キリン「一番搾り」、スズキ「HUSTLER」、パルコ公式キャラクター「パルコアラ」など、数々の広告キャンペーンを手がけるアートディレクターの小杉幸一さん。今年の朝日広告賞・広告主参加の部で準グランプリを受賞した、資生堂の企業広告のアートディレクションも担当。レディー・ガガのセルフィー写真と資生堂のロゴを大胆にレイアウトしたデザインは話題となった。博報堂のホープとしても注目されている。
友だち、先生、家族。それぞれが喜ぶ絵を描き分けていた
──広告業界を目指したきっかけは。
子どもの頃から絵や漫画を描くことが好きでした。絵を描く行為そのものよりも、人に見せたときのリアクションを見るのが好きだったんだと思います。だから、自分のこだわりのタッチというのはなく、友だちには漫画、美術の先生にはリアルな絵、祖母には似顔絵など、それぞれが喜んでくれそうな絵を自然と描き分けて見せていました。高校生のときは、ルネ・マグリットやサルバドール・ダリの作品に影響を受けて、まねして描いていました。マグリットやダリの作品の中に潜むメッセージをひもとくのが好きだったんです。それを美術の先生に伝えたら、美大のデザイン科への進学をすすめてくれました。
広告業界に進んだのは、当時、武蔵野美術大学で教えていた工藤強勝先生にアドバイスしていただいたことがきっかけです。美大ではエディトリアルを勉強していたのですが、もっとやりたいことがあるのでは?と相談したんです。工藤先生は現役デザイナーとして活躍されていて、世の中で機能する数々のデザインを生み出していました。そんな工藤先生に相談したくて、美大で教わったこともなかったのに土曜日の夜に思い切って電話したんです。最初は「いきなり失礼だ」と怒られたのですが、相談したら親身になって聞いてくださって、結局3時間くらい話をしました。そのとき、ポスターが好きという話をしたら、マーケティングの仕事をしてもエディトリアルはできる、と教えてもらい、3年生からは広告デザインやキャンペーンを学ぶ講座も受講しました。授業を通じて、子どもの頃から自分がつくったものを人に見せることが好きだという根本的なことを思い出し、広告業界を目指すことにしました。
──クリエーターとしての転機は。
博報堂に入社してから4年間、ずっと同じチームに所属していました。ひとりのアートディレクターのもとで4年間働いたのは、博報堂でも珍しいと思います。チームは部活のような雰囲気で、毎日、チームリーダーである佐野研二郎さんからレッスンを受けているような恵まれた環境でした。日々、インプットし続けていたのですが、あるとき、最初の頃に教わったことを忘れかけていることに気づきました。デザイナーなのでアウトプットすれば覚えると考え、それからはインプットしたら、すぐにアウトプットするように心がけていました。とは言え、まだ会社では自分主体で仕事をする機会はなかったので、友人がつくった会社のロゴをデザインさせてもらったり、イベント用のTシャツをつくるのを手伝ったりしていました。
転機となったのは、入社4年目で受賞したJAGDA新人賞です。一般的にアートディレクターになると「言い訳」が増えてくる傾向があります。クライアントが分かっていない、クリエーティブディレクターがダメだとか、イメージどおりにデザインできなかった理由を誰かのせいにして、だんだん責任感がなくなってしまうんです。けれども、佐野さんは、そういう言い訳が一切ありませんでした。クライアントと自分しかいない、という特殊な環境だったことも影響していますが、そこで佐野さんから学んだことを素直にアウトプットした作品が受賞できたことは自信につながりました。
──新人時代に教わったことで印象に残っていることは。
入社してからずっと「ひとつぼ展」というコンテストに応募していました。チームの他のメンバーも応募していて、入選したりグランプリを受賞したり、みんな次々と結果を出していました。だけど、自分の作品はかすりもせず、落ち込んでいた時期があります。そんな状況を佐野さんに話したら、「目標が1個だからだよ」と言われたんです。目標が1個しかないから、心が折れて自信もなくなる。だから、目標は2個持てばいいとアドバイスされました。たとえ1個の目標が叶(かな)わなかったとしても、もう1個の目標に向かってルートを変えていけばいいんだよって。気持ちの落ち込みはデザインにも反映されてしまうから、心を鍛えることも必要なんです。そこで、私はJAGDA新人賞を受賞するという、もう1個の目標を立てました。だから、JAGDA新人賞を受賞したときは本当に感慨深いものがありました。
今でもときどき、佐野さんの教えを思い出しています。このアイデアだったら何て反応するかな、とか、佐野さんだったらどういうふうに考えるかな、とか想像しています。師匠の存在はやっぱり大きいです。デザインの師匠というより、人として育ててもらいました。そのくらい大きい人でした。
自分事化できる表現を見いだす
──レディー・ガガのセルフィー写真で展開した資生堂の企業広告は、今年の朝日広告賞・広告主参加の部で準グランプリを受賞しました。
学生の頃から朝日広告賞の一般公募の部に応募し続けていました。毎回、グランプリをとるつもりで力作を出品していましたが、悲しいことに1度も受賞したことがなかったんです。だから、私にとっては朝日広告賞は初めての受賞。新聞広告に特化した格式の高い賞なので、その他の広告賞とは違った喜びがあります。
──レディー・ガガのセルフィー写真をつかった大胆なレイアウトも話題です。
若い人にとって資生堂は「お母さんのブランド」と見えてきているという課題がありました。資生堂は、日本の美を牽引(けんいん)し、文化をつくってきた歴史があり、それは広告にも反映されています。けれども、実は、それが今の若い人たちにとっては堅苦しく感じられてしまうんだと思います。
広告用にガガの写真を撮り下ろすという案もあったのですが、そうすると、資生堂の「美」を意識せずにはいられません。また、コピーライターの仲畑貴志さんによる「あなたはあなたでいて。それが、あなたの美しさだから。」というコピーを表現する上でも、写真は作り込まないほうがいいと思いました。そうした話し合いの中から、ガガ自身が撮影したセルフィー写真を使う案に決定しました。iPhoneで撮影したような写真のほうが、若い人は無意識に「自分事化」できるんです。新聞だから美しく仕上げなければいけない、というのも古い概念なのかもしれません。だからこそ、セルフィー写真を使うアプローチが新しく見えたとも言えます。
50紙の新聞それぞれに異なる写真を使うことで、日頃、新聞になじみのない若い人たちにも届けられると考えました。ナンバリングした数字も大きめに入れて、50種類あることをアピール。その狙いどおり、SNSでも拡散され、まとめサイトもできました。
私が気を配ったのは、細かいデザインをしないこと。美しいレイアウトの先端にも資生堂の文化がありますから。資生堂のロゴが大きすぎる、という意見もあったのですが、そのくらい違和感がないと今までと同じように見えてしまう。資生堂の受け皿は広く、すべてを包み込むようなおおらかなブランドであることが伝わるように、あえて大きくレイアウトしました。外部の人間だからこそ、いい意味で資生堂らしくないデザインができたんだと思います。
──これまで手がけた新聞広告について。
ベネッセコーポレーション
私が初めて入稿したベネッセの新聞広告は、額縁に入れて実家で飾ってあります。15段の広告で、10本以上制作し、東大の合格発表に合わせてメッセージを発信した、新聞広告らしい内容のものもありました。佐野さんのもとで新聞広告を入稿するという二つの緊張感が詰まった、思い出の仕事です。
最近は、新聞広告を軸とするキャンペーンは残念ながら減っています。しかし、私はキャンペーンのステートメントを決めるとき、15段の新聞広告を制作することを前提に考えることがあります。誰に何をどういう表現で伝えるか。それを15段という限られたスペースに盛り込むのは難しいのですが、だからこそおのずと要素が凝縮し、ブラッシュアップされるんです。それは、キャンペーンに携わるメンバー全員が共有できるプラットホームにもなるので、Webではこの要素を伝えていこう、ポスターだったらこうしよう、と展開を考えていくときの軸にもなります。
──小杉さんの今の目標は。
今年、カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバルへ行ったとき、海外の作品はソーシャルの意識が強いことが分かりました。そして、ソーシャルな視点が企業やブランドの価値にもつながっているんです。ソーシャルグッドという考え方はありますが、点でとらえることは、もはや古いことにも気づきました。もちろん日本でもソーシャルに対する意識は高まっていますが、広告表現で成功している事例はまだまだ少ない。デザインの力で何かできることや解決策がないか、最近はよく考えています。
CABANE de ZUCCa DAIKANYAMAで開催した「PLAY THE RULE」というデザイン展は、そういう意識の中から生まれたものです。標識をモチーフにポスターを制作したのですが、ポジティブに守ろうと思えるようにデザインしました。標識って怒られているような感じがしませんか?それをデザインによって優しい人格に感じられたら、社会がもっとよくなる気がするんです。
──若手デザイナーに向けてメッセージをお願いします。
私は美大生を応援しています。デザインはみんなのものになってきていますが、アイデアを考えることとアウトプットして見せること、そのどちらも手がけられるのはデザイナーしかいないと思います。美大生は、発想力を鍛えるのと同じくらいアウトプットの質にもこだわるべきです。1ミリの差異にこだわれるのは、デザイナーしかいません。そして、つくったら誰か身近な人に見せること。自己満足で終わらせないことも大切です。デザイナーなんですから!
博報堂 クリエイティブデザイン局 アートディレクター
1980年生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒。主な仕事に、スズキ「HUSTLER」、資生堂「50 selfiesof Lady Gaga」、キリン「一番搾り 」、パルコ「パルコアラ」、ZUCCa、エン・ジャパン「エン転職」、築地玉寿司「もじにぎり」、特別展「ガウディ×井上雄彦」、GABA、東京国 際映画祭2013、本屋「B&B」などがある。 東京ADC賞、JAGDA新人賞、カンヌ国際広告祭<金賞><銀賞>、D&AD、NYADC、ONESHOW、ACC 賞、JRポスターグランプリ最優秀賞、準朝日広告賞、ギャラクシー賞、ADFES グランプリ、釜山広告祭グランプリ、フジサンケイグループ広告大賞優秀賞、インタラクティブデザインアワード、Spikes Asiaなど国内外の広告賞を数多く受賞。