今年のセールスプロモーション部門は、北海道夕張市の活性化キャンペーン「夕張夫妻」がグランプリを受賞、同時にPR部門で獅子賞(新設賞のため金銀銅の区別はなし)に輝いた。本企画はビーコンコミュニケーションズの自主企画制作による、ボランティアプロジェクトという点も異色だ。同社アソシエイト クリエイティブディレクターの三寺雅人氏に聞いた。
自虐をポジティブに変えるプロモーション
――まずは企画が生まれた経緯をお話しください。
一般論として外資系の広告会社というのは、ある程度限られたクライアントがお客様で、そこを守るという発想が強い傾向にあります。僕はビーコンに入社する前は国内の広告会社にいたこともあり、普段の仕事の枠から離れて何か面白いことがしたかったんですね。自分や会社のクリエーティブの質を上げたり、外に向かってそれをアピールするためにも、自主提案をさせてほしいとずっと言っていました。
夕張市が事実上の財政破綻(はたん)に陥ったのは2006年6月ですが、当時たまたま、今回のクライアントになる夕張リゾートが「負の遺産ツアー」という企画をやっていることを知りました。夕張には経営不振でつぶれた遊園地やテーマパークがいくつもあるのですが、それにしても「こんなブラックなことをやる企業となら、面白いことができるかも」と思ったのが発端です。すぐに面会の予約をとって、完全にこちらからの「押しかけプレゼン」をさせていただきました。
――どのようなプレゼンをされたのですか。
最初の段階で作ったのは、夕張夫妻のキャラクターです。当時は負債という言葉が報道から日々流れてきて、「負債」と「夫妻」がかかっているということに気づきました。そこでキャラクターを使って、「金はないけど愛はある」という、自虐的だけとそれをポジティブに変えていけるようなプロモーションをやったらどうかと。キャラクターがあれば、遊園地などで展開することで、目に見えた変化も生まれるということを提案しました。
夕張側には、町を明るくしたいけど、お金がないから何もできないという状況がありました。ですから条件は、一切お金は出さないということ。僕らはこの企画をボランティアで提案しました。キャラクターの権利は無償で提供し、同時に制作した歌の印税や、後に制作されるキャラクターグッズの売り上げからも一定の割合で夕張市にお金が回るような仕組みも作りました。
――夕張夫妻は見た目がかわいいキャラクターとは違いますし、メッセージにも自虐的なユーモアが含まれています。最初からスムーズに話が進んだのでしょうか。
自主提案をすることは「ぜひ」といってくれましたが、お会いする前は少し不安がありました。ところがキャラクターを見せると、夕張リゾートの社長がめちゃめちゃ笑ったんですよ。「これは市全体のために使ったほうがいい」とその場で市長に電話して、その晩には一緒に食事をして、市長さんも「面白い」と。暗いことばっかり言っていてもしょうがないという地元の気持ちと、キャラクターがぴたりと当てはまって、最初から想像以上に乗り気になってくれました。
その後の記者会見の時には、住民の方たちから「かわいくない」といった声はありましたね。最後には理解してくれて、笑ってくれましたが、「一時のにぎわいならいらない。本当に町のためになる息の長い取り組みなら協力したい」ともいわれました。夕張は炭鉱の町でしたし、人々の気性は頑固。町に対する誇りも深いものがあります。自虐だけではだめという気持ちは最初からありましたが、地元と話をする中でその気持ちがより膨らみました。
――具体的な展開をご紹介ください。
企画のスタートは2006年の9月ですが、11月22日の「いい夫婦の日」に何かやりたいなと思いました。調べてみると、夕張市は日本で離婚件数が一番少ない市だということが分かり、11月22日に市長に「夕張市は日本一夫婦円満な街」という宣言をしてもらったんです。負債(お金はない)を夫妻(愛はある)と読み替えたように、人口減少や若者離れといったネガティブなことを、ポジティブにどんどんシフトしていこうということです。
それと市の協力を得て市役所の中に「夫婦円満課」をつくり、そこに行けば「夫婦円満証」が無料でもらえるようにしました。とにかく考えていたことは、「夕張に行くといいことがある」というスキームを、関係が長く続いていく夫婦というテーマでつくりたいということです。例えばリタイアしたご夫婦が夕張に住みたくなるとか、人口や観光客が増えて経済的に潤うとか、キャンペーンが市の財産として根づくことを目指しました。
カンヌが評価したのは「町が変わった」という事実
――企画にボランティアで参加した方たちの気持ちはよく理解できますが、広告会社としてこれを実施していくという点はどう考えていますか。
これは完全に僕らのボランティアです。ただ、広告会社のクリエーティブというのは、メーカーでいうと技術部や商品開発部なんじゃないかなと僕は思っています。自分たちが新しいケーススタディーに取り組むことを、会社としてやっていいのではないでしょうか。とはいえ「これって広告なのかな」という気持ちはありました。自分がまるで町の人みたいになっているし、会社にお金も入りませんしね。それでも自分たちのやっていることで少しずつ町が変わっていくのを見ると面白くなって、やはりこれは続けたいと思いました。
広告賞では、賞をとるためにお金をかけたCMを一回だけ流すということがよくありますが、あれには僕は反対です。広告って「広く告げる」と書くのに、それでは広告ではないじゃないかって思いますね。少なくとも「夕張夫妻」は僕らの自己満足ではなく、多くの人たちが動いて、目に見える反響がありました。
――「フサイ」の二つの意味をカンヌで理解してもらうのは難しかったのではと思いますが、エントリーした際の戦略は。
実はこの企画は去年、カンヌのメディア部門に出品したんです。僕もカンヌに行きましたが、現地の空気に触れてみてこれは部門が違うなと感じました。たまたま今年PR部門ができたので、そこで入賞できればいいなと思いました。
見せ方というのは簡単で、「負のどん底にあった夕張市が、どれだけ変わったか」というストーリーをつくりました。夕張市はこの2年間で約25億円の負債を減らしているんです。無論そのすべてがこのキャンペーンの結果ではありませんが、後ろ向きだった町の人たちの気持ちがこのキャラクターの登場で少しずつ変わったのは事実です。
確かに夫婦と負債の言葉遊びは、審査員には分からないと思います。しかし、いまの時代は人やお金が都市に集中する中で、地方の町や村が取り残されていくという問題を世界の国々が抱えています。そういう状況でもポジティブに生きていこうという気持ちが通じたことが、グランプリにつながったのでしょう。審査委員長には、「プロモーションが人の行動を変えるものだとするならば、このキャンペーンにはそのすべてがある」とコメントしていただけました。
――思わぬうれしいニュースが飛び込んできた市の方たちからの反響はすごそうですね。
夕張の方たちはとても喜んでくれました。夕張リゾートの社長は「じゃあ今度は、夕張をプロモーション世界一の街で売り出そう」とまでおっしゃっていて、どれだけ前向きなのかと(笑い)。いずれはグランプリのブロンズ像を市役所に展示して、皆さんに触っていただけるようにできれば、また人が集ってくれるのかなと思っています。
ただワイドショーなどでは、ゆるキャラブームの流れの中で、「夕張夫婦のキャラクターがグランプリ受賞」といったような伝え方がされてしまい、少し残念ですね。キャラクターはあくまで目印であって、重要なのは「負の負債を愛の夫妻に」というコンセプトが言葉遊びに終わらず、現実に実現したことなのです。
――広告会社からの自発的な取り組みがグランプリという評価を受けたことを、どのように受け止めていますか。
個人の気持ちとして当然うれしいですし、それと正直なところ驚きました。この企画は、カンヌではなかなか通用しないかもしれないと思っていたんです。おそらく誰も夕張のことは知らないし、負債と夫妻の言葉の意味も伝わりづらい。でもキャンペーンに取り組むうちに「これって広告なのかな」と自分が考えたことを思い出して、これはひょっとすると審査員に新しい、面白いと感じてもらえるかもと思いました。
カンヌの広告祭は名前に「祭」と付きますが、実はお祭りではないんじゃないかということを今は実感しています。面白いだけではなくて、それでどうなったのとか、成果はあったのかといった広告の本質もちゃんと見てくれているのがうれしかったですね。今回の企画の原動力になったのは、「自分から押しかけてでも、面白いことをやろう」という気持ちですから、今後もそれは大事にして、いろいろな提案をしていきたい。広告が力を貸すことができる課題を見つけて、物事を動かせるアイデアを出していければと考えています。