能力偏重教育が見失った人としての「基本」を大切に

 礼状を書く、約束を守る、型どおりのあいさつができる。流行となった「品格」という言葉がやがて人々の口の端にのぼらなくなろうとも、著者が説いた、当たり前のことを誠実に行う人の美しさは変わらない。男女共同参画に尽力した半生。だからこそ社会に進出した後輩たちに、よき“女性らしさ”を望む。坂東眞理子氏は、「学びの場である前に育ての場として、大学が今果たすべき役割は重い」と語る。

昭和女子大学 昭和女子大学短期大学部 学長坂東眞理子さん 坂東眞理子氏

── 社会から求められている大学の役割を、どうお感じになっていますか。

 昔の大学は社会を牽引(けんいん)するエリート養成の場であり、学生にもその自覚がありました。だから彼らを大人として遇せたのですが、60年代以降は経済人、つまり会社でよく働ける人材の輩出が大学の役割となりました。それは結果として、偏差値や入試で学生を輪切りにする大学のスクリーニング機能を強調し、実践的な育成は企業が担う仕組みを生みました。

 現在では資格やスキルを学生時代に身につけるべきといわれていますが、私は学生に教えなくてはいけない、より大切なものがあると思います。それは社会人、あるいは市民として節度あるふるまいができる基礎力、つまり大人としての行動規範のようなものです。

──昭和女子大学における取り組みは。

 社会人の第一歩は、あいさつができることです。そんなことか、と嘆く方もいらっしゃるでしょうが、経営者の方からは、「うちの社員には守衛さんにあいさつする人がいない」といった声をうかがうのです。能力偏重の教育が軽視してきた「当たり前」を、正しくできる人間を育てることが今大切ではないでしょうか。

 また、仲の良い友人としか話さないのでは、世界が広がりません。本学の大きな特長は、学生全員が自然の中で寝食を共にする学寮研修や、英文系学科の学生がボストンキャンパスに留学し、英語力を磨くとともに、共同生活を通じて人間性を高める海外研修があることです。昨年からは一年生の必須科目に「日本語基礎」を設けました。相手の話を理解し、自分の意思を伝えるコミュニケーション力を社会に出る前に養ってほしいと思います。

 それと「コミュニティサービスラーニング」という取り組みを、大学として始めました。人には社会に奉仕することから、学ぶものがあります。ボランティアがその代表ですが、その意義を授業で教えてから現場に送り出し、学生の実践に応じて単位を与えています。

──企業コミュニケーションの現場でも、女性の活躍が目立ちます。枠にはまった「できる女」を超えた、女性のリーダーシップを説かれていますが。

 最初から性別を意識する必要はなく、よき職業人から学ぶことが基本です。その中で男性とは違った感性を感じたら、それを大事にされたらどうでしょうか。例えば私が女性らしいリーダーシップと思うのは、「不十分なところを育てることに喜びを感じる」ということです。価値観を押しつけたり、抽象論を振りかざすのではなく、相手を認めながら納得させ、いいところを具体的にほめて伸ばしてやる組織の率い方もあるはずでしょう。

── 社会が企業を見る目も厳しくなっています。今後求められる「企業の品格」とは。

 経営者の方たちは「強い企業でなくてはならない」とおっしゃいます。強い弱いではなく、よいか悪いかを価値基準に組み入れていただきたいと思います。よい企業というのは、少し大げさにいえば国民の福利の増進を目標にもつことです。日本企業の多くは、誰かの作った成功に追従し、残業やコストカットによって生産性を上げる古い成長モデルを脱却できていません。誰かのまねではないアイデアによって、国民の生活の質を高める。そういった企業が品格のある企業だと思います。

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 近年は『女性の品格』『親の品格』の著者という顔に焦点があたりがちだが、今年初めに万葉から現代に至る女流歌人の和歌を選び、注釈を付した本『愛の歌 恋の歌』を上梓(じょうし)。「読書と短歌は、私の大切な趣味。はるか千年以上も昔の物語は、いつまでも新鮮です」。61歳。

略歴
1969年4月
総理府(現、内閣府)入府。官房広報室配属
1972年5月
青少年対策本部配属
1975年9月
婦人問題担当室専門官
1980年9月
米国ハーバード大学客員研究員
1981年6月
総理府老人対策室参事官補
1985年10月
内閣広報室参事官
1989年7月
総務庁統計局消費統計課長
1994年7月
総理府男女共同参画室長(婦人問題担当室長)
1995年4月
埼玉県副知事
1998年6月
在豪州ブリスベン日本国総領事
2001年1月
内閣府男女共同参画局長
2003年10月
昭和女子大学理事に就任(現在に至る)
2004年4月
昭和女子大学女性文化研究所長および昭和女子大学大学院生活機構研究科生活機構学専攻教授に就任(現在に至る)
2005年4月
昭和女子大学副学長(総務担当)に就任
2007年4月
昭和女子大学学長に就任(現在に至る)

撮影/星野 章
(『広告月報』2008年06月号)