多様な人材のシナジー効果は会社の業績や企業ブランドに直結する

 企業のダイバーシティーを進めるうえで、マネジメント層の意識改革が大きなカギとなる。朝日新聞社主催の「WORKO!」や「CHANGE Working Styleシンポジウム」にも携わり、元祖イクメン、イクボスで、コヂカラ・ニッポン代表の川島高之氏に、ご自身の経験を踏まえた会社経営と、マネジメントにおけるダイバーシティーの重要性について聞いた。

異なるもののかけ算が新たな付加価値を生む

──イクボスを提唱し、男性管理職の意識改革をうながす講演も行っています。最近の企業のダイバーシティーへの取り組みについての印象は。

川島高之氏 川島高之氏

 「CHANGE Working Styleシンポジウム」に参加した企業のように、先進的な取り組みを行っているところもあります。ただ日本の大企業の管理職の多くは、頭では良いことだと理解していても、自身が覚悟をもって取り組むところまでは至っていない気がします。

──「ワークライフバランス(WLB)は経営戦略のど真ん中」と提唱しています。

 企業にとってダイバーシティーが大事だというのは、決してきれいごとではありません。これからの時代に利益を上げ続け、企業として生き残るための「戦略」です。というのも、社会に新しい価値をもたらすイノベーションは、多様な価値観やアイデアのかけ算によってしか生まれないからです。一方、画一的で均質な組織は、今後どんどん競争力を失っていくでしょう。あらゆる製品やサービスは最終的には生活者のためにあります。会社と仕事のことしか知らない人間に、生活者のニーズはつかめません。今、既成概念にとらわれない新しい事業やサービスを立ち上げる女性が増えています。それは彼女たちが、生活者としての視点をきちんと持っているからです。組織とともに、個人が仕事以外の様々な経験を積み、視野を広げ、多様な価値観や発想をもつことが大切です。

──川島さんが男性に子育てや家事、地域活動などに関わることをすすめるのもそのためですか。

 長年、同じ会社で長時間労働を続けていれば、どうしても同じような発想しかできなくなります。会社が人生の中心になりがちな男性は、なるべく会社以外の世界を知り、自分とは異質な人と関わるようにした方が良いと思います。私は三井物産時代にPTA会長も務めましたが、これほど私のマネジメント能力を高めてくれた経験はありません。PTAにはそれこそ多様な価値観や考えの人がいます。ビジネスマンにとって、学校の先生や専業主婦はまさに異世界の住人です。PTAには会社のような数値目標や査定はないし、命令で部下を動かすようなこともできません。そのような状況で、いかに多様な意見をまとめて物事を前に進めていくか。その難しさから比べたら、会社の経営や管理職のほうがよほど楽です。このような「多様な人たちをまとめる力」は、グローバル化が進むこれからのビジネスマンにますます必要とされるものです。私は長年、少年野球のコーチもしてきましたが、そこでの経験も若手社員の教育にとても役に立ちました。

多様な人材のシナジー効果が会社の業績向上をもたらす

──子育てやPTA活動に熱心に取り組むようになったのはなぜですか。

2016年12月6日付 朝刊
「働く」と「子育て」のこれからを考える WORKO!1.28MB

 33歳のとき妻が妊娠したのですが、その直後にタイでの工場の再生を命じられました。そのときは仕方なく単身赴任しましたが、早く日本で子どもと暮らしたかったので、必死で働いて「4年で」と言われた再生を1年半で終わらせました。日本に帰ってからは、子どもが中学を卒業するまでは家族との時間を大切にしようと決めました。転勤は断り、残業はなるべくしないようにしたのです。ただそれを許してもらうためにも、成果は出さなくてはなりません。努力と工夫を重ね、通常の6割の時間で 1.2倍の成果を出すことを、常に心がけて仕事に取り組みました。

──その後、子会社の社長になってからもダイバーシティーを実践し、業績を上げたそうですね。

 社員に残業はなるべくさせず、運動会や誕生日など家族の大事なイベントを優先してもらいました。有給休暇もなるべく取ってもらいました。男性社員にはPTA活動への参加をすすめたので、朝、PTAの会合に参加した後で出社する社員も当たり前のようにいました。育休明けの女性社員に働き方改革の中心になってもらい、人事制度も彼女につくってもらいました。結果的に3年間で残業が4分の1になり、利益が80%増、時価総額は2倍以上になりました。

──なぜそのような成果を出せたのでしょうか。

 社員一人ひとりの段取り力やマネジメント能力が上がり、生産性が高まったこと、さらにそのシナジー効果が大きいですね。互いに助け合わなくてはならないため、コミュニケーションも密になり、チームワークもよくなりました。また今の女性や若者は給料や知名度より、WLBや働きがいを重視して会社を選ぶ傾向があります。多様な人が多様なスタイルで働ける会社のほうが、優秀な人材も集まります。ESG投資(※)によって資金調達コストも下がります。業績が向上したのは当然といえば当然です。

──企業ブランディングやマーケティングの側面ではどうですか。

 いまはブラック企業のイメージをもたれることは、企業にとって大きな損失となります。ダイバーシティーやWLBは企業ブランドに直結します。またマーケティングは、それこそ生活者のニーズをつかんだり、ニーズを新たに生み出したりすることですから、生活者の視点は不可欠です。様々なマーケティング理論がありますが、人は決して理論通りには動きません。現実の社会はどんどん変化していきます。マーケティングの本を何冊も読むよりも、子育てや家事、PTAや地域活動に関わるほうが、よっぽどマーケティング感覚は身につくのではないでしょうか。

(※)企業活動における環境(Environment)、社会問題(Society)、企業統治(Governance)を重視する投資手法

2017年1月14日付 朝刊
CHANGE Working Styleシンポジウム ─働き方を変える─668KB

川島高之(かわしま・たかゆき)

コヂカラ・ニッポン代表、ファザーリング・ジャパン理事

三井物産、系列上場会社社長を経て独立起業。会社員として働きながら子育てや家事、PTA会長、NPO代表を務めた経験を踏まえた講演を年間200本以上こなす。著書に『いつまでも会社があると思うなよ!』。