キッチンは人の集まるインテリア空間

 熟練の手仕事から生まれる美。使う人の個性を語る鮮烈な存在感。ライフスタイルを語る空間としてのキッチンを創造し、デザインに高感度な層に支持されるトーヨーキッチン&リビング。渡辺孝雄さんは「ライフスタイルのすべてを包むブランドをめざしたい」という。

トーヨーキッチン&リビング株式会社 代表取締役社長  渡辺孝雄さん 渡辺孝雄氏

――「デザイン」という付加価値に早くから着目し、日本の伝統である漆を扉材に用いたり、1994年にミラノにデザインセンターを開設したりするなど、機能訴求や価格訴求の量産メーカーとは一線を画した独自路線を開拓してきました。

 私は社長に就いた当時、当社の製品は低価格なステンレス流し台の汎用(はんよう)品が主体で、会議は売り上げの話ばかりでした。しかし価格というのは、価値観の裏返しです。例えば千円の消しゴムは高いですが、千円の自転車なら安いでしょう。価格が独り歩きするのではなく、モノとしての価値を構築し、高めたいと私は思いました。その時にキーワードにしたのが、「デザイン」でした。

 デザインを標榜(ひょうぼう)するなら自分も勉強しなくてはと、単身イタリアを訪れました。初めて訪れたミラノ・サローネ(ミラノで開かれる世界的な家具展示会)では先進的なデザインに本当に衝撃を受けましたが、翌日さらに驚くべきことがありました。通訳のガイドと同じ場所を回ると、そこは過去の作品の展示スペースだというのです。すでに古いものだったとは・・・・・・。イタリアンデザインの豊かさを思い知り、日本とのギャップを埋めていかなくてはと考えました。サローネには今年4月にも行きましたが、差は縮まったとはいえ、今もイタリアのデザイン力には驚かされます。

――意匠性や機能パッケージのデザインから、インテリア空間としてのキッチンへとデザインの考え方を進化させ、現在は「キッチンに住む」というコンセプトを掲げています。

 キッチンを「料理する道具」とする考え方は以前からありましたが、「人の集まるスペース」と位置づけたのは、当社が先駆けだったと思います。キッチンを家具のように考えれば、収納性や清掃性といった横並びの価値観ではない、新しい発想が開けます。今では当たり前のアイランドキッチンをいち早く当社が発表したのは2001年。近年は従来のLDKの発想を取り払ったオープンな住環境を志向する人が増え、料理する、食事する、くつろぐといった生活の導線を見直した、自由なレイアウト提案が受け入れられるようになりました。

 私たちは小さなメーカーですから、大量生産でコストが償却できる型をつくるような投資はできません。その代わり、一点一点が高度なステンレス加工技術によるハンドメードで、年間の販売目標がわずか30セットという商品もあります。だからこそクオリティーにこだわることができ、その価値を認めてくださるお客様に支持されています。欧州の高級スポーツカーブランドのように、小さなメーカーには「毒」がなくてはいけないと思います。また、何でも作るというのではなく、すべての製品を貫くスタイルがブランドを高めます。

――この4月には名古屋本社のショールーム「TOYO KITCHEN STYLE 名古屋」をフルリニューアルし、輸入販売展開する家具や照明の展示を大幅に追加しました。またメンズファッション事業を3月からスタートさせ、ご自身がディレクションを担当するなど、ブランドの領域が広がっています。

 新しいショールームは、世界的に活躍するデザイナーの橋本夕起夫さんに設計プランを依頼し、展示についてはインテリア空間全体としての提案をより意識しました。家具輸入事業も扱いが多くなり、信頼関係が深まる中でイタリアのカルテル社のようなトップメーカーと直接販売契約ができるまでになりました。ファッションを手掛けることも自分の中では同じで、トーヨーキッチンが目指すひとつのライフスタイル提案の中に、シンプルでよい素材で、大人が楽しめるカジュアルがあるということです。卸しはせず、自社ショップでのみ展開することで、上質でありながら価格的にも気軽に楽しめるものになっています。

――愛読書を教えてください。

 ナポレオン・ヒルの『成功哲学』です。私は当社の三代目ですが、父の後を継ぐと決め、自分なりの事業展開を考えていた時に、これは人生の指針になる本だと思いました。本書が伝えているもっとも大切なことは、自分はこういう風になりたい、なるんだと常に強く思うことと、それが実現するまであきらめないということだと私は思います。「デザイン」をキーワードに、キッチンに新しい価値観を生み出そうという私の考え方は、最初はなかなか理解してもらえませんでした。それでも自分の信念を曲げずに成功を信じ、やがては花を開かせることができたのは、この本との出会いが大きかったと思います。

渡辺孝雄(わたなべ・たかお)

トーヨーキッチン&リビング 代表取締役社長

1948年生まれ。米ウィッテンバーグ大学卒業。「キッチンに住む」を提唱。キッチンを設備ではなく、インテリア、コミュニケーションの核として提案し続ける。2001年日本で初めてアイランドキッチンを発表。2006年V型のアイランドキッチンを発表し、新しいライフスタイルを生み出すキッチンとして、海外メディアにも注目される。 グッドデザイン賞18回受賞。2006年ドイツIFデザイン審査員。2009年アパレルブランド有限会社GDCの代表取締役社長就任。2011年春、WHEREABOUTSのディレクターに就任し、独自の世界観をアパレルにおいても表現する。

※朝日新聞に連載している、企業・団体等のリーダーにおすすめの本を聞く広告特集「リーダーたちの本棚」に、渡辺孝雄さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)

広告特集「リーダーたちの本棚」Vol.26(2011年5月24日付朝刊 東京本社版)