求められる社会と企業との「創発的」コミュニケーション

 近年、企業においてインナーコミュニケーションの重要性が高まっている。その背景には、企業や社会のどのような変化があるのだろうか。これからのインナーコミュニケーションのあり方とマスメディアの果たせる役割について、ソーシャルマーケティング、広報、IRなどの専門家である、千葉商科大学 政策情報学部の藤江俊彦教授に聞いた。

 

ITの普及と雇用の多様化が変えた「人間関係」

千葉商科大学 藤江俊彦教授 千葉商科大学 藤江俊彦教授

――インナーコミュニケーションが注目される背景には何があるのでしょうか。

 第1に挙げられるのは、「ITの普及」です。ITは情報共有の迅速化を推し進めましたが、一方で人と人が直接触れ合う機会を減らし、人間的な信頼関係、チームの結束力、技術の伝承などの面で問題を生じさせています。このような状況に、他ならぬIT企業なども危機感を抱いたようです。ITの普及とともに、一時は「紙の社内報がなくなるのではないか」ともいわれたのですが、最近では積極的に紙の社内報を発行する動きが出ています。駅ナカなどにあるフリーペーパーが活況を呈しているように、社内報も無償の活字メディアです。

 2つ目は「雇用の多様化」です。契約社員や嘱託社員という形で、社員の外部化が進むなど、雇用形態が多様化しています。また、若い世代には、就職はすなわち「就社」ではなく「就業」だという意識が強く、全人的な付き合い方が減りました。社員の間でも、終身雇用時代のように、思いやりと察しだけでは意志の疎通、目的の共有、経営理念や方針の伝達が図れなくなりました。
また、勤労者の属性も多様化しています。女性はもちろん、高齢者や外国人などを雇用するダイバーシティ化、グローバル化の流れがすでに定着しています。トヨタ自動車やパナソニックのような大企業は、多国籍企業と言われ、中規模の国家を超えるといっても過言でない経済的、文化的な影響力を持っており、それに見合った社会的責任を世界から問われています。インターネットが企業のグローバルなネットワーク化を加速させた今日、生活習慣や文化が異なる人々に、企業のビジョンやミッションの浸透を図ることはCSRの視点からも重要です。

 3つ目は、企業合併が活発化する中でひとつの「企業文化」をつくる必要性が生まれていることです。たとえ同じ企業グループでも企業文化は異なるもので、融合は数字合わせではできません。また、敵対的M&Aにさらされないために、組織内をまとめるということも必要です。そのためにも、情報の共有と信頼関係の下に、異なる立場の人々が目標を共有して協働する「ベクトルづくり」が必須です。ちなみにベクトルとは単なる「方向性」ではなく、それにプラスして「力」が備わったものです。

――これからのインナーコミュニケーションに求められることは。

 「社内広報」といわれてきた従来の社内コミュニケーションは、閉じられた企業組織内の情報伝達が主たる役割でした。しかし今日は多様な雇用形態によって、組織の内と外がシームレス化しています。企業組織内の関係だけでなく、企業組織と社会がメディアを通じて「創発」しあうためのインハウスコミュニケーションが必要だと私は思います。“ハウス”とは認識された組織のことです。「創発」とは、組織の個々の構成員が相互作用し、個の総和以上の力を発揮する全体最適なマネジメントを意味します。

 これまでは、社員が出社して皆が同じ場所で働くことが普通でしたが、ネットワーク化が進んで、どこでも仕事ができるようになり、ともすると、「本社ビルで働いているんだ」といったような接触空間の共有による帰属意識や、チームワークの意識が薄れてしまう時代になりつつあります。だからこそ、社員の自発的な行動や、社員間でコミュニケーションを図れるメディアが必要だと考えます。

マルチステークホルダーへのシーディング(種まき)に適した新聞広告

――近年、注目されているインナーコミュニケーションの好事例はありますか。

 企業文化の創造という点では、三井住友フィナンシャルグループが挙げられます。三井と住友といえば、それぞれが確固たる歴史的伝統と企業文化を持つ組織です。その融合が大変なことは想像に難くありませんが、メディアを使って非常に積極的にインハウスコミュニケーションを展開し、成果を挙げていると思われます。
ネットを活用した社員参加型の仕組みを導入して成功しているのは、日本IBMでしょう。日本IBMには社員だけがアクセスできるSNSがありますが、このガイドラインは全世界の社員が相互交流する中でつくられたものです。みんなで作ったルールであるからこそ、それを守ろうという自発的な意志が生まれます。
紙の社内報を有効活用している例では、アドバンテストがあります。アドバンテストは半導体関連の大手メーカーですが、相談役の大浦溥氏は社長時代から社内報の役割を重視し、今も内容に目を通されているそうです。また、アドバンテストの社内報は、すべての内容が日本語とネイティブな英語で併記されているのも特筆すべき点です。

 かつての社内広報は人事部や労務部の管轄でしたが、現在では主に広報部の扱いとなってきました。つまり社内広報が人事労務管理のツールではなく、紹介したような経営理念の浸透や経営課題の発見と伝達、人間関係の構築などのためにシフトしているからです。企業のインハウスコミュニケーションでは、一般的に経営管理や業務の上で迅速を要する情報はネットで、事業の解説や企画ものは紙の社内報で行い、さらに多様な社員がコメントを書き込める社内ブログやSNSなどを通じて参加できるようなオープンな仕組みも求められています。社内広報メディアも多様化し、ハイブリッド化しているのです。

――新聞などの広告、メディアが果たせることは。

 インハウスコミュニケーションで、マスメディアや広告を活用することの大きな利点は、外からの「ブーメラン効果」を狙えるということです。「自分は外からどう思われているか」「外は自分に何を求め、期待しているか」ということを、人間は常に気にしています。現代は供給者ではなく需要者主導の時代であり、顧客との交流、幅広いステークホルダーとの関係性の中で創発的に企業価値がつくられていきます。そこで広告が果たす役割は非常に大きいと考えます。広告によって、社会や市場が企業を認知(顧客経験)し、それが社員の意識にインパクトを与えて帰属意識の形成に影響するのです。

 また、広告は企業のメッセージを発信するだけでなく、外との出会いをつくる役割も果たします。広告がきっかけで個人ブログに取り上げられ、それをまた社員やOBが見てブログ発信するなど、多様なメディアに話題を提供するカタライザー(触媒)的役割も、広告の重要な機能だと考えます。

――新聞広告がインナーコミュニケーションにさらに有効に寄与するために、提言はありますか。

 新聞というのは読者層の広い、マルチステークホルダーに情報を伝達する信頼度の高いメディアです。こういったメディアはシーディング、種をまく広告に適していると思います。
今は、企業がなかなか購買層の的を絞れる時代ではなくなりました。また、企業の社員と消費者のステークホルダーとしての重層化が進んでいます。そこで、一方的な情報伝達ではなく、いかにステークホルダーとのオープンな相互交流の場がつくれるかが重要になっています。
広告を見て社外の人が「センスのいい企業だ」などと感じ、社員は自分の働く企業の新しい価値に気づく。企業はそんな話題づくりの種になるような広告を行うべきでしょう。マルチステークホルダーへ向けて、社会から高い信頼を得ている新聞広告を活用した情報発信は、その目的に合致したものだと思います。
 

藤江俊彦(ふじえ・としひこ)

千葉商科大学 政策情報学部 大学院政策情報学研究科 教授

慶應義塾大学法学部政治学科卒業。企業で広報宣伝、社長室管理職、日経連社内広報センター委員歴任後、淑徳大学教授を経て現職。大手前大学客員教授。専攻はソーシャル経営、リスクマネジメント、広報PR&IR、ビジネス戦略等。内閣府行政広報効果測定委員会委員歴任。現在、東京金融取引所規律委員会委員長、(社)日本経営管理学会副会長、(社)日本経営管理協会副理事長、危機管理システム研究学会常任理事、パーソナル・ファイナンス学会常任理事、日本経営診断学会理事、日本リスクマネジメント学会理事等。著書に『現代の広報―戦略と実際』(同友館)、『価値創造のIR戦略』(ダイヤモンド社)、『はじめてのマスコミ論』(同友館)、『広報PR&IR辞典』(同友館)等多数。2010年度ソーシャルリスクマネジメント学会賞受賞、2008年度日本リスクマネジメント学会賞受賞、2001年度実践経営学会名東賞受賞、1996年度日本広告学会賞受賞。