダーはリーダーではありません。

──「本業消失」の危機を乗り越えたポイントは。

 写真事業の縮小を受けて事業構造の変革を進めるにあたり、既存の成長事業の強化と新事業の創出を目指しました。リストラも断行しました。その一方で、研究開発の投資だけは減らしませんでした。ケミストリー、エレクトロニクス、メカトロニクス、オプティクス、ソフトウエアなど、あらゆる分野の研究者が集まり、全社横断的な先端研究が可能で、新規事業や新製品の基盤となるコア技術を開発できる「先進研究所」も設立しました。また、設備投資もより積極的に行いました。こうした取り組みにより、様々な新しい事業が育っています。

──創立80年周年を機に、新しいコーポレートスローガン「Value from Innovation」を制定されました。その狙いは。

 当社の事業は多岐にわたりますが、ひとつだけ確かなのは、当社は技術志向の会社であることです。これからも技術への投資を続け、創意工夫によって社会に価値ある革新的な製品やサービスを提供していく。その思いを80周年の節目に再確認し、このように宣言しました。

──これからの成長軸は。

 デジタルカメラやスマホからのプリントなどの「デジタルイメージング」、化粧品、医薬品、医療機器などの「ヘルスケア」、液晶パネル用光学フィルムなどの「高機能材料」、印刷用機材やデジタル印刷機などの「グラフィックシステム」、テレビ用レンズやスマホ用レンズなどの「光学デバイス」、富士ゼロックスの複合機などの「ドキュメント」、主に6つの事業領域です。

 例えば、医療分野。当社独自のナノテクノロジーや物質制御の力を応用すれば、体内への薬の吸収を促進させたり、患部に集中して届く薬を創出したりといった可能性があります。がん治療薬やアルツハイマー病向けの新薬の研究も着々と進んでいます。また、バイオ医薬品の開発にも力を入れています。この分野の開発・生産においては、品質とコストがキーとなりますが、カラーフイルムの高度な品質管理技術を生かすことができます。タッチパネルや液晶ディスプレー用のフィルム材料や電子材料など、高機能材料の分野も成長が期待できます。

創業80周年を記念して2014年1月20日付朝刊に掲載された企業広告 創業80周年を記念して2014年1月20日付朝刊に掲載された企業広告

──断固たる決断を下し、確実に成功させる。その責務の重さははかり知れません。

 判断を間違えるわけにはいきませんから、心身ともにストレスは相当なものです。ただ、ストレスや疲れをためてしまうと、物事の判断に支障をきたします。私は若い頃から水泳、陸上、野球、テニス、柔道と、常に体を動かし、大学時代はアメリカンフットボール部に在籍しました。若いときに鍛えた体力が、いまの自分を大いに支えてくれています。また、リフレッシュの時間を持つようにしています。休みの日にはゴルフを楽しみ、また、お酒もたしなみます。くつろげる温かい家庭があるというのも大事なことです。

──日本の進路について、どのように考えますか。

 日本の産業のポテンシャルは高く、技術力、人材力は、今も世界最強だと思います。ただ、イノベーションを起こして世界市場に打って出てやろうというチャレンジがもっとあってもいい。米国のようにベンチャー企業に投資する社会システムがなかなか育たない日本では、企業自身が未来へ投資し、チャレンジするしかない。その先駆けでありたいと思います。

──愛読書は。

古森重隆氏 古森重隆氏

 大学時代に読んで「我が意を得たり」とひざを打ったのは、『ツァラトストラかく語りき』『善悪の彼岸』など、ニーチェの著作です。ニーチェ哲学の実践編といえる『自分の時代』や、日本人のアイデンティティーを思い起こさせてくれる『日本の知恵 ヨーロッパの知恵』『ライフ人間世界史』シリーズ、『坂の上の雲』も心に残っています。また、最近は寝る前にミステリー小説を読むのが楽しみで、ジェイムズ・エルロイのLA4部作(『ブラック・ダリア』『ビッグ・ノーウェア』『LAコンフィデンシャル』『ホワイト・ジャズ』)などが面白かったです。

古森重隆(こもり・しげたか)
『魂の経営』東洋経済新報社 『魂の経営』東洋経済新報社

富士フイルムホールディングス 代表取締役会長兼CEO

1939年旧満州生まれ。63年東京大学経済学部卒。同年富士写真フイルム(現・富士フイルムホールディングス)入社。96年同社ヨーロッパ社長。2000年代表取締役社長。03年代表取締役社長兼CEO。12年から現職。13年「第二の創業」ともいわれた経営改革の軌跡をまとめた著書、『魂の経営』(東洋経済新報社)を刊行。

※朝日新聞に連載している、企業・団体等のリーダーにおすすめの本を聞く広告特集「リーダーたちの本棚」に、古森重隆さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)

広告特集「リーダーたちの本棚」Vol.61(2014年5月23日付朝刊 東京本社版)