創業100周年、そして世界に普及したうま味調味料「味の素」の販売100周年を今年迎えた味の素。主にマーケティングの分野で手腕を発揮し、企業の大きな節目にグループのかじ取りを託された伊藤雅俊新社長は、「次の100年を目指し、『うま味』発見に始まる創業の精神を中心に新たな価値を創造する」と語る。
――「次の100年」の味の素をどう描いていますか。
1909年に創業した味の素は、昆布のおいしさの秘密がアミノ酸の一種であるグルタミン酸であることを発見した池田菊苗博士と、創業者の鈴木三郎助の、国民の栄養不良を改善し、健康に貢献したいという志からスタートした企業です。その原点にあるのが、池田博士が発見した、現在、5基本味のひとつとなっている「うま味」という普遍的な価値です。
現在の味の素グループには、食品、アミノ酸、医薬・健康という3つの事業グループがあり、この3つは「うま味」の発見に基礎をおきながら互いに重なり合っています。これは味の素グループならではの独自性であり、3つの分野がさらに連携していくことが、人類の健康、食資源確保、そして地球環境に我々が貢献できる道だと考えています。
――新経営体制のスタートとともに、コーポレート・ガバナンスやCSRの取り組みにもより力を入れていますが。
健康や食糧をとりまく問題は、一方に途上国における飢餓の問題があり、一方に先進国に飽食の問題があります。世界の人口が増加している中で食べ物を供給する力を強化することと、おいしさを科学しながら健康に役立つ商品と技術を提供することが、味の素が果たすべき地球貢献です。例えば、開発途上国における不足栄養に対してアミノ酸技術で貢献する、あるいはアミノ酸技術で飼料の栄養バランスを高めるといった取り組みもすでに行っています。
また、今後はグループのあり方をフラットにし、共通の基盤を持ちながら、海外事業開発や共同購入、品質保証など、それぞれの専門性を高めていく経営体制を積極的に推進します。経営者としては、それがお客様のための事業になっているかを常に注視していく所存です。
――愛読書を教えてください。
昔から好きなのは、開高健と池波正太郎の小説やエッセーです。大阪人のパワーがあふれる開高さんと、いかにも江戸前な池波さんは作風こそ違いますが、どちらも人間に対する優しさにあふれ、食べることにこだわっていたという点で共通しています。
また最近読んだ本では、福岡伸一氏の『動的平衡』が印象的でした。イギリスには、“You are what you eat.”(あなたはあなたの食べたものの結果である)ということわざがあります。私はこれをオックスフォード大学ジーザスカレッジ学長のジョン・クレブスさんの講演で聞き、強くひかれました。このことわざは本書でも引用され、福岡氏は「私たちの身体は、それを構成するものは元をたどると食物に由来する元素なのだ」と記しています。
人間の身体は60兆個もの細胞で構成され、本書によればそれらの中身は常に新しい分子に置き換えられているそうです。外見に大きな変化はなくても、内部では創造と破壊を繰り返すことで環境に順応し、サステナブルでいられる。生命の仕組みは、企業や社会のあり方にとっても教訓となるのではないでしょうか。
文/松身 茂 撮影/星野 章
味の素 代表取締役社長
1947年生まれ。71年3月慶應義塾大学経済学部卒業、同年4月味の素入社。99年6月同社取締役。03年4月味の素冷凍食品社長、05年4月味の素常務執行役員、同社食品カンパニーバイスプレジデント兼同カンパニーマーケティング企画部長。05年6月味の素専務執行役員、同社代表取締役(現任)。06年8月同社食品カンパニープレジデント。09年6月同社取締役社長 最高経営責任者(現任)。趣味は30年以上前に商品開発に携わっていた時に興味を持ち始めた料理。最後の晩餐(ばんさん)に食したいのは、たまごかけご飯。炊きたてのご飯に全卵をのせ、味の素としょうゆ、削り節、のりをかける。
※朝日新聞に連載している、企業・団体等のリーダーにおすすめの本を聞く広告特集「リーダーたちの本棚」に、伊藤雅俊さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)