「ムシューダ」(防虫剤)、「消臭ポット」(消臭芳香剤)、「脱臭炭」(脱臭剤)など、ユニークな商品開発力と強い営業力を両輪にヒット商品を生み出し続けてきたエステー。昨年、社長に復帰した鈴木喬さんは、「これからも価格競争ではなく、価値競争で戦う」と語る。
――「絞り込みと集中」「世にない商品」「スピード経営」を基本戦略に経営刷新を加速させてきた中で、電池式自動消臭スプレー「自動でシュパッと消臭プラグ」と、電源コンセント差し込み式の消臭芳香剤「消臭プラグ」が新しく生まれ変わりました。
「デザイン革命」という新しいメッセージを打ち出し、新製品をスピーディーに登場させることができたのはよかったと思っています。ただ気をつけないといけないのは、社長が「一極集中だ」と言い過ぎると、社員たちはそこだけしか見なくなるものです。就任1年目は気合でなんとかなるものですが、2年目からは新商品というタマが必要。それぞれの分野で「ここを強化しなさい」と細かく指示を出し、この秋からはすべてのカテゴリーにおいて新しいコンセプトを持つ商品を投入します。
今考えていることのひとつは、スリーピングマーケットの掘り起こしです。芳香剤とはこういうもの、脱臭剤とはこういうという思い込みが、市場を眠らせているのです。それを打ち破る商品を生んでこそエステーです。大ヒット商品になった「脱臭炭」にしても、発売前は「脱臭剤にはヤシガラ活性炭を使うもの」という既成概念に阻まれました。ゼリーで備長炭の粉末を固めるなんて営業も反対、販売店さんも反対。でも、ゼリーは取り換え式のヤシガラ活性炭とは違い、減っていくことで効き目が見えます。これがお客様に響くのですね。反対が大きければ大きいほど、「よしこれはいける」と私は思っています。
――世界的な景気低迷の中で再生を託されての再登板ですが、今後の課題は何でしょう。
営業も開発もデザインもすべて重要ですが、世の中で一番遅れているのは営業だと私は思います。旧態依然としていて100年前と変わらないのではないでしょうか。営業というのは芸術であり科学であり、そして気合です。本当のセールスマンシップが社員一人ひとりに徹底されれば、倍ぐらいの売り上げはすぐ達成できると思っています。
開発に関して言えば、僕らが売っているのは決して日用雑貨ではないということです。実用的なものではなくて、面白いもの、心をワクワクさせるものを作っているということを忘れてはなりません。そういった発想があれば、我々の商品の市場が成熟市場だといえないはずです。面白いものは価格競争に巻き込まれません。
――愛読書を教えてください。
私は社内にあまりいない社長なのですが、出張の時には塩野七生さんの『マキアヴェッリ語録』や守屋洋さんの『韓非子 強者の人間学』をかばんに入れていることが多いです。フィレンツェに君臨したメディチ家にささげたマキャベリの言葉は、現在でもそのまま通用するリーダー術の神髄だと私は思います。またマキャベリと並んで韓非にも、その人間を見る力に私は心酔しています。
マキャベリは今から約5百年前、韓非は2千2百年以上前の人物ですが、二人の思想には相通じるものが多く、人の心とは変わらないものだと思わされます。マキャベリや韓非なんて冷血な陰謀家だろうと誤解されている方にこそ、その魅力を知っていただきたいですね。
文/松身 茂 撮影/星野 章
エステー 取締役会会長 兼 代表執行役社長
1935年、東京都生まれ。59年、一橋大学商学部卒業後、日本生命保険相互会社に入社し、法人営業のトップセールスとして活躍。86年にエステー化学(現・エステー)に入社。取締役企画部長、常務取締役、専務取締役などを経て、98年に代表取締役社長兼営業本部長に就任。2005年3月期に過去最高益を達成。07年4月に取締役会議長兼執行役、同年6月より取締役会会長兼執行役グループ戦略担当。09年4 月より社長職に復帰し、現職に。
※朝日新聞に連載している、企業・団体等のリーダーにおすすめの本を聞く広告特集「リーダーたちの本棚」に、鈴木喬さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)