2009年1月に出版された一冊の本が注目を浴びている。本田哲也氏の『戦略PR 空気をつくる。世論で売る。』(アスキー新書)だ。日本で戦略PRを他に先駆けて仕掛けるブルーカレント・ジャパンの代表取締役社長である本田氏に、戦略PRの可能性や、日本企業の実情などについて話を聞いた。
おおやけ・ばったり・おすみつき
すべてがそろって「売れる空気」は作られる
――「戦略PR」の定義は。これまで言われてきた「PR」との違いは何でしょうか。
「PR」とは「パブリックリレーションズ」という言葉の略で、企業ならばあらゆるステークホルダーとの関係を構築して良好にすることを意味します。米国では大統領選の勝利も左右するほど戦略的な取り組みと認識されています。一方、日本では、一般的には「自己PR」のように売り込み的な意味合いで認知されたり、マーケティングや広告業界においては「パブリシティー」の印象が強かったりします。メディアに情報を提供し、記事や番組として取り上げられることをねらうパブリシティーは、パブリックリレーションズの手段のひとつにすぎません。そこで、日本においてパブリックリレーションズの本来の意味をわかりやすくしようと、「戦略PR」という呼び名が生まれました。
戦略PRと従来のPRとは、「WHAT=何を伝えるか」と「HOW=どのように伝えるか」がまったく違います。パブリシティーならばWHATは「商品そのもの」で、商品をどれだけメディアの紹介欄などで取り上げてもらえるかに過ぎませんが、戦略PRは商品そのものに焦点を当てずに、話題を広げていくことが重要になります。WHATは「世間が関心を持つテーマ」であり、商品が売れる「空気」を作っていくことが重要です。そのためには、従来、HOWはマスコミだけでよかったものが、ネットを中心としたクチコミや、影響力のある「インフルエンサー」と呼ばれる人たちといった、第三者であるメディア、チャネル、人間も含むようになった。それら第三者を戦略的に活用していくのが、戦略PRなのです。
――日本において戦略PRが必要とされるようになった背景は。
ひとつは、メディア環境と消費者が変化したことです。ネットの出現によってクチコミが可視化され、企業が言っていることや広告よりもクチコミのほうが信用されるようになってしまった。ではどうすれば、となったときに、「第三者」というキーワードが出てきた。企業の主体的活動である広告で第三者的情報発信をすることは無理です。おのずとPRの流れに気づき始めたという側面はあると思います。
もうひとつ、不況の影響もあるでしょう。企業の広告費が大幅に削減されてしまい、一方で、何もしなければ売れない。そこで、PRへの期待が高まる、という流れが出てきているようです。
――具体的な戦略PRの進め方は。
本を書くにあたり、3つのキーワードを挙げました。「おおやけ・ばったり・おすみつき」です。
「おおやけ」は公共性の創造です。広告の大量出稿でメッセージを発信すればある程度の公共性が出ますが、NHKの報道や朝日新聞の社説ほどの公共性を、広告では担保できません。戦略PRの結果、露出される記事や番組は報道に匹敵するパワーを持っています。「ばったり」は偶然性の演出です。最近はターゲティング広告などもありますが、それをだれも偶然とは思わない。でも、記事やクチコミを見たり読んだりするのは、消費者が主体的に動いてやっていることなので、消費者からすると「偶然」と感じられる。もっとも大事なことが信頼性の担保で、それが、人気ブロガーのブログで紹介されている、著名な先生が言っている、朝日新聞に載っているという「おすみつき」です。
この「おおやけ・ばったり・おすみつき」を、すべて仕掛けていくのが戦略PRです。「おおやけ」感を作るためにはマスコミ、「ばったり」感はネットを含めたクチコミ、「おすみつき」にはインフルエンサーの存在がそれぞれ重要になります。3つの要素がすべて機能することで、初めて「商品が売れる空気」が作られます。
これまで、「とにかくマスコミの話題にしてほしい」とか「なんでもいいからクチコミの提案を」といった相談も多かったのですが、企業の方にも私の著書から3つの要素の必要性を整理していただけたようです。社内を通すときも、「マスコミもクチコミも著名な先生の起用も全部やらないとダメ、と説明ができるようになった」という声が聞こえてきました。これはうれしい反響でした。
――最近手掛けられた戦略PRの事例は。
夏休み期間にユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)への来場を促進するという取り組みを、インタラクティブ・プロモーションを得意とするトライバルメディアハウスと共同で実施しました。「巣ごもり消費」と言われるなど、不況で外出を控える消費者が増えている状況の中、「この時期にUSJに行くべき理由」を考える。それが今回の課題でした。
注目したのは「大切な人とのきずな」です。家族や恋人、友人とテーマパークに行くときずなが深まる。感覚的には多くの人が感じていることを、実際に検証しようと考えました。
まず、ウェブ上にきずなを研究する第三者的な「きずなラボ」を立ち上げ、調査と実験をしました。全国約3,000家族を対象にアンケートした結果、「きずなを築けている」と思う割合は、全体の3割にも満たないことが明らかになりました。そこで、インフルエンサーとして、脳科学の権威である杏林大学医学部の古賀良彦教授監修のもと、6組16人の家族や友人同士を対象にUSJ来場前と後の脳の変化を調べました。すると、きずなと深くかかわる部分が、来場後に活性化していることがわかりました。この結果を受け7月1日、「テーマパークに行くと大切な人とのきずなが深まる」と発表したところ、全国紙をはじめとするマスコミやネットのニュースサイトなどで取り上げられました。結果、USJの来場者は昨年よりも増加し、その一助となったと考えられます。
お父さん、お母さんも、夏休みにはどこか出かけようと思っていて、そんなときにテーマパークに行くときずなが深まる、というニュースに触れるとどうなるのか。ショッピングモールや動物園といったいくつもある選択肢の中から「テーマパークに行く理由」を、なるべく公的に、第三者的に作り出す。それが今回のねらいでした。
戦略PRとすぐれた広告が手を組めば
最強のムーブメントを起こすことができる
――戦略PRにおいて新聞の存在とは。
これまでの戦略PRの成功例では、新聞報道が大きな役割を果たしています。公共性の高い新聞は最初の「火付け役」であり、さらにその社会性から信頼を担保できるメディアでもある。そういう意味では、新聞は非常に重要視しています。また、新聞を取り上げるテレビ番組があり、新聞記事から情報を拾っている雑誌編集者もいます。ほかのメディアの「ネタ帳」になっているという点では、着火するメディアとして最適です。その分、つまらないことや信憑(しんぴょう)性が低いものは載らない「ハードルの高さ」も、新聞ならではと思っています。
――今後の課題、展望は。
戦略PRをブームととらえる人もいますが、企業がマーケティングを含めた企業活動をしている以上、絶対に必要なことで、定着するだろうと見ています。しかし、戦略PRをすればコストもかけずにモノが売れるようになる、といった「魔法」のように勘違いされているケースが少なくなりません。また、メディアの枠を買う広告やタイアップと違い、基本的に発信した後はコントロールできないのがPRです。効果測定が難しいのも課題でしょう。そうした戦略PRの誤解や特有の難しさを理解してもらうには、5年から10年という長い期間で見ていかなければならないと思っています。
そのためには、成功例を増やすことが重要です。戦略PRと、優秀な広告クリエーティブが一緒になれば、最強のムーブメントが起こせる。すでに始まっていますが、われわれ戦略PRのプランナーと広告会社が手を結び、どんどん取り組んでいきたいと考えています。日本においては、今年が「戦略PR元年」。社会をデザインするようなダイナミックな戦略PRが、日本でもこれからどんどん増えていくことを期待し、私自身も、努めていきたいと考えています。