デジタルとリアルの融合で生まれる体験と可能性

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左から髙橋氏・中島氏

 連載第7回は、博報堂生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 コピーライターの髙橋良爾氏と、エクスペリエンスプラナーの中島優人氏が登場。テクノロジーの進化に伴い、デジタルとリアルは横断から融合へと向かっており、中島氏と髙橋氏はその状況の中で新たな体験を生み出すことに関心を寄せているといいます。そんな両者に、インターフェースを制作する上で得た知見や、クリエイターという職能の拡張性などについて聞きました。

博報堂グループにおいて、クライアント企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を、マーケティングDXとメディアDXの両輪で統合的に推進する戦略組織「HAKUHODO DX_UNITED」。その唯一のクリエイティブ部門である「生活者エクスペリエンスクリエイティブ局」は、“潜在需要を発掘し、生活者の新たな好意・行動を喚起し、よりよい生活、社会を創り出す”といった価値創造型のDXをリードする部門です。キーワードは、「愛されるDXは、カタチにできるか?」。このテーマに取り組むメンバーたちの多様な視点をご紹介していきます。

デジタルとリアルの融合で体験の価値を進化させる

──デジタルとリアルの融合について、どのようなアプローチで取り組まれていますか。

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中島氏

中島:デジタルとリアルを組み合わせることは、僕に限らず広告プランナーなら誰もが行ってきました。コミュニケーションを設計するときはモバイル、テレビ、屋外広告など複数の接点を横断することがほとんどです。最近はテクノロジーによって、デジタルとリアルは横断するものから融合するものへと進化しつつあります。1つの接点の中で、デジタルとリアルのいいとこ取りができるようになりました。もともと新しい体験を生みだすことに興味を持っていたので、デジタルとリアルの融合によって体験を進化させていく可能性を探っているところです。
 デジタルとリアルの融合には、大きく2パターンあると思っています。ひとつは今までリアルだったものをデジタルに拡張するパターンで、いわゆるデジタル化です。たとえば試着など、これまでリアルで行われていた体験にデジタルの強みを掛け算して、より強い体験へ拡張させる企画に取り組んでいます。
 もうひとつは、これまでデジタルで完結していたものを、リアルに定着させるパターン。ある仕事では、クライアントがデジタルプラットフォーム上で活用してきた技術を、プロダクト開発や空間開発に応用できないかを模索しています。
 広告会社の強みは、リアルとデジタルどちらの施策も手掛けていて、双方の長所と短所を知っていること。だからこそ互いを融合し、体験に進化を生みだせたらと思っています。

──デジタルとリアル、それぞれの「いいところ」を教えてください。

中島:リアルのいいところの一つは、やはり身体性です。実際に触れたり、大きさを実感することができます。他には、体験の完全な再現ができないという希少性や、最近はNFT(※)の登場でリアルだけと言い切れないですが、所有できる喜びなどもあると思います。
 一方、デジタルは記録や計測が得意です。物理的な制約に縛られない演出もできますし、同じ体験を均質に与えることも可能です。リアルとデジタルそれぞれにいいところがあって、その知見は今後さらに蓄積すべきだと思っています。

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髙橋氏

髙橋:デジタルは、完成した後にアップデートできるのもいいところですよね。デジタルと融合していないプロダクトは、出荷した後に不具合が見つかっても改善できません。
 ただ、デジタルとリアルを融合させるという「手段」が目的になってしまうと、本質とずれてしまいます。大切なのは、何をどう解決すべきなのか。それを軸に、手段を選ぶ。AIARを活用することは、あくまでも手段であって目的ではないですよね。

中島:どんな体験を生活者が求めているか。体験価値から考えることが大事ですよね。1年に1度でも、思い出に残る体験をしてほしいのか。24時間関係性を保ち続けたいのか。企業の目指すことやこれまでの活動によっても、融合の方針は変わってくると思います。

※NFT(非代替性トークン):偽造不可な鑑定書・所有証明書付きのデジタルデータ

──単に技術が進歩したから、リアルとデジタルを融合させていくのではなく、あくまでも生活者起点で考えるということですね。

中島:あくまでも、生活者の願いをよりダイレクトにサポートするための手段だと思っています。例えば、シリアルを買う人の本質的な理想は「忙しくても気持のいい朝を過ごしたい」かもしれない。だとすると「朝気持ちよく目覚める」という体験まで含めて提供できるかもしれません。まずは「もしもこういう人になれたら…」「もしもこんな生活ができたら…」といった根源的な願いを想像してから、リアルとデジタルの融合やテクノロジーについて考えるようにしています。

髙橋:広告枠の増加についても考える必要があると思っています。人の寿命の長さは変わっていないのに、広告枠だけが次々と増えていく。それって生活者にとってはどうなんだろう・・・と思うことはあります。
 まず、アナログよりもデジタルのほうが、クライアントに選ばれやすいという傾向があります。駅構内や街中のアナログの屋外広告は、サイズが大きく、電気も使わず、24時間掲出されている。気になったら、次の日、あらためて見ることができる。しかし、アナログな広告は、どれくらい見られたのか厳密には計測できません。つまり、費用対効果が出しづらい。だから、サイズが小さくて、1回10秒から15秒くらいしか表示されなかったとしても、デジタルサイネージがクライアントに選ばれる理由の一つとしてあります。

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中島:ブランド主語で、効率化や最適化といった文脈から語られることが多いデジタルですが、だからこそ僕たちは生活者を主語にして考えてみたいです。生活者にとって本当にうれしいことは何か。効率よりも必要なものは何か。後追いで「愛されるDX」について定義している状況とも言えます。例えばいつかARグラスが普及しても、装着した瞬間にポップアップ広告が出てきたら誰も掛けなくなってしまう。生活者インターフェース市場で広告が嫌われないかどうかの分かれ道にいると思います。

クリエイティブな職能をどう生かすか

──デジタルが浸透してきた今は、UXを考えた上でインターフェースを設計していく必要があると思います。これまでのコンテンツ開発で培ってきたコピーライターやアートディレクターなどのクリエイティブな職能は、どんな風に生かすことができそうですか。

髙橋:広告制作に携わるコピーライターは、言葉のフィルターをつくる仕事だと思っています。クライアントが一番言いたいことを、端的に「これです」と見出して一つを選ぶ能力。そのコンセプトとなる言葉を基に、ブランドの世界観やデザインのトーンが決められていきます。それは、体験設計や商品開発などの仕事にも生かしていけると思います。

中島:物の価値を生活の価値へと拡張するのは広告会社が得意なところだと思います。先ほどのシリアルの話も、「朝を気持ちよく過ごすためのサービス」と捉えたら、目覚まし時計をプロデュースしてもいいかもしれません。時計という太いインターフェースで生活者とメーカーがつながれる。価値の発見と拡張は、特にコピーライターやアートディレクターの方が上手だなといつも感じています。
 他にはタッチポイントを発見することも得意なことだと思います。ただ、タッチポイントが増えすぎてブランドの人格がバラバラになっていると感じることも多いです。テレビCMでは優しい雰囲気を醸し出しているのに、Webバナーでは「いますぐダウンロード!」といった別人格のようなメッセージが届くことも珍しくないです。「5分いただけませんか?」と言ってみたほうが、そのブランドらしさが伝わって愛されるかもしれない。インターフェースがますます増えていく中でブランドの人格を担保することも、僕たちがお手伝いできることだと思います。

髙橋:コピーライターは、ブランドの個性やメリットを発見して言葉にすることが多いと思います。それも活用できる職能の一つじゃないでしょうか。例えば、どの百貨店も取扱うブランドや商品が似ていることはありますよね。でも、百貨店ごとに個性はあります。その違いを見つけて情報発信すれば、新たなファンを獲得できるかもしれませんよね。
 広告でよく使われる「未来」という言葉も、ブランドによって表現が違います。コピーライターは、言い換えを必死で考えるのですが、未来を伝えるために「昨日」というモチーフを使うと、エモーショナルなインターフェースになる可能性もあります。つまり、ブランドごとの個性を翻訳したり修飾語で表現したりすることは、博報堂だからできる愛されるインターフェース=愛されるDXにつながるのではないでしょうか。

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中島:未来といっても具体的にどんな未来なのか。クライアントと一緒に想像を深めながら、表現や体験のルールへと繋げていきたいですよね。インターフェース体験の幹になるのは、やはり一行の言葉や一枚の絵なのかもと思います。

髙橋:博報堂が開発したぬいぐるみにつけるボタン型のスピーカー「Pechat(ペチャット)」は、ブルートゥーススピーカーの見立てを変えた商品です。ボタン型にしたことで、「おしゃべりスピーカー」という新しい体験と価値が生まれました。
 クリエイターはコミュニケーターでもあると思っています。伝え方から考えると、今までにない新しいものが生まれたり、商品開発につながったりすることもあるはずです。

中島:伝えるための「見立て」は僕たちがずっと知恵を絞ってきた部分だと思います。見たことも聞いたこともない話は理解されづらいから、どんな馴染みあるモチーフに見立てるか。どこかで見たことがあるけれど、新しい。聞いたことないけれど、なんだか面白い。それくらいの塩梅がいいのかもしれません。

髙橋良爾(たかはし・りょうじ)

博報堂 生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 コピーライター


学生時代にミラノサローネへの出展活動やArduino互換基板「8pino」の開発販売、脳波による人工感性の研究開発を行う。早稲田大学創造理工学部建築学科卒業後、2015年博報堂入社。コピーライターとして、スタートアップやIT系のクライアントの広告業務に従事しつつ、Pechatの開発やゲームソフトの開発、ブランディング業務に従事。

中島優人(なかじま・ゆうと)

博報堂 統合プラニング局 エクスペリエンスプラナー


早稲田大学基幹理工学部表現工学科卒業後、2016年博報堂入社。プランナーとして配属。アクティベーション領域とテクノロジー領域を軸足に、映像、空間、サービスと手法を問わずブランド体験を企画。