18歳人口の減少、教育改革、大学の統合・再編など、大学教育を取り巻く環境の変化が予測される中、大学広報は今後どうあるべきなのか。ステークホルダーにどのような情報を発信すべきなのか。関東学院大学 広報課長兼アドミッションズセンター課長の安田智宏氏に聞いた。
時代の要請に応じ進化する大学教育注力分野やアピールポイントを継続して伝える必要
──教育改革を受けて、社会が大学に期待するものは、どのように変わっていくと考えますか。
我が国では、知識偏重の学校教育が長く続き、企業はマニュアルを忠実にアウトプットできる人材を重視してきました。しかし、我が国の高度成長期を支えた製造業の海外移転を契機に、「昭和」の教育モデルやビジネスモデルが立ち行かなくなっており、大きな転換点を迎えていると考えています。2015年に野村総研が「10~20年後には日本の労働人口の49%がAI(人工知能)やロボットなどで代替可能に」という研究結果を発表し、話題となりました。この未来が刻々と近づく中、早いところでは高校でも「AIやロボットで代替できない能力の育成」の模索が始まっています。当然ながら大学教育にもそうした期待が高まっていくと思います。
──社会の期待に応えるため、大学の広報活動はどうあるべきでしょう。
時代の要請に応じて大学教育は進化しています。ところが保護者や高校教員の多くは自分が受験した時に抱いた大学のイメージを持ち続けていて、そのアップデートには時間がかかります。大学は今現在の注力分野やアピールポイントを継続して伝える努力が不可欠です。また、人口減少に伴い、人手不足や転職が当たり前の時代にもかかわらず、いまでも偏差値や就職率など、社会からの大学の評価基準は大きな変化が見られません。もちろん、評価基準は様々あって良いのですが、本学の場合には、学生の満足度に価値をおいており、大学内の様々な活動の評価を行なっています。生き方や個人の幸せの形が多様化する中、学生の能力や興味とマッチングする情報をいかに提供できるか。大学卒業後の学生の将来像をいかに描いてもらうかが大学に問われています。広告、ウェブサイト、SNS、ダイレクトメール、プレスリリースなどのメディアによる発信のみでなく、高校訪問や進学相談会、オープンキャンパス等のイベントなど、様々なタッチポイントに応じた適切なコミュニケーションを通じて、キャンパスライフや未来の自分自身について想像する機会を提供することが重要ではないでしょうか。
そもそも、我が国で「進路指導」の語源となっている「キャリア・ガイダンス」は、大学への行き方や、企業への就職の仕方ではなく、「生き方の指南」でした。社会や自分自身の未来を考えてもらうことは、原点回帰と言っていいかもしれません。
──貴学の広報活動について、教えてください。
18歳人口の減少や、学修環境のICT化の推進、教育単位の少人数化によるS/T比の上昇、大学の統廃合を促す文部科学省の施策など、今後の動きを見越して本学では広報機能の整備を進めてきました。実は本学は1990年代から20年くらいに渡って広告投資をほとんど行わない時期がありました。しかし志願者数が大きく減ったため、「認知度=魅力度」という新たな認識のもとで広報活動を整備、志願者数を回復させました。
具体的な施策を紹介すると、2012年から3年に渡り新聞広告を展開しました。受験生とその保護者や教員の情報接点は多様化していますが、1次ソースは今も新聞やテレビです。中でも教育関係者の購読率が高くインナー効果も期待できる朝日新聞を活用。「学校で学んだことが、社会に出て役に立ったことがありますか?」など、簡潔でインパクトのあるコピーにより、大学からのメッセージを強く印象づけようと発信した連続広告です。この広告は新聞記者などメディア関係者に訴求する狙いもありました。記者の認知を獲得するとプレスリリースが刺さりやすいからです。実際、3年間の広告出稿の結果、テレビも含めてリリース内容のメディア露出が8倍に増えました。
メッセージとファクトの「言行一致」が信頼形成のカギ
──大学のブランド醸成についてはどのように考えますか。
ショルダーコピーの開発など表層的なブランディングは、成功すれば印象には残りますが、時流のテーマにそのつど対応していくことができません。本学のような総合大学は多様な学問分野を抱えているので、固定したメッセージに集約できない側面もあります。本学の広報課が重視しているのは、信頼形成です。信頼のベースは建学の理念、さらに大学の未来像を示すビジョンです。理念とビジョンをふまえた中長期計画のロードマップや具体的な教育プログラムを学長メッセージと共に学外に発信し、学外のステークホルダーから得た情報を学内にフィードバックする。この構図の中で大学のメッセージとファクトが一致している「言行一致」が信頼形成のカギとなります。本学では、企業や自治体と協働しながら学生の学びをサポートする「社会連携センター」を2014年に開設。企業との共同研究など様々なファクトを積み重ね、その内容を発信しています。学生と関わった自治体の担当者や企業関係者のオーラルの評判も、信頼形成やブランド醸成においてかけがえのない財産になると考えています。
──大学広報を円滑に進める仕組みについてはいかがですか。
一般的な大学広報は、ブランド形成は広報部門、学生募集は入試部門と役割を分け、予算枠を奪い合っているケースが少なくありません。例えば入試部門が強い場合、DMの送付など募集に特化した施策に偏り、社会的な認知の積み上げに予算が回らない状況になります。しかし両部門が協働して予算運用を行えば、厳しさが増す市場環境に合わせて臨機応変に対応できる。本学では、マーケティング、広報、宣伝、 セールスプロモーション、営業の5領域に業務を整理。部門の垣根を越えて各業務の目的を共有し、コミュニケーション効果の最大化を図っています。
──今後の貴学の取り組みについて。
本学は、これからの時代に求められるのは、AIやロボットで代替されない「多様な人々と協働しながら、新しい価値を生み出していく力」だと考えています。このメッセージを軸に、 10年後、20年後、さらにその先の将来を見渡せるような未来志向のコミュニケーションを強化していきたいと考えています。そうした中で、様々なノウハウやデータの蓄積のある新聞社にも期待したいと思っています。
関東学院大学 広報課長兼アドミッションズセンター課長
1970年、横浜・中華街生まれ。小学校から大学院まで関東学院で学び、1995年4月に関東学院大学へ入職。14年間の情報科学センター勤務の後、2009年4月に広報室へ異動。広報課長を経て、2019年4月より現職。2018年から大学マネジメント研究会理事。