動画サイトでその魅力を知った世界の人々から注目を集める『涼宮ハルヒ』シリーズ。内外の映画祭で高い評価を得たアニメ版『時をかける少女』。松山ケンイチを限定カバーに起用し若い読者を引き付けた文庫版『人間失格・桜桃』。ネット社会の到来を出版の危機と見る考え方とは一線を画し、魅力的なコンテンツを多様なメディアに向けて発信する角川グループ。「新しい波に支配されると思い込み、媚(こ)びと拒絶を繰り返すのは日本人の欠点。自らが次の革新を担う気概をもつべき」と角川歴彦氏は語る。
── 角川文庫60周年を記念して、人気作家が選ぶ復刊本などをフェア展開する「編集長が選んだ角川文庫6冊」が4月に始まりました。
角川文庫が持つ60年間の蓄積を、もう一回発掘し直す試みが非常に成功しているなと感じています。角川の出版理念は芭蕉が探求した「不易流行」。この言葉には不易と流行を分けてとらえるような誤解がありますが、私は父から「流行を追いかけることで変わらない真理が見えてくる」ことだと教えられました。
僕の誇りは、角川文庫に筒井康隆、渡辺淳一、星新一などかつて流行作家と呼ばれた方たちの初出が数多くあることと、その作品の価値が今も不変なことです。何が永遠の名著か。それを判断するのは知識人や出版社ではなく読者です。文学への関心が薄れている現状を安易に受け入れないために、読者と作品が出会う機会を生み出す努力を惜しみません。
──グループの大きな柱となっているコミックも、臨む姿勢は「不易流行」ですか。
私がコミックの可能性を実感したのはコミケ(コミックマーケット)でした。当時からアニメには、キッズアニメと、宮崎駿さんの作品に代表される、大人も楽しめるアニメ、ガンダムやエヴァンゲリオンのようなヤングアダルト向けという大きく三つの分野がありました。ところが既存の出版界にはヤングアダルトの受け皿となるコミックが抜け落ちていて、その供給先がコミケでした。角川は以前からアニメ作家との付き合いがありましたから、彼らを漫画家に育てると同時に、コミケで活躍していた新しいクリエーターたちに創造の場を与えました。いま世界から「クールジャパン」と注目される、日本のサブカルチャー文化の中核を成しているのは、かつて海賊版の巣窟(そうくつ)と揶揄(やゆ)されたコミケにいた彼らです。
── 今年1月からはユーチューブと手を組み、角川のコンテンツを利用した投稿動画を認証した上で広告に活用するなど、ネット上の著作権のあり方に一石を投じています。
グーグルに買収される前のユーチューブの小さな社屋を外から眺めた時、「これはコミケだ」と直感しました。ユーチューブを否定したら、それは自分が老いたことになってしまうと。実際に世界を巡っていると、その地域では公開されてない「エヴァ」や「時かけ」のことを熱心に聞いてくる若い人たちがいます。
ただし、僕らには作家の著作権を守る義務があり、彼らに説明がつかない承認はできません。コミケの前例から考えてみると、パクリとパロディーとリミックスを分けるというのがひとつの方法です。パクリは作家に対し失礼な盗作ですから許されません。パロディーは、現物が何であるかを特定できる作品。これはフランスでは作者の了解なしで認められていて、むしろオリジナルが特定できないパロディーが非難されます。リミックスはさらに技術的な可能性を加えた新しい表現で、例えば初音ミク(歌詞と音階を入力することでキャラクターに楽曲を歌わせることができる音声合成ソフト)で作った作品はこれにあたると思います。日本ではパロディーもリミックスもすべてダメですが、僕は認めるべきだと考えます。言葉を換えると「作者や原作への愛があれば」ということになるでしょう。
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角川氏にとって昔から別格なのは、ベートーベンと黒澤明。「ベートーベンの作品は後世の人がクラシックと呼んだのではなく、彼自身が、『我が作品は未来へと永遠に続く』と宣言したといいます。角川が送り出す作品もクラシックでありたいと思います」。65歳。
- 略歴
- 1943年3月
角川書店(現・角川グループホールディングス)入社 - 1973年9月
取締役 - 1975年11月
専務取締役 - 1993年10月
代表取締役社長 - 2002年6月
代表取締役会長兼CEO - 2003年4月
角川書店が持株会社化に伴い角川ホールディングス(現・角川グループホールディングス)に社名変更、同 代表取締役社長兼CEO分社化で新たに設立された事業会社の角川書店 代表取締役会長兼CEO - 2005年4月
角川ホールディングス 代表取締役会長兼CEO(現任)角川書店 取締役会長(現任)
撮影/星野 章
(『広告月報』2008年11月号)