大胆に残された筆の軌跡と墨の飛沫。茂本ヒデキチ氏の墨絵は、息遣いや汗の匂いが伝わってきそうなくらい躍動感に満ちている。従来の墨絵の静寂なイメージとはずいぶん異なる、いわば新しい墨絵だ。
1枚の作品を描く時間はわずか5分。だが、自分が納得できるその1枚にたどり着くのは決して容易ではないという。
「1週間かけて100枚くらい描いて、描いて、描きまくってたどりつくこともあれば、わずか数枚で閃くこともある。常にどの1枚が最高の1枚か悩みながら描いています。スポーツ選手が練習をしないと『体が鈍る』と言うように、僕も描き続けないと『手が鈍る』。そういう意味では、スポーツと僕の墨絵は似ているかもしれません」
アテネ、北京、ロンドンとオリンピックの度にアスリートを描く機会が増え、2015年夏には、オリンピックとパラリンピック全ての競技種目を墨絵で描くという大仕事に挑んだ。
「いろんなポーズを違うアングルから何枚も描きながら、アスリートの肉体が一番絵になる瞬間を捉える作業は面白かったですね」
墨と筆は、他のどんな画材よりも「正直な画材」だと語る。
「真っ白な紙と向き合った瞬間の、こちらの気持ちがそのまま紙の上に表われます。だからこそ描けば描くほど、どんどん墨絵の奥深さに魅せられていくのでしょう。アスリートの墨絵を極めると同時に、これからは抽象的な墨絵にも挑戦したいと思っています」
墨絵イラストレーター
1957年、愛媛県生まれ。大阪芸術大学デザイン科卒業後、デザイナーを経てイラストレーターに。91年頃から墨を使ったドローイング作品を手がけ始める。アスリートやミュージシャンなど、従来の墨絵にはなかったモチーフを躍動的に描いた作品が国内外で話題を呼ぶ。観客の目の前で短時間で数枚同時に墨絵を仕上げるライブペイントも精力的に行っている。
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