マーケティング環境の激変、ツイッターやブログなどソーシャルメディアの浸透によって、「クチコミ」への注目が高まり、クチコミや検索といった行動を促進するためのメディア戦略がますます重要になっている。こうしたなか、朝日新聞社では日本マーケティング協会(JMA)、早稲田大学などとともにマスメディアとクチコミに関する研究活動を実施。早稲田大学商学学術院長兼商学部長で早稲田大学マーケティング・コミュニケーション研究所長を務める恩藏直人教授に、研究の背景とねらい、グループインタビューやウェブ調査の分析結果を聞いた。
なぜ今、クチコミ行動に注目したのか。研究の背景となる問題意識の出発点は、マーケティング環境が激変したことです。
たとえば、どのブランドも本質的な違いがなくなる、いわゆる「コモディティ化」が起きています。かつてはパッケージグッズなどに見られていましたが、最近ではサービスやB to Bの世界でも顕著になってきました。コモディティ化が進むと、価格競争に陥りやすい。それを繰り返すと、行きつく先はまさに地獄で、その状況を、GE会長のジェフ・イメルト氏は「コモディティ・ヘル」という言葉で表現しています。また、コモディティ化によって機能的、本質的な価値での差別化が難しくなってくると、感性的な価値が重視されるようにもなってきています。
「ソーシャルメディアの浸透」も急速に進んでいます。ブログやツイッターがこれだけ普及し、影響を持つようになった今、これまでのコミュニケーションとは、とらえ方を変えなければいけないのではないか、と考えました。
さらに、最近注目されているのが「マーケティング3.0への動き」です。『マーケティング3.0』は、フィリップ・コトラー教授と若い二人のマーケターが一緒に書いた本で、顧客に提供すべき価値は機能的な充足や感情的な充足よりも精神的な充足へ、ターゲットの対象としての顧客からコラボレーションの対象としての顧客へ、と、マーケティングのステージが「3.0」に大きく変わってきていると主張しています。
これらの状況は、従来のマーケティング論やコミュニケーション論ではもはや語ることができません。その中で注目したのが、クチコミです。コミュニケーションが地殻変動を起こし、クチコミの重要性が高まった今だからこそ、少しじっくり考えていこうと、今回の調査、分析に至りました。
調査を始めるにあたり、問題意識を次の5つに整理しました。
①従来のマーケティング・コミュニケーションとクチコミの関係が明確ではない
②新たなコミュニケーション環境において、消費者のクチコミに対する意識の変化がとらえられていない
③消費者がクチコミ行動を行う際の意識とは?
④マスメディアの広告は消費者のクチコミを喚起するのだろうか?
⑤マスメディアの広告は消費者のクチコミ行動にどのような影響を与えているのか?
今回、調査対象とするマスメディアの広告は、新聞にしました。大きく2つのステップに分け、ステップ1ではブロガーと呼ばれる人たちを集めグループインタビューを行い、ステップ2としてウェブ調査を実施しました。
ステップ1で、週1回以上ブログを更新している20~40歳代のブロガーの声を聞いた結果、ブログの自らの発言に対する他の人からの反応、特に非難などに対して、高いリスクを感じているブロガーが非常に多いことが分かりました。この視点を「発言リスク」としました。さらに、そうしたリスクに対応するために、ブログで発信する内容について検証行動をしているブロガーが多いこともつかめました。
一方で、ただ事実を客観的に述べるだけでなく、何かしら自分の意見を盛り込むなど、自己表現を発信しているブロガーも多く、自分のことを認めてほしいという視点も持っていました。
さらに、「更新プレッシャーと話題の選択」についての発言にも注目しました。多くのブロガーは更新期間を空けてしまうことに抵抗があり、書くことがないときには執筆テーマを見つける努力をしているようなのです。そして、話題を選ぶときには読者の共感を呼びそうな旬の話題を選択している。「テレビで取り上げられているなど、世間一般にどの程度話題になっているかが旬の目安になると思う」(40歳代・男性)といった発言からも分かるように、自己満足だけではなく、読者のことも意識して書くことを心がけているようです。
最後は「マスメディアと情報展開」です。「新聞記事やテレビを見て感じたことはメモしている」(20歳代・男性)というように、マスメディアがブログの話題の起点になると発言したブロガーもいました。その場合、オリジナリティーを確保するために自分なりの情報を付与すると答えた人も。つまり、ある情報を仕入れたら、それを右から左にただ流すだけではなく、情報を加工したり追加したりして「情報展開」をしている、というわけです。
以上、整理すると、ブロガーは常に更新プレッシャーがあるため、情報欲求があり、情報探索をしなければならないと考えている。そんなときにマスメディアの広告などで企業からの情報に接触すると、それがブログのテーマ選択のきっかけとなる。その情報はそのまま書くのではなく、「情報展開」したうえで、最終的にブログでの発信というクチコミ行動に移す。そのときには「発言リスク」が伴うので、ブロガーは検証行動など何らかの対応をしている――。こうしたクチコミプロセスのモデルが見えてきました。