カテゴリーエントリーポイント(Category Entry Points、以下CEP)とは、生活者がある商品カテゴリーを必要とする際のきっかけとなる状況・欲求・文脈を指す。ブランドは単に認知されるだけでなく、こうした購買場面で思い出されるきっかけをなるべく多く生み出すことが求められる。
ブランドは“思い出される場面”で選ばれる
マーケティングの現場では、「ブランドを好きになってもらう」「ファンをつくる」「独自の世界観を深く届ける」といった言葉がよく使われる。もちろん、それらは重要である。しかし、実際の購買行動は、必ずしもブランドへの強い愛着や明確な態度から始まるわけではない。
というのも、生活者は、日常のなかで常にブランドについて考えているわけではないからだ。実際にあなたが何かを買う場面を思い起こしてもらいたいが、「喉が渇いた」「小腹が空いた」「仕事終わりに一息つきたい」「週末に家族で過ごすものを用意したい」といった、具体的な状況や欲求が先に立ち上がるのではないだろうか。
そのとき、限られた候補の中にどのブランドが入ってくるか?
ここに、CEPの重要性がある。
例えばビールであれば、「暑い日にすっきりしたい」「仕事終わりに飲みたい」「友人と集まる」「少し贅沢したい」といった文脈が考えられる。こうした状況・欲求・文脈こそが、カテゴリーへの入口であり、ブランド想起のきっかけとなる。
そこで関係してくるのが、以前この連載でも触れた「メンタルアベイラビリティ」である。
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これは、生活者が特定のブランドや商品を「思い出しやすい」状態を指す概念である。過去記事「ダブルジョパティの法則」でも、ブランドが成長するうえで、ロイヤルティだけでなく広く想起される状態をつくることの重要性に触れた。
ただし、「思い出されやすい」といっても、それは単にカテゴリー名を聞いたときに最初に思い浮かぶ、という意味だけではない。ブランドは商品カテゴリー名だけでなく、生活者の状態や購買環境など、さまざまなキューを通じて想起されると整理されている。
つまり、ブランド認知を高める、という言い方だけではまだ「粗い」ことがわかる。重要なのは、どの生活場面で、どの欲求と結びついて、どのように思い出されるかである。CEPという概念をインストールしておくと、この“想起の場面”を設計対象として捉えるための視点が手に入るということだ。
CEPを起点にコミュニケーションを設計する
CEPの考え方が有効なのは、それが実務に落とし込みやすいからである。ターゲットを「20代女性」「都市部のビジネスパーソン」といった属性で捉えるだけでは、実際にどの場面でブランドが想起されるべきかは見えてこない。一方でCEPは、「誰に」だけでなく、「いつ、どこで、どんな気分や課題のもとで、そのカテゴリーが必要になるのか」を考えるための視点を与えてくれる。
したがって、クリエイティブ・広告表現はもちろん、メディアプランニングにも深く関わってくることがわかる。広告は単なるリーチの獲得ではなく、生活者の文脈に合わせた想起機会の設計へと近づいていくことになる。もちろん、CEPは店頭、検索、SNS、ECといった接点を横断するので統合的なコミュニケーション(IMC:Integrated Marketing Communication)が求められる。
例えば菓子や飲料のカテゴリーでは、「小腹が空いた」「たまにはジャンキーなものが食べたい」「休み時間に気分転換したい」「誰かとシェアしたい」といったCEPが購買の入り口になる。こうした入り口が見えていれば、テレビCMのメッセージ、SNS投稿の文脈、店頭での訴求、EC上の商品説明を、同じ想起のきっかけに向けて揃えることができる。
さらに、CEPは消費財だけの考え方ではない。例えば法人向けサービスであっても、「新年度に予算を組む」「既存ツールに不満が出る」「社内説明のために比較資料が必要になる」「競合他社の導入事例を見て検討が始まる」といった入り口がある。ブランドが想起されるのは、単に認知されているからではなく、こうした具体的な業務上の文脈と結びついているからである。
では、そのCEPをどう定義するべきか?
つい先日刊行されたジェニー・ロマニウク著『ブランディングの科学4―ブランド健康診断篇』(2026年、朝日新聞出版)では、CEPの特定の仕方が紹介されている。
- その商材の(社内)専門家に尋ねる
- 使用実態調査、エスノグラフィー等の一般調査からの読み解き(二次調査)
- オンラインデータマイニング、ソーシャルリスニング
- カテゴリー購入者を対象とした一次調査
いわく、上記4つが主な検討すべき手段であり、④が最も採用するべきものだが、費用などの点で難しい場合は①~③を組み合わせるべきだ(同書・第五章)。
このように、CEPが教えてくれるのは、ブランドづくりを「認知の量」だけでなく、「想起される文脈の量と質」として捉える視点である。広告は、生活者の心の中にブランド名を一方的に刻み込むためだけのものではない。日々の暮らしの中で生まれる小さな欲求や状況に、ブランドが自然に結びつくための記憶の入り口を設計する仕事でもある。
商品・ブランドは、抽象的な好意の中で選ばれるのではなく、具体的な場面の中で思い出されることで選ばれる。CEPとは、その当たり前でいて見落とされがちな事実を、マーケティングの実務に引き戻してくれる概念なのである。
天野 彬(あまの・あきら)
DCXforce執行役員 Chief Strategy Officer
1986年生まれ。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了(M.A.)。株式会社電通にてSNSを中心としたデジタルマーケティング分野の研究開発、戦略コンサルティングを牽引。2026年より現職。主著に『新世代のビジネスはスマホの中から生まれる―ショートムービー時代のSNSマーケティング―』。その他、『シェアしたがる心理』、『SNS変遷史』、『情報メディア白書』(共著)、『広告白書』(共著)等。日本広告学会理事、明治学院大学社会学部非常勤講師。
参照文献
ジェニー・ロマニウク著、前平謙二訳、加藤巧監訳 『ブランディングの科学4―ブランド健康診断篇』(2026年、朝日新聞出版)