新たな物作りと広告の可能性を示す「アーヴィング・ペンと三宅一生」展

 ギリシャの債務不安などに伴うヨーロッパの経済不調を受けて、ユーロは年初から歴史的な安値を記録し続けている。日本の側からいえばそれは歴史的な「超円高」となるわけで、日本の対欧州の輸出企業の利益がいくら減るとか、国内生産の空洞化が進むとかの悲鳴をよく聞かされる。ではこのユーロ安はパリやミラノ発のブランドにとっては、世界市場への輸出を後押しする神風ということになるのだろうか?

 いくつかの海外高級ブランドの関係者に聞いてみると、どうやら事情は違うらしい。もともと製品コストが高いのでユーロ安をそのまま価格に反映しにくいし、値下げが売り上げ増に結びついているわけでもないようだ。ある有名ブランドの日本法人CEOは「値下げをして売れたとしても、なんだか買いたたかれているような気がしてあまり歓迎はできないと思う」と語った。

 日本の自動車や家電メーカーなどとはずいぶん違う構えのようだが、その心意気は悪くはない。しかし今のユーロの低落については、今後も長期的な流れになるとの観測が多く、もはや回復不能だろうと指摘する声もある。すでにずいぶん前からニーチェやシュペングラーらが説いたような、キリスト教的世界やヨーロッパの没落がついに現実的に明らかになってきたことの一つの証しなのかもしれない。

 そうした流れだとするならば、ヨーロッパ発のブランド製品の商業的価値もユーロの為替交換価値と共に低下していく、と考えるのが自然だ。とはいえ、それは今のような大量生産を前提としたブランドの生産システムについてであって、パリやミラノ発の高級ブランドが急に安物になったり無くなったりしてしまうというわけではないだろう。変わらなくてはいけないのは高収益を目指して巨大化した生産システムなのだ。

 ヨーロッパのいくつかの高級ブランドは、たとえその経営主体である巨大投資グループが解体したとしても生き残っていけるだろう。ただし、そのブランド伝統の理念とそれを支える職人技のエトス(気風)、そして品質を見抜く使い手側の目、といったものが残っているとすればなのだが……。

 では、今後も続くであろう「円高」を強いられている日本の産業にはどんな可能性が残されているのか? 東京ミッドタウンの21_21 DESIGN SIGHTで開かれている「アーヴィング・ペンと三宅一生 Visual Dialogue」展は、そのための具体的な方策のいくつかを示しているように思える。

 この展覧会では、イッセイミヤケの1987年から99年までのパリ・コレクションで発表された服を20世紀のファッション写真を代表する写真家アーヴィング・ペンが独自の視点で撮影した写真を中心に、その撮影過程を描いたアニメーションやペンのオリジナルプリントや撮影用スケッチなどが展示されている。

イッセイミヤケ 1994年春夏
イッセイミヤケ 1987年

いずれも展示作より、Copyright by The Irving Penn Foundation

 

 ポスターから感じるのは、この13年間分だけの作品を見ても、三宅の仕事が日本の各地の手仕事の職人技と先端技術を結ぶことで生まれていたのかということだった。そしてそれが彼の優れたアート感覚によって独創的なクリエーションとなり、さらに優れた写真家のイマジネーションを呼び込んで新たな創造を生むという発展的なプロセスを生み出した。この過程の延長上に、この服を見たり着たりした多くの人たちのイメージが集まって、結果的にはそれがビジネスとしても成立することになったのだ。

 三宅のこうした基本的な姿勢は、イッセイミヤケを次の世代に引き継いでからも実はさらに旺盛になっている。円筒形に一体成型した布をハサミで切り分けるだけで服になるA-POCや、画期的な再生ポリエステル素材の服を最先端のコンピューター・アルゴリズムで折り紙のように折り畳んだ132 5.ISSEY MIYAKE、また去年の東日本大震災後の東北の産地の伝統技術に光を当てた特別企画などで、日本の伝統技術と最新技術を融合した新たな時代の物作りを活性化させる可能性を、説得力をもって提案している。

 13年間分のポスターは結果的に、ペンの写真を田中一光というこれもまた一流のグラフィックデザイナーの手によって制作された広告イメージにもなり得たことにも改めて注目すべきだろう。すべての広告イメージがこのように超一流の才能のコラボレーションというわけにはいかないことは確かなのだが、広告というのは本来はこのように、訴求したい内容やその作り手のもの作りへの姿勢や考え方がきちっと伝わり、しかもなるべく美しいクリエーションの形で消費者に表現されるべきなのではないだろうか。

展覧会は4月8日まで。入場料・一般1,000円。火曜日休館

 

◇上間常正氏は、朝日新聞デジタルのウェブマガジン「&」でもコラムを執筆しています。

上間常正(うえま・つねまさ)

1947年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。学芸部記者として教育、文化などを取材し、後半はファッション担当として海外コレクションなどを取材。定年退職後は文化女子大学客員教授としてメディア論やファッションの表象文化論などを講義する傍ら、フリーのジャーナリストとしても活動。また一方で、沖縄の伝統染め織を基盤にした「沖縄ファッションプロジェクト」に取り組んでいる。