連載第21回は、博報堂生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 コミュニケーションディレクターの隈元宏輔氏が登場。企業や事業の持続的成長のために、これからの広告クリエイターに必要なのはデータ分析やメディアプランニング/配信設計までコミットすること。その考えのもとフルファネル施策を統合的に手掛けている隈元氏に、これからの時代のコミュニケーションの在り方について聞きました。
博報堂グループにおいて、クライアント企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を、マーケティングDXとメディアDXの両輪で統合的に推進する戦略組織「HAKUHODO DX_UNITED」。その唯一のクリエイティブ部門である「生活者エクスペリエンスクリエイティブ局」は、“潜在需要を発掘し、生活者の新たな好意・行動を喚起し、よりよい生活、社会を創り出す”といった価値創造型のDXをリードする部門です。キーワードは、「愛されるDXは、カタチにできるか?」。このテーマに取り組むメンバーたちの多様な視点をご紹介していきます。
目先の数字だけではない、「未来に向けた」目標を設定する
──認知獲得からコンバージョンまでのフルファネルの設計に携わられる中で、感じている課題があれば教えてください。
「短期的な売り上げを伸ばしたい」「ブランドの方向性を考えてほしい」など、クライアントが抱えている課題は様々です。個別の課題を切り出して施策を最適化することはもちろん重要ですが、短期的/対症療法的な成果を達成することが、持続的にブランドや事業が成長していくことにつながるとは限りません。
認知されるだけではモノやサービスが売れなくなってしまった時代に重要なのは「生活者とブランドの新しい関係を作り、市場を生みだしていく」ことです。それを前提に戦略を立てて、コミュニケーションやメッセージで顧客や市場を育てていく。そして、購買してもらうための販促活動を同時に考えていくことが、本質的なフルファネル設計であると考えています。
それができていないケースが多い理由にはクライアントの評価制度にも課題があると思っています。ビジネスパーソンの多くは市場を広げて、育てるのが大切であることは分かっているはずです。ただ、自分が担当している商品がどれくらい売れるかで評価されるとなれば、目先の数字を追いかけるのは当然ですよね。また、DXが進むことで、きめ細やかなアプローチが可能になった反面、施策やカスタマージャーニーが複雑になり、クライアント自身も何が課題で、どこからどう手をつけていいかわからないということも起こっています。
私たちは、ゴール設定や評価の仕組みづくりなど、クライアントのオリエンでは求められていない提案をすることも増えています。
──そうした提案にクライアントのリアクションはいかがですか。
求められている以上のことまで提案するので、予算や人事的な問題ですぐに実装に至らないケースも多いものの、現場担当者だけでなく、ブランドや事業の責任者の方とじっくり話す機会や、長期的な目線での議論の場を設けてもらえるなど、パートナーとして向き合うことができるようになることもあります。そういった関係性を築いていくことが、本質的な施策を実現するためには重要なことだと思っています。
──サービスやブランドを持続的に成長させていくためのフルファネル施策は、具体的にどのように考えていくのでしょうか。
「データから、過去ではなく未来を見る」「クリエイティブが戦略からメディア設計までディレクションする」「フルファネルの構造を、引きと寄りの視点で自由に行き来する」という三つのポイントがあると思います。
まず「データから、過去ではなく未来を見る」について説明します。クライアントから会員登録数や閲覧数を伸ばすためのウェブコンテンツの提案を求められたとき、その言葉どおり受け取れば、どんなコンテンツの再生数が伸びやすいか考え、何かしらのインセンティブをつければ、会員数は伸びるといった発想になると思います。バズ系のコンテンツを、必死で考えることになる。なぜならば、私たちに課せられている課題が「アクセス」や「会員登録」だからです。
ここでは一時的なアクセス数の伸びや、サイトの登録がブランドに何をもたらし、どういう意味があるのかを考える必要があると思います。そもそも、このブランドはどんな人に購入してもらいたいのか、どんな価値観が浸透すれば、そのブランドがもっと魅力的に見えるのか。そうしたベースの部分が決まらない限り、そのブランドは延々とバズ動画やプレゼントキャンペーンを実施することになります。そうならないための道筋を、クリエイティブの人間がクライアントに示す必要があるのです。
将来的にどのように購入されたり、使用されたりする商品になるべきか。それは、どういった世の中になれば実現できるのか。ブランディングやメッセージの開発など、ブランドの核を考え、細部のシナリオ設計やコンテンツ企画を同時に行う必要があると考えています。
──フルファネル統合は、「獲得効率の最大化」というイメージがあります。
どの施策の効果や効率が高かったか。どのようなクリエイティブの反応が良いか。そういった視点はもちろん必要です。ただ、それだけでは、新たな市場を開拓したり、未来の顧客を生みだしたりしていくことはできません。データについても表面的に捉えるのではなく、裏側に潜むインサイトや兆しをもとに仮説を立て、リアリティのあるゴールを設定する。その上で戦略を立てることで「未来に向けた」効果検証が可能になります。
広告クリエイターが表現だけ考えて良い時代は終わった
──ブランドのあるべき姿から導き出す「指標」が重要になりますね。
そのために必要なのが「クリエイティブが戦略からメディア設計までディレクションする」という二つめのポイントです。
指標を作ってもそのデータがとれなければ意味がありません。ブランドにとって本質的なサービスをウェブサイトに導入した場合、単なるアクセス数ではなく、どんなユーザーが、何を目的に、どのような用途で、どのくらいの頻度利用しているか、といったことが計測できれば、その数字からユーザーとブランドとの距離感を読み解けます。そういったデータの取得をブランディングに還元していく。その仕組みを構築することが重要です。
私は広告表現も作りますが、生活者との接点となるメディアの選定や、情報の発信の仕方などトータルで設計しています。そこまでやらないと無責任だと思っています。いつどんな風に届けられるかによって、最適な表現は違うはずで、ユーザーの「その後の行動」をイメージしたり、具体的に知ったりすることも、表現を考えるためには必要です。クリエイティブディレクターがトータルで考えなければ、機能するコミュニケーションにはなりません。ブランディングやメッセージ開発と、フルファネルのシナリオ設計は表裏一体なのです。
たとえば、BtoBサービスを提供する企業の出稿が増えている「タクシー広告」は、ビジネスパーソンにターゲットを絞り、認知獲得とサイトへ誘導を促すミドルファネル施策と言えます。ここで考えるべきことは、タクシー広告を見た人の「その後の行動」です。サイトに訪れて契約に至るまでには、他のサービスと比較検討し、決裁者に上申するでしょう。そのとき、社内でどのような会話があり、サービスを提供する企業の営業の方はどういったアプローチをするかまで考え、ウェブサイトに掲出すべき情報は何かなどタッチポイントをリアルにイメージすると、必要となる施策や表現のアイデアが生まれます。
──隈元さんはクリエイティブだけでなく、マーケターの視点も持ち合わせているのですね。
入社して最初に配属されたのがマーケティング部門でした。その後、デジタルのメディアプラナーとウェブサイトの制作を手掛けながら、WEB広告の効果測定のレポートなども制作していました。バナーのデザインを少し変えるだけでクリック率が倍になることも身をもって体験しています。必要なのはブランドが向かうべき未来へ最短距離で進んでいくシナリオです。それをベースに各ファネルで個別の施策を行ってゆくことが「フルファネルの構造を、引きと寄りの視点で自由に行き来する」という3つ目のポイントです。
俯瞰してボトルネックや課題を見抜き、トータルでコミュニケーションの効果を最大化するシナリオを考えると同時に、ボトルネックを解消するために必要なメッセージやビジュアルなどの表現の解像度を上げていきます。CM制作やバナーのデザインなど、細部までこだわりつつ、全てがつながった時に、ブランドのストーリーに沿った表現になっているか。寄ったり引いたりしながら検証していきます。
──クリエイティブ担当者がファネル上のすべての施策にコミットすることが、継続的に事業を成長させていくために重要なのですね。
デジタル化が進むことによって生活者が物事を判断するための情報ソースは爆発的に増え、テレビCMやイメージビジュアル、ポスターといったグラフィック広告だけでブランドイメージを構築することはできない時代になってしまいました。あらゆる体験の積み重ねによってブランドが形成されていきます。
どんなに見栄えがよいウェブサイトでも、使いづらかったら二度とアクセスしてもらえないかもしれません。サイトのUIもブランディングに寄与する。そう考えると、サイトのUIはどうあるべきか、広告クリエイターも一緒に考えるべきなのです。「メディアプラナーやデジタルマーケターが行うこと」と思われがちな、データ分析やメディアプランニング/配信設計まで、クリエイターがコミットすることが不可欠だと考えています。
──トータルで手掛けることが「愛されるDX」にもつながりそうです。
生活者との接点を細やかに設計し、気持ちのいい体験を作り続けることで、ブランドに対する好意や期待を生み出し、よりよい関係性を築いていく。そのための手段としてデジタルを使いこなすことが、愛されるDXであると私は解釈しています。
博報堂 生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 コミュニケーションディレクター
ストラテジックプランニング、デジタルメディアプランニング/WEB制作、アクティベーションプランニングの経験を経て、クリエイティブ部門へ。デジタル領域を主軸としたフルファネルコミュニケーション/マスクリエイティブ立案をはじめ、リアル体験×デジタルによるPR型の情報クリエイティブ、事業/サービス立案を起点としたクリエイティブによるビジネスデザインなど、これまでにない新しいコミュニケーション手法立案に従事。主な受賞歴としてSPIKES ASIA GOLD、ADFEST FILMCRAFT BRONZE。