今年11月3日に創業150周年を迎えた松屋。これを機に「デザインとは、気遣いです。」というワードを掲げ、様々な「実験」を展開している。代表取締役社長執行役員の秋田正紀氏に聞いた。
──百貨店を取り巻く環境について、どのように捉えていますか。
私が社長に就任した2007年は、百貨店の経営統合が進んでいた時期でした。「松屋も統合に動くのでは?」と周囲から聞かれましたが、「他社との連携は模索しない。ブランドを高めて筋肉質な会社を目指す」と宣言しました。その翌年に起こったのがリーマン・ショックです。世の流れで減益を免れることはできなかったものの、経営規模を大きくすることより独自性の追求を優先した選択は正しかったと、改めて確信しました。
幸い松屋は、銀座と浅草という立地の魅力にも恵まれています。この独自性に加え、長年培ってきたアイデンティティーがあります。それは「デザイン」です。創業150周年を迎えるにあたり、改めて「デザインの松屋」を強化していきたいと考えています。
──「デザインの松屋」の取り組みについて。
松屋は1950年代前半、商品をデザイナーの視点で選定する「デザインコレクション売場」を設置しました。「デザインコレクション」は、デザインコミッティーの活動を実践する場です。デザインコミッティーは、1953年に創設。デザイナー、建築家、芸術家、評論家など様々なジャンルのクリエイターによって組織され、「デザインの啓蒙」を旗印に国内外の様々なデザインを紹介しています。
150周年に際しては「デザインとは、気遣いです。」というワードを掲げました。モノの造形だけでなく、便利に、心地よく、豊かに日々を過ごしていただくための“気遣い”こそがデザインであると定義し、あらゆる場面で「デザインの松屋」を発揮していきたいと考えています。
具体的な取り組みとしては、デザインコミッティーのメンバーである佐藤卓氏に150周年プロジェクトのクリエイティブディレクターを依頼。アニバーサリー・イヤーの1年間、グラフィックデザイナーの観点から、松屋の館内環境や、催事、販促物などのデザインにおいて、幅広くご協力をいただいています。
──現場の盛り上がりや反響はいかがですか。
創業記念日の11月3日を含む3日間は、木遣(や)りやエレベーターガールの復活など、老舗らしい企画をそろえた「松屋の文化祭」を開催。アニバーサリー・イヤーの1年をかけて様々に展開する「実験」も本格的にスタートさせました。例えば、接客の「当たり前」を見直すため、「いらっしゃいませ」という挨拶(あいさつ)をやめてみる実験。売り場のクルーからは、「いらっしゃいませという挨拶がいかに大切かわかった」「便利な挨拶が使えなくて苦戦したが、お客様とのコミュニケーションを工夫することで、会話につながることも多かった」といった反響がありました。
現在進行中の実験としては、銀座の歩道のタイルを毎日1枚ずつきれいに掃除する実験。「同じ場所で掃除し続けることで、銀座の新しい風景になるかもしれない」「クルーの間に、美化精神がより根付くかもしれない」といった仮説を立て、実践しています。
「松屋の文化祭」でエレベーターガールを復活させた時は、お客様からたくさんの反響があり、「昔、銀座の松屋でエレベーターガールをやっていました」と話しかけてくださる方もいました。
私が販売員たちに伝えたのは、「売り上げよりも、まず私たち自身が楽しもう」ということ。それがお客様にもきっと伝わると思うからです。この秋は、消費増税や天候不順が重なりましたが、「文化祭」は大盛況。ある販売員から「販売の楽しさを思い出しました」と言われた時はうれしかったですね。今後も1年をかけて様々な実験を展開していく予定です。
──来年は東京オリンピック・パラリンピックが開催、訪日外国人客の増加が予想されます。
今年のラグビーワールドカップの時も、外国からのお客様が多くいらっしゃいました。通常はアジアからのお客様の比率が高いのですが、ワールドカップの期間中は欧米からのお客様も目立ちました。おそらくオリンピック・パラリンピックの時も似たような動きがあるのではないかと予想しています。売り上げも大事ですが、それ以上に、銀座や浅草の街を好きになっていただけるような、楽しい思い出作りができるような“気遣い”を心がけていきたいと思います。
──リーダーとしての信条は。
何事もリーダーが率先しなければ人はついてこないと思っています。変わらず心がけているのは、お客様視点です。今、販売員はエスカレーターなどを使用しない決まりになっているのですが、私はあえてお客様と同じ動線をたどって売り場を眺め、“気遣い”ができているかどうか、肌で感じるようにしています。お客様が楽しくお買い物されている姿を拝見すると、それだけで幸せな気持ちになります。小売業の醍醐味(だいごみ)ですね。
──愛読書は。
愛読書というより教科書ですが、「デザインの松屋」の取り組みを進める上で自信を与えてくれたのが、『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』と、『イノベーション・スキルセット 世界が求めるBTC型人材とその手引き』です。この2冊から、デザインが果たす役割や、美意識を鍛えることの大切さを学びました。
松屋 代表取締役社長執行役員
1958年兵庫県生まれ。83年東京大学経済学部卒。同年阪急電鉄(現・阪急阪神ホールディングス)入社。経理や人事などの部門を経験。91年松屋入社。99年取締役。2005年副社長。07年5月から現職。
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(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)
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