2024年6月6日の朝日新聞朝刊。この日、東京ディズニーシーに新たにオープンしたテーマポート「ファンタジースプリングス」について、全4ページにわたる広告が掲載された。15段の広告2ページと二連版広告がページ送りで配置される、大規模なものだった。東京ディズニーリゾートを運営する株式会社オリエンタルランドは、今回の新テーマポート開業にあたってこれまでにないコミュニケーション施策を実施した。この新聞広告に込められた想いと制作秘話を、同社マーケティング本部マーケティングコミュニケーション部長の久保哲也氏に伺った。
一大事業の新テーマポートのオープン これまでにない手法で伝える
世界で唯一、海をテーマにしたディズニーテーマパーク、東京ディズニーシーの中に8番目のテーマポートとして作られた「ファンタジースプリングス」。
テーマは、“魔法の泉(springs)が導くディズニーファンタジーの世界”だ。映画「アナと雪の女王」、「塔の上のラプンツェル」、「ピーター・パン」を題材にした3エリアと、パーク一体型ホテル「東京ディズニーシー・ファンタジースプリングスホテル」で構成されている。
1983年に開園した東京ディズニーランドは約1800億円、2001年開園の東京ディズニーシーは約3350億円の総事業費をかけて完成した。今回のファンタジースプリングスでは投資額が約3300億円、総面積として約14万㎡ものエリア拡張を行った。
「ファンタジースプリングスは、2つのテーマパーク設立時と同等の大規模なエリア開発となりました。東京ディズニーリゾートにとっては、約20年に一度の一大事業の位置付けとなる出来事だったのです」と久保氏。
そのため、「1983年の東京ディズニーランドの開業以降、40年にわたり日本の中でディズニーテーマパークが果たしてきたことは何だったのか。単なるレジャー施設としての楽しさを越え、ここを訪れていただいたゲストの心に何を残してきたのか。一言で言うと『ハピネス』なのですが、ひとりひとり、その時その時で異なるものがある、と思うのです。ファンタジースプリングスの開業は、そうしたことを考え伝えていく良いタイミングだと思いました。それを、これまで採用していた一律のコミュニケーションに当てはまらない、新しい手法で展開していこうと考えました」と続ける。
オープン前から行われた開業100日前セレモニー、開業前夜祭の配信イベントなどさまざまな企画を通して、機運を高めていく。
「ディズニーが大好きで、テーマパークに親しみを持つファンの方だけでなく、より広く、いろいろな方々に今回の新しいテーマポート登場の喜びを感じ取っていただきたい。そこで、多角的に、さまざまな手法でアプローチをしていこうということになりました。新聞への広告出稿も、その一環だったのです」
そうしてオープン日の朝、4ページを大胆に使った新聞広告が世の中に届けられた。
「頭と心に届けたい」 新聞の特性を生かした大胆なクリエーティブ
東京ディズニーリゾートとして、新聞広告を選んだ意図はどこにあったのだろう。
久保氏は「いくつか理由はあるが、やはり新聞は『媒体としての説得力』を持っている」と話す。
「オープン日の朝、より多くの方に最初に目にしていただけるのは新聞だろうと思ったのです。新聞を購読している幅広い世代に向けて、純度の高いメッセージを届けられる、という期待がありました」
オープンの報を大きく打ち出すことに意味があった一方で、単なる開業のお知らせだけには留まらないユニークな仕掛けを作った。
「日本に東京ディズニーランドが登場してから約40年。我々がやってきたこと、そしてこれからやっていきたいことをあらためて表現しよう、と。『これまでの歴史を振り返りながら、新しい日につながっていく』という作りになっているのです」
全4ページにわたる壮大な構成は、新聞というフィールドを存分に生かし、広告表現の可能性を広げるクリエイティブな内容となった。
広告は朝刊の中ほど、13面、15面、16~17面(二連版)と、ページをめくるたびに次の広告が現れる「ページ送り」で配置。13面には東京ディズニーランド開業時の、15面には東京ディズニーシー開業時の写真が、現在のテーマパークを背景にして重ねられている。各ページのビジュアルは、写真がそれぞれの時代における“今”を切り取ったもので、背景がそこから見た“未来”を表している。
「制作当初は他にもイメージの候補があったのですが、『開業の日を今に重ねる』というアイデアで、オープン日の一枚を大きく使用することで、より写実的というか、歴史を真摯に表現できたと感じています」
それぞれのページの左下には「夢のページをめくろう。」というコピーがあり、その通りに東京ディズニーランド、東京ディズニーシーと2回ページをめくると、16〜17面(二連版)に現れるのはファンタジースプリングスの全容。大海原を背景にして、新テーマポートの上空イメージが見開きで大きく広がる。
今日この日、新たな歴史が開かれる高揚感と共に、東京ディズニーリゾートが世の中に伝えてきた、変わらない想いが伝わってくる。
「今回の新聞での広告展開では、我々が提供する価値とは何なのか、というメッセージを伝えることとともに、これまでにないようなユニークな表現をしたいと考えました」と久保氏は言う。
「1枚ずつページをめくって、それぞれの時代を振り返りながら、今日のお知らせに触れていただく。イメージやテキストといったビジュアルだけでなく、『めくる』という動作も含めて楽しんでいただけたら、と考えました。文字を目で追って、手を動かして、頭と心にじっくりお届けしたい。そうすると、新聞での表現が最適なのではないかと思いました」
節目に歴史と想いを刻む 「新しい一歩を共に喜べる内容に」
コピーにもこだわり抜いた。東京ディズニーランド、東京ディズニーシーのページに載せたメッセージは、それぞれのテーマパーク開業時に深く関わってきた方に丁寧にヒアリングを行ってまとめたものだ。開業時に掲げた決意、そして今も変わらぬ想いが綴られている。
「限られた紙面のなかで、いかに凝縮したメッセージを詰め込めるか。実際にパーク開園に携わった方たちの想いを文字にのせることで、より深みのある内容になったと感じます」
東京ディズニーリゾートの約40年を振り返り、自らの人生のフェーズと重ね合わせる読者も少なくなかった。久保さん自身も紙面を手に、初めての来園の記憶を振り返る。
「私は開園初年度に東京ディズニーランドに遊びにきたのですが、その時のことは今でも鮮やかに覚えています。今回の新聞広告を手に取ったシニア層の方々が、『来園の思い出を子どもや孫と語り合った』という話を聞いて、とても嬉しく思いました」
広告が掲載された6日の朝には、X(旧Twitter)でも「読んでいると胸が熱くなる」「これは保存版」と、好意的な投稿が相次いだ。この広告を手に入れるために「コンビニに新聞を買いに走った」というエピソードも。
当日にしか手にできない貴重さ、ずっと手元に置いておきたくなる価値あるものという点も、新聞広告の持つ特性のひとつだろう。
さらに、この広告制作を通して思わぬ副産物があった。
掲載後に社内で広告に関するヒアリングを行ったところ、働き始めたばかりのキャストや、現場の最前線を担う若いキャストたちが、今回の広告の表現や目線に対してより強く共感してくれていたことがわかったのだ。
久保氏は「東京ディズニーランドや東京ディズニーシーが開業した後に生まれてきたキャストたちに、開業時の想いを受け止めてもらう機会になったのです」と評価する。
「企業にとって大きな出来事の時に歴史を振り返ることで、『当時、どのような想いで東京ディズニーランドが作られたのか』をしっかりと残すきっかけになりました。今は当たり前に存在している東京ディズニーランドや東京ディズニーシーにも、最初の一歩となる日があった。一人ひとりが感じるディズニーに対しての想いをあらためて共有でき、新しい一歩を共に喜べる内容になったのではと感じています」
これからも夢は続く ディズニーが世の中に与え続ける価値
あらゆる世代の人々が楽しめる“ファミリー・エンターテイメント”を基本理念に掲げるディズニーの世界。「パークを訪れたゲストたちに、『楽しかった』というだけで終わらない価値を提供し続けたい」と久保氏は言う。
企業が未来のビジョンを内外に示すためのコミュニケーション施策と、新聞広告のクリエーティブは親和性が高い。今回の広告は、新テーマポート完成という大きなタイミングで、東京ディズニーリゾートが世の中に伝えていきたいことは何なのかを立ち返って考え、「宣言を兼ねたコミュニケーション」となった。
今回の広告で描かれた、ファンタジースプリングスの全景と、その背後に広がる大海原。それは、ファンタジースプリングスの歴史が始まった2024年6月6日という“今”と、これからも続く“未来”への航海を表現している。
「今の時代はいろいろな価値観があり、そしてこれからも新しい価値観がどんどん世の中に生まれていきます。世界のディズニーリゾートの共通のテーマは『夢がかなう場所』です。東京ディズニーリゾートは、これからも一人ひとりの夢が広がっていく場所だということを表現し続けます」