立ち止まって休んでもいい ふてくされず、希望を持つ

 企業別CM好感度ランキングで2年連続首位を獲得したKDDIの「au 三太郎シリーズ」。クリエーティブディレクターを務める篠原 誠さんは、昔話の登場人物を愛嬌(あいきょう)あるキャラクターに仕立て、コミカルなストーリーを次々と生み出している。浦島太郎役の桐谷健太さんが歌うCMソング「海の声」の作詞も手がけ、2015年にはクリエーター・オブ・ザ・イヤーも受賞。注目を集めている。

師匠が教えてくれた、仕事の面白みと自分の可能性

篠原 誠氏 篠原 誠氏

──広告業界を目指したきっかけは。

 大学の授業でマーケティングに興味を持ち、広告会社に就職しました。入社前から営業職を希望し、クリエーターとして広告を作りたいと思ったことは一度もありませんでした。しかし、なぜかクリエーティブ局に配属されたんです。

 配属後は、先輩のコピーライターについて仕事を覚えていきました。クリエーティブ志望ではなかったので、知識はゼロ。かっこよく言えば白紙です。広告業界では誰もが知る有名写真家の名前を挙げて「あの人のような写真で」と言われても「その人、誰ですか?」という状態。「そんなことも知らないの?」と、あきれられていました(笑)。

──教わったことで印象に残っていることは。

 師匠と仰ぐ、最初についた先輩から言われたことで、今でも指針となっていることが三つあります。一つは、仕事に対する考え方。新人の頃は、誰がやっても同じような単純作業が多かったりしますよね。それに対して師匠は「小さな仕事を何も考えずに取り組むと、しんどくなる。けれども、自分で目標や課題を定義すると、その仕事に意味が生まれる」と教えてくれました。

 例えば、100文字くらいで商品の説明文を書くときも「こんな短い文章は誰が書いても一緒だろう」と思ったりせず、「人に伝わりやすい文章を書く方法を手に入れる」と自ら課題を決める。前向きな気持ちで仕事に取り組むので、完成度も上がります。すると、その仕事を見た人から「小さな仕事も丁寧にやる人」と信頼され、新しい仕事を任せてもらえるチャンスにつながったりする。私もそうやって経験を積んできました。

 二つ目は「キャッチコピーは下手だけど、せりふを書くのはうまい」と言われたこと。キャッチコピーよりはうまいね、くらいの意味合いだったかもしれませんが、うれしかった。それから、せりふで展開する企画を多く考えるようになり、東京コピーライターズクラブ(TCC)の新人賞も、会話劇のラジオCMで受賞しました。気づいたら本当に得意になってきて、KDDIの「au 三太郎シリーズ」もせりふの掛け合いで展開する内容です。

au「三太郎」シリーズ au「三太郎」シリーズ

 三つ目は、師匠以外の人から仕事を頼まれたときのこと。ラジオCMの社内コンペで、せりふで展開するコピーを書きました。しかし、採用されずに落ち込んでいたら「俺はお前に、クリエーティブに関しては何もしてあげられない。だけど、一つだけできることがある。それは、お前のことをいろんな場所で褒めることだ」と励ましてくれました。今、思い出しても胸が熱くなります。特別な素質もない自分のことを「アイツは才能がある、面白い新人なんですよ」といろんなところで言ってくれていたのです。

 それを聞いたとき、師匠が言ったことを誇大広告にしてはいけないと思いました。師匠の言葉を裏切らないためにも頑張るしかない。今でも背中を押してくれる言葉です。

──広告を作る上で工夫していることは。

 どの仕事でも「こうなったらいいな」という目的を決めて、取り組みます。一番分かりやすいのは「爆発的に売れること」。しかし、それだけでは漠然として何をどう表現すべきか分かりづらい。そこで、爆発的に売れる一歩手前の「こういう風に思われたらいいな」ということを設定するのです。行き先がはっきりするので、クリエーティブディレクションもしやすくなります。

 auの場合、クライアントの意向は「好感度を上げること」でした。とは言え、世の中の大半の人たちは、携帯会社について「どの会社もたいして変わらない、ほぼ一緒」だと感じているような気がしました。もちろん、スペックや費用対効果も選ぶ際の基準になりますが、特に若い人たちは「なんとなく好き」という感覚で選んでいるはずです。

 では、どうやったら「なんとなく好き」になってもらえるか。携帯会社をキャラクターに例えて考えてみたところ、他社は「安心感がある」「面白くてヤンチャ」というイメージがありました。それに対してauは際立ったキャラクター性がなかった。そのとき「愛着の持てるかわいいやつ」というポジションがあいていることにも気づきました。カラオケも、ちょっと下手な人がいると、みんなでいじって場が盛りあがったりしますよね。そんな「愛着の持てるかわいいやつ」にauがなれたら、「なんとなく好き」になってくれる人が増えるのではないかと考えました。

 auには「あたらしい自由。」というブランドスローガンがあります。それは、つまり「既成概念を壊して新しいことを生み出していく」というメッセージです。既成概念のモチーフとして選んだのが、日本人なら誰もが知っている「昔話」。浦島太郎と桃太郎、金太郎の3人が友だちという設定にしたり、浦島太郎をちょっと愚直にしたり、桃太郎をより元気にしたり、みんなが思っている昔話のイメージを壊す(=ずらす)ことで、あたらしい自由を表現しようと考えました。ちょっとずらした物語やキャラクターに愛着が感じてもらえるように、ラジオCMのような会話劇にしています。

──auのCMソング、浦島太郎役の桐谷健太さんが歌う「海の声」や、AIさんが歌う「みんながみんな英雄」の作詞も手がけました。

au「三太郎」シリーズ au「三太郎」シリーズ

 キャラクターの設定が濃いキャンペーンは、飽きられやすいという懸念があります。会話劇による展開が続いていたので、合間に感性に訴えかけるような情緒的なシリーズで変化をつけたほうがいいと思っていました。タイミングを見計らっていたとき、「ガラホ」という音質の良さが売りの商品を広告することになり、桐谷健太さんが扮する浦島太郎にラブソングを歌ってもらうことにしました。

 歌詞は私が担当し、昔の人は会えない人を思うとき、自然の中に人の声を探しただろう・・・と想像しながら書きました。桐谷さんは歌がとても上手で、もともと三線(さんしん)を趣味で弾いていらっしゃいました。それを知っていたこともあって、曲のイメージはなんとなくBEGINさんの「島人ぬ宝」という曲を思い浮かべていました。実はそのメロディーに合わせて歌詞を書いていたのです。それでダメもとでBEGINさんに作曲をお願いしたら、なんと引き受けてくれました。

 AIさんが歌うCMソング「みんながみんな英雄」は、2016年の正月用に作ったものです。曲は、オクラホマミキサーをアレンジしています。歌詞については、子どもたちが聞いたとき「今年も頑張ろう」と思える内容にしたいと考えました。なんだか最近、世の中がせせこましくなっていると感じていたからです。ケータイやインターネットは便利だけど、人と人がつながり過ぎてしんどくなっている。そんな風に大人が息苦しさを感じていると、その圧力は子どもに伝わってしまう。きっと子どもは大人より、負担に感じているはずです。だから「休んでいいんだよ」というメッセージを込めて作りました。2番には「走っては休んで、休んでは休んで」という歌詞もあります。

正解の裏にある大正解を掘り当てる

──アイデアの生み出し方は。

 企画が次々と浮かんでくるような才能はないので、人の3倍も4倍も考えています。私の場合、アイデアは作るもの。とにかく考え、掘りさげていく。コツも近道もありません。何も思いつかないときは、制約をかけてみると掘りさげやすくなります。イベントだけで広告するとか駅貼りだけで展開するとか、勝手に制約を作るのです。それで生まれたアイデアを、テレビCMにするなら・・・と広げていくと、思いがけない企画が生まれることもあります。

 「広告には答えがない」と言われたりしますが、私は「広告には答えがたくさんある」と思っています。正解の近くに大正解があったり、大正解の裏に大大正解があったりするのです。それを掘り当てるには、考えるしか方法はない。経験を積めばメソッドが見つかり、もう少し効率よく考えられるようになるのかと思っていたんですけどね。そんなことはありませんでした。

──仕事のだいご味は。

 クライアントの売り上げを伸ばすことが一番の喜びです。クライアントから売り上げが伸びたと連絡があると、テンションが上がり、それまでの苦労は吹っ飛びます。そもそも商品やサービスはクライアントにとって、すべてが発明品です。いろんな人が関わり、投資もしています。それを世の中に出すための広告ですから、「これが一番いいアイデアだ」と思ったとしても、締め切りまで時間があればゼロから検証する。結果を出せば、みんなが幸せになれるんです。そのためにも最後まで粘り強く考えています。

──最後に若手クリエーターにメッセージをお願いします。

 電通に入社して20年以上経ちました。auのキャンペーンは、おかげさまで評判がよく、クリエーター・オブ・ザ・イヤーもいただきました。でも、成功体験ばかりではありません。どんなに頑張って考えても、面白い企画が生まれないこともあるし、担当を外されて悔しい思いをしたこともある。そうした経験から、仕事も人生も人それぞれ、いろいろだと思っています。

 冬から始まる人もいるし、冬が続く人もいる。ただ、秋の次に冬が来るとも限らない。花の咲き方も、咲く時期も人それぞれ違う。「人はいろいろなんだ」と思うようにすると、すごく楽になります。

 それと同時に、誰にでも可能性はあると信じています。その可能性をつぶさないためには、どんなことがあっても「ふてくされないこと」が大切です。周りの成功を素直に喜べなかったり、自分の意見を理解してもらえず悔しかったり、ふてくされたくなることは私にもあります。そういうときは一度立ち止まって休めばいい。それで、もう一度「よっこいしょ」と立ち上がり、歩き出せばいいんです。どんなことがあってもふてくされず、きっとうまくいく、と希望を持つ。そんな風に考えながら、仕事をしています。

篠原 誠(しのはら・まこと)

電通 第3CRプランニング局 クリエーティブディレクター・CMプランナー・コピーライター

メディアにとらわれないキャンペーンの構築からショートフィルムの脚本や楽曲の作詞まで手がける。 最近の仕事に、au三太郎キャンペーンや家庭教師のトライ、パイロット、エステー、リクルートなどがある。 2015年クリエイター・オブ・ザ・イヤー受賞。