クリエーティブにおける「普通」の感覚と、既成概念の殻をやぶる勇気

 北川一成さんが率いるGRAPHが目指すのは、人の心に響くコミュニケーションデザインの創造という。直感的なデザインであっても、論理的に説明できるのが特徴だ。デザインの効果を高めるために、競争原理を働かせる仕組みも提案する。ビジネスセンスの高さも、クライアントから支持される理由の一つだ。

飛び込み営業をしていた日々に痛感したブランドの大切さ

──デザイナーになったきっかけは。

北川一成氏 北川一成氏

 筑波大学を卒業後、親戚が経営していた「北川紙器印刷」に入社しました。デザイナーには憧れていましたが、印刷職人の親から「プロはそんなに甘くない」と言われていたので、大学卒業後は大学院に進学して知的財産について研究するつもりでした。しかし、北川紙器印刷の経営が思わしくなく、手伝ってほしいと連絡があったのです。それで地元の兵庫県加西市に戻りました。

 1989年に、社名をGRAPHに変更することを提案し、デザイン部門も立ち上げました。当時、デザイナーは私1人。営業も製版も配達も何でもやっていました。

 その後、仕事を求めて上京。なんのツテもなかったので、毎日飛び込み営業をしていました。当然ですが、いきなり訪ねてきた、見ず知らずの私に仕事をくれるほど世の中甘くはありませんでした。それでもあきらめず何十社もまわり、ようやくチラシ1枚デザインする仕事をいただけたときのことは、今でもよく覚えています。そのとき、どんなに印刷技術に優れていたとしても、信用がなければビジネスは始まらず、信頼の証しであるブランドづくりがいかに重要であるかを身をもって知りました。

──転機となった仕事は。

酒蔵「富久錦」 酒蔵「富久錦」

 兵庫県加西市で江戸時代から続く酒蔵「富久錦」のCIの仕事は、デザイナーとして転機となりました。富久錦との出会いは、取材がきっかけでした。加西市が運営していたフリーペーパーの企画・編集・デザイン・印刷をGRAPHが請け負うことになり、地元企業の社長さんにインタビューさせていただく機会に恵まれたのです。その1社が富久錦でした。

 当時の専務(のちの社長)にお会いすると、北川紙器印刷からGRAPHに社名変更して再スタートしたことに興味を持ってくれました。ちょうど富久錦も純米酒だけをつくる蔵へと変わろうとしており、そのためにCIを新しくする予定があったからです。

 そして、刷新する予定のラベルを見て、意見を聞かせてほしいと言われました。

 正直に、「レイアウトやデザインはすばらしいと思うが、風土やローカルさが感じられないと思います」とお伝えしました。

 半人前の立場で生意気なことを言ってしまって怒られると思ったのですが、その後「もう一度、会いたい」と連絡があり、専務本人から「デザインを考えてほしい」と頼まれたのです。

 デザインがどんなにすばらしくても、風土やローカルが感じられないと自分たちのアイデンティティーにはならないのではないか。専務もそう思っていたそうです。

 大きな仕事を任されたことは初めてだったので、本当にうれしかった。しかし、そこからが大変でした。意気揚々と会社に戻って話したところ「伝統ある蔵元の看板に泥を塗るようなことになりかねない。丁重にお断りしなさい」と大反対されたのです。

 そこで、富久錦さんに泣く泣くお断りすると、今度は「見積もりだけでも出して欲しい」と言われ、仕方なく先方から断ってくるように、当時の自分にとっては破格の金額で見積書を作成して持って行きました。

 そうしたところ、なんと「ま、こんなもんでっしゃろ」と、承認されたのです。もう観念してすべて正直に話したところ、専務は笑って、「もう北川さんにお願いすると決めていますから」とまで言ってくださった。

 そんないきさつを経て、ようやく引き受けることが決まりました。新しいCIが完成したのは、1991年、私が26歳のときです。それから継続して今もブランディングを手がけています。

──同年代のデザイナーの中で、いち早くJAGDA新人賞を受賞しました。

 広告会社やデザイン事務所に所属した経験もなく、師匠もいない。そのことにコンプレックスを感じていたので、JAGDA新人賞を受賞できたことは、とても励みになりました。JAGDA新人賞の情報が海外にも配信され、さらにイギリスで仕事をしていた妻の紹介で、海外の企業にポートフォリオを見ていただく機会にも恵まれました。その後、国際グラフィック連盟(AGI)からメンバーとして推薦したいという連絡が入り、2001年にメンバーになることができました。まだ国内では無名だったのですが、海外の方から「欧米人のまねをしていない日本人らしいデザインは北川の魅力だ」と評価していただけたのは光栄でした。

競争原理を働かせる仕組みもデザインする

──兵庫県にある観光ルート「銀の馬車道」のロゴマークをリニューアルしました。

「銀の馬車道」ロゴマーク(デザインは制作中のものです) 「銀の馬車道」ロゴマーク(デザインは制作中のものです)

 「銀の馬車道」は、生野銀山で採掘した銀を飾麿津しかまづ(現・姫路港)まで馬車で運んでいた日本初の高速産業道路です。沿線には史跡も残り、約10年前から兵庫県が観光資源として整備し、周辺地域の活性化を目指しています。

 新しいマークのモチーフは、「道」です。マークの上部には沿線の市町村の名前を、下部には「銀の馬車道」というロゴを配置できます。シンプルなデザインにすることで、イメージをぶらさずに、各市町村のオリジナリティーも表現できるのが特徴です。

 重要なのは、地域の方々に愛着を持って活用していただくこと。企業のマークの場合は、レギュレーションを決めてイメージを統一することがブランド価値を高めることにつながります。しかし、銀の馬車道のように市町村がいくつも関与するようなものは、ルールを決めすぎると応用しにくくなってしまいます。そのため、基本は黒ですが、用途に合わせて色を自由に変えてもいい、というルールにしました。

 また、「銀の馬車道」をより魅力的な観光資源とするために、差別化や競争力を高める取り組みも必要だと考えています。そこで、競争原理を働かせる仕組みとして、地域を盛り上げる優れたアイデアに贈られる「銀の馬車道・アイデアグランプリ」や「銀の馬車道・グルメコンテスト」の開催なども提案しています。

 どんなにデザイン性に優れたロゴマークでも、商品やサービス、仕組みそのものに魅力がなければ、売り上げや集客を伸ばすことはできません。デザインは魔法の杖ではないのです。

──「神戸別品博覧会」や「ファーレ立川」のロゴマークも印象的です。

「神戸別品博覧会」ロゴマーク 「神戸別品博覧会」ロゴマーク

 子ども服のファミリアの創業者をモデルにしたNHKのドラマ「べっぴんさん」が10月から始まります。そのタイミングに合わせて、神戸をイメージする商品や、神戸ブランド「特別品=別品」を新開発して販売するプロジェクトが「神戸別品博覧会」です。神戸市内の商業ビルに期間限定で店舗をオープンし、ネットショップも開設。来年2月には東京都内の大手百貨店でもイベントを実施する計画もあります。放送作家の小山薫堂さんをはじめ、ファミリアやアシックスのほか、私もボードメンバーとして参加しています。

「ファーレ立川」ロゴマーク 「ファーレ立川」ロゴマーク

 神戸の港町に世界中から「別品」が集まってくるイメージで、ボードメンバーが目利きとなって商品を選定し、「別品」と認定された商品のみマークを使用できる仕組みです。神戸は日本を代表する国際都市として発展してきた歴史があるため、直感的に日本らしさがイメージできるマークを考案しました。

 ファーレ立川は、東京・立川駅周辺にあるパブリックアートの作品群です。三つの黄金比の四角形を組み合わせた図形は、芸術を通して人類の多様性のすばらしさを伝える、というテーマを親子(父、母、子)の関係性に見立てて表したものです。人類は700万年前に誕生したと考えられ、脈々と続いた生命のつながりを色が変化するマークで表現しています。日本独自のカタカナをロゴに用い、グローバルとローカルを対比させることで多様性を表現。親しみやすさのある字体を選びました。

──最後に、若手デザイナーに向けてのメッセージをお願いします。

 たとえば、スポーツ選手の偉業に感動するのは、常識を超えた結果を出すからだと思います。既成概念にとらわれず、誰も予想しないような発想を生み出すことこそ、クリエーティブだと考えます。その殻をやぶろうとチャレンジする勇気や気概がデザイナーにも求められていると思います。

 その一方で、俯瞰(ふかん)して物事を捉え、普通の人が持っている感覚や感情を知ることも必要です。「デザインのことは素人には分からない」と突き放すのではなく、「どんな風に分かっていないのか」「どう伝えれば分かるのだろう」を考える。コミュニケーションの形をデザインすることが、私たちの仕事だからです。

 GRAPHのデザインは、直感的であっても、論理的に説明できます。芸術家も、優れている人は社会そのものを映し鏡のようにして作っています。人の心に響く表現には、社会と共鳴する部分が必ずあるのです。

北川一成(きたがわ・いっせい)

GRAPH 代表取締役/ヘッドデザイナー

1965年兵庫県加西市生まれ。89年GRAPH(旧:北川紙器印刷株式会社)入社。「捨てられない印刷物」を目指す技術の追求と、経営者とデザイナー双方の視点に立った「経営資源としてのデザインの在り方」の提案により、地域の中小企業から海外の著名高級ブランドまで多くのクライアントから支持を得る。講演・テレビ出演多数。TDC賞、JAGDA新人賞、JAGDA賞など受賞多数。