2021年3月21日(日)、「世界ダウン症の日」に合わせて朝日新聞朝刊(東京セット版)に掲載された新聞広告が話題を呼んでいる。作家の岸田奈美氏が個人で、ダウン症への理解を広めたいと出稿した異例の企画。出稿の経緯や掲載後の反響について、岸田氏ご本人と、クリエイティブを担当したコピーライターの橋口幸生氏、アートディレクターの岩下智氏に話を聞いた。
「世界ダウン症の日」に合わせて新聞広告を掲載した想い
中学2年生で亡くなった父、心臓病の後遺症で車いす生活になった母、高齢の祖母、そしてダウン症の弟・良太さんー岸田氏は家族とのありのままの生活を主にnoteで発信してきた。2020年秋には、これまでnoteで発表していたエッセイを1冊にまとめた『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(小学館)を上梓。今回の15段広告はこの書籍の告知ではあるものの、狙いは他にあったと岸田氏は話す。
「事の始まりは、私がお金の使い道に悩んでいたことです。2020年12月にnoteで“全財産を使って外車買ったら、えらいことになった”を書いたところ、たくさんの人たちに見ていただき、さらにnoteのサポート機能を通じて約1,700人からお金までいただいてしまった。記事に書いた亡き父の愛車、ボルボは自分で買おうと決めていたのでサポートとして頂いたお金は、ボルボに乗って家族旅行を楽しむために使おうと考えていた矢先、母が病気で入院。旅行に行くことが叶わなくなってしまったのです」(岸田氏)
貯金という発想は無かったのかという質問に、岸田氏は笑いながら次のように答えた。
「昔から貯金があまり好きじゃないんです(笑)。しかも今回は読者のみなさんが、“岸田に楽しんで使ってほしい”ということで集まったお金。意志を持ったお金をそのまま置いておくことに、違和感を感じてしまったんです。そんななか、ふと横を見るといつもと異なる環境のなか弟の良太がすごく頑張っていることに気づきました。環境の変化はダウン症の人にとってすごくストレスになるのですが、弟は母が入院という状況でつらそうな私に“一緒にご飯をつくろう”と声をかけてくれたり、精一杯気づかってくれて。そこでこのお金は、弟が喜ぶことに使おうと考えるようになりました」(岸田氏)
愛があふれるポスターの存在が新聞広告出稿を後押し
新聞広告の出稿へと踏み切った大きな理由が、もうひとつあったと岸田氏は言う。それがポスターの存在だ。カメラマンの幡野広志氏が撮った家族写真に加え、四隅には並べると家族4人がそろうイラスト、そして「人生は、少しずつ、少しずつ、大丈夫になってゆく。」のコピー。この温かみのあるポスターは、以前より岸田氏と交流があったコピーライターの橋口氏とアートディレクターの岩下氏が、あくまで自主的に製作したものだ。岸田氏はこの件について、noteに「なんか“岸田さんの本がすんごいよくて、なんか、作っちゃいました”と、この状態でいきなり持ってきてくれた。」と記している。
15段カラー376KB
このポスターが出来上がった経緯について2人は次のように語る。
「岸田さんの本を読んで、まず“全編キャッチコピーみたいな内容だな”と感じたんです。もともとキャッチコピーもあるし、写真もあるわけですから、組み合わせるとすごくいいポスターになるんじゃないかなと思い、岩下に声を掛けました。メインの“人生は~”のコピーは、岸田さんの人柄や、ご家族のパーソナリティーがもっとも伝わるコピーだと思い、選びました。じつは自分でコピーを考えたこともあったのですが、あまりうまくいかなくて。ほぼ岸田さんの言葉をそのままキャッチコピーとして活かしました」(橋口氏)
「私も岸田さんのファンだったので、協力できることがあるのならぜひ、と引き受けました。家族のイラストを4分割するアイデアは、もともとあったイラストを4分割したものなので、うまくいく確証はなかったのですが、やってみるととてもしっくりときました」(岩下氏)
こうして岸田氏の手元に届いたポスター。「多くの人に見てもらいたい」と感じるのは当然だ。
「書店さんにポスターとして貼ってもらおうとも考えたのですが、そうすると書店に足を運んだ方にしか見てもらえない。そのときに思いついたんです。“新聞にこのポスター載せたらいいやん!”と(笑)。新聞に掲載されればより多くの人に見ていただける。このポスターをきっかけにしてダウン症のことを知ってくれる人が増えたら嬉しいな、と思いました。そこから新聞の掲載に向けて具体的に動き始めました」(岸田氏)
Twitter上にあふれる共感、多数の書店がポスター掲示へ協力
こうして2021年3月21日(日)朝日新聞東京版朝刊に全15段広告が掲載された。3月21日は国連が制定した「世界ダウン症デー」。ダウン症のある人たちの多くは21番目の染色体が3本あることから、この日に定められている。掲載後の反響について岸田氏は次のように話す。
「掲載が東京版だったので、神戸在住の私にはすぐに見ることができなかったんです。そこでTwitterで“世界ダウン症デーに広告が出ます!”と事前告知し、紙面をSNSにアップしてくれるよう呼び掛けていたところ、本当にたくさんの方がアップしてくださってうれしかったです。なかには新聞を4部買って、家族のイラストを合わせてくれた方や、部屋に貼ってくれたという方も。家族にダウン症の方がいるという方から、“考えてくれている人がいることが分かってうれしかったです”というメッセージも届きました」(岸田氏)
橋口氏と岩下氏にも反響後の感想を聞いた。
「これまで新聞とtwitterのユーザー層はまったく違うと考えていましたが、力のあるコンテンツであれば新聞広告はこんなにもtwitterで話題化するのだという新鮮な驚きがありました」(岩下氏)
気になるのが弟・良太さんの反応。岸田氏は、「スマホの画面で見せたら、“これ、俺やん”とすごくうれしそうにしていました。新聞が郵送で送られてきたときは、新聞を持って作業所に出かけていったので、おそらく自慢しているのだと思います。手にもって見せられるのも新聞ならではだなぁと改めて感じました」と笑顔で教えてくれた。
今回の新聞広告に掲載に合わせて、岸田氏は抽選で100名にポストカードをプレゼントする企画と、協力してくれる書店にポスターを無料で送る企画をnoteで実施。こちらも予想を超える大反響で、当日はポスターを掲示して書店店頭でフェアを開催している様子をアップした投稿も多数見られた。書店だけでなく地域のサポートセンターから「ポスターを貼りたい」という問い合わせもあったという。
新聞広告がダウン症への理解の輪を広げるきっかけに
掲載後、SNS以外でも今回の掲載の影響が広がりつつあることを実感していると岸田氏は言う。
「少し前から弟が通える水泳施設を探しているのですが、知的障害のある人の受け入れは難しいということで断られていました。しかし新聞広告を出した後に、ある施設の方から“新聞で見たのをきっかけにnoteを読みました。岸田さんのご家族に協力したいという従業員が多いので、前向きに検討しています”という連絡をいただいたんです。そのとき、新聞広告をきっかけに、弟のことを“ダウン症の人”ではなく、岸田良太という“個人”として見てくれる人が増えたのだとうれしくなりました。“社会全体を変える”だなんて大きなことは言えませんが、言葉とデザインの力を借りれば、小さな変化は起こせるはず。これからも小さな変化がいたるところで発生するよう、私なりに働きかけていきたいと思っています。」この言葉には橋口氏、岩下氏も同意。デザインやコピーの力で誰もが生きやすいように社会を変えていける可能性はあるのでは、と三者での話は盛り上がりを見せた。
最後に新聞という媒体についてお聞きした。
「今回、新聞広告を掲載したことで、“紙の良さ”を再確認しました。あのスケールのクリエイティブがパッと目に飛び込んでくる体験は、新聞だからできること。手元で見られるのもすごくよかった。良太も喜んでいました。今回の新聞広告を見て世界ダウン症デーを知ってくれた人も多いと思うので、また言葉とデザインを考え抜いて、ハンディキャップをポジティブに発信していく機会をつくりたいと思っています」(岸田氏)
作家
1991年生まれ、兵庫県神戸市出身、関西学院大学人間福祉学部社会起業学科2014年卒。在学中に株式会社ミライロの創業メンバーとして加入、10年に渡り広報部長を務めたのち、作家として独立。
世界経済フォーラム(ダボス会議)グローバルシェイパーズ。 Forbes 「30 UNDER 30 JAPAN 2020」「30 UNDER 30 Asia 2021」選出。2020年9月『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(小学館)、2021年5月『もうあかんわ日記』(ライツ社)を発売。
コピーライター
株式会社 電通所属。コピーライター、クリエーティブディレクター。
最近の代表作はロッテ ガーナチョコレート、鬼平犯科帳25周年記念ポスター、出前館など。著書に「100案思考」「言葉ダイエット」がある。
アートディレクター
株式会社 電通所属。アートディレクター兼デザイナー。
主な仕事に「Honda FIT」「日清 カップヌードル」「bayfm SAZAE RADIO」など。著書に「『面白い!』のつくり方。」